著者の略歴−1945年マサチューセッツ州ローレンスに生まれる。エール大学に在籍。5編の小説、3編の詩集を刊行。最近作として88年「ログに捧げる18の悲歌」90年「アフターライフ」がある。ロス・アンジェルス在住。 本書は、エイズにおかされた恋人を思いやる必死の看病と、 2人の心の変遷をつづった体験的な恋愛小説である。 ロジャー・ホーウィッツと筆者は、1970年代の半ばにボストンで出会う。 そしてロス・アンジェルスに移住して、共同生活を始めた。
その間、ポールは恋人の病床につきっきりで看病にあたり、実験的な治療につきそった。 ロジャーの失明や体力の衰え、そして死にいたる一部始終を本書として記した。 恋をする。 恋とは、多くは男性と女性が、互いに好きあうものだった。 しかし、ゲイと呼ばれる人たちは、同性同士で好きあった。 それはかつてあったような少年愛とは違う。 ゲイは同じ社会的な地位や、年齢の同性が好きあうのであった。 異性愛者=ストレートはの結婚は、男性が働き女性が家庭を守るといったかたちが多い。 ここには愛情だけではなく、将来の生活設計が加味されているから、 男性の経済力や女性のやりくりの力などが勘案されている。 ストレートの結婚には、愛情以外の経済力といったものや、男性の社会的な地位などが、重要な判断材料になっている。 ゲイは両者ともフルタイムワーカーであり、経済力がある。 そのため彼(女)らは、相手にたいして経済力など求める必要がない。 ただ純粋に愛情だけで、ゲイたちは求めあうことができる。 本書を読んでいると、2人がきわめて純粋に愛しあっていることが、ひしひしと伝わってくる。 最愛の友ロジャー・ホーウィッツは、1986年10月22日にエイズの 合併症で死んだ。診断されてから19ヶ月と10日だった。この日付けが わたしにとって唯一の現実だ。恋人たちが印を付けるカレンダーの休日 のすべてに、水のように冷たい影を投げかける。ロジャーの死んだ10月 のあの長い夜がくるまでは、残酷だった3月12日−1985年のその日、 ロジャーはエイズと教断され、わたしたちは月の世界で生きることをはじ めた−にとってかわれる日があろうとは思ってもみなかった。P2
本書をエイズと闘う人たちの本として読むか、 ゲイの恋愛小説として読むかは、読者の自由であろう。 いまではエイズの治療もだいぶ進み、HIVウィルスに感染しても、 ただちに死に至るということはなくなった。 しかし、本書はアメリカで1988年に出版されているから、 彼らが闘病していたこの当時には治療方法がなかった。 少年愛は昔からあったので違和感が少なかったが、ゲイは新しいものだったから抵抗があった。 ゲイに対する偏見は、今以上に強かった。 少年愛は、農耕社会の年齢秩序にしたがったもので、 高齢者が低年齢の少年を肉体的にも愛するというものだった。 少年愛は教育の一種でさえあった。 だから、少年愛は都市にも農村部にも広範に存在した。 しかし、ゲイとは年齢秩序に反旗を翻すもので、 同年齢・同地位の男性同士が、肉体関係をともなった愛情を結ぶものである。 だからゲイは、男女差別や年齢秩序が崩壊した情報社会のものである。 現在でもゲイは都市部にしか棲息できない。 情報社会では、異性を愛さなくてもいい。 自分の気に入った相手であれば、同性を愛してもまったくかまわないのだ。 経済力といった不純なものに気を使わないだけ、ゲイの愛情は純粋でしかも完璧である。 本書は、最近ではまれに見る純愛ものである。 しかも、男性が書いているからか、愛情の中にも冷静さを保ち、 しっかりした思いやりが伝わってくる。 ヒトラーもドイツを愛していたとは有名な台詞だが、愛情が結果の正当性を保証するとは限らない。 筆者の冷静さが、愛情の確かさをより際だたせている。
参考: 早川聞多「浮世絵春画と男色」 河出書房新社、1998 松倉すみ歩「ウリ専」英知出版、2006年 ポール・モネット「ボロウド・タイム 上・下」時空出版、1990 ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛 鳥新社、2001 伊藤文学「薔薇ひらく日を 薔薇族と 共に歩んだ30年」河出書房新社、2001 モートン・ハント「ゲイ:新しき隣 人たち」河出書房新社、1982 リリアン・フェダマン「レスビアンの歴史」 筑摩書房、1996 尾辻かな子「カミングアウト」講談社、 2005 伏見憲明+野口勝三「「オカマ」は差別か」 ポット出版、2002 顧蓉、葛金芳「宦官」徳間文庫、2000 及 川健二「ゲイ パリ」長 崎出版、 2006 礫川全次「男色の民俗学」 批評社、2003 伊藤文学「薔薇ひらく日を」河出書房 新社、2001 リリアン・フェダマン「レスビアンの歴史」 筑摩書房、1996 稲垣足穂「少年愛の美学」河出 文庫、1986 ミシェル・フーコー「同性愛と生存の美学」 哲学書房、1987 プラトン「饗 宴」岩波文庫、1952 伏見憲明「ゲイという経験」ポット出 版、2002 東郷健「常識を越えて オカ マの道、70年」 ポット出版、2002 ギルバート・ハート「同性愛のカルチャー研究」 現代書館、2002 早川聞多「浮世絵春画と男色」 河出書房新社、1998 ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛 鳥新社、2001 神坂次郎「縛られた巨人」 新潮文庫、1991 風間孝&河口和也「同性愛と異性愛」 岩波新書、2010 匠雅音「核家族か ら単家族へ」丸善、1997 井田真木子「同性愛者たち」文芸春秋、1994 編ロバート・オールドリッチ「同性愛の歴史」東洋書林、2009 ミッシェル・フーコー「快楽の活用」新潮社、1986 アラン プレイ「同性愛の社会史」彩流社、1993 河口和也「クイア・スタディーズ」岩波書店、2003 ジュディス・バトラー「ジェンダー トラブル」青土社、1999 デニス・アルトマン「ゲイ・アイデンティティ」岩波書店、2010 イヴ・コゾフスキー・セジウィック「クローゼットの認識論」青土社、1999 デニス・アルトマン「グローバル・セックス」岩波書店、2005
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