匠雅音の家族についてのブックレビュー    ボロウド タイム|ポール・モネット

ボロウド タイム お奨度:

著者:ポール・モネット−時空出版、1990年 
上 ¥1、800− 下 ¥1、800−

著者の略歴−1945年マサチューセッツ州ローレンスに生まれる。エール大学に在籍。5編の小説、3編の詩集を刊行。最近作として88年「ログに捧げる18の悲歌」90年「アフターライフ」がある。ロス・アンジェルス在住。
 本書は、エイズにおかされた恋人を思いやる必死の看病と、
2人の心の変遷をつづった体験的な恋愛小説である。
ロジャー・ホーウィッツと筆者は、1970年代の半ばにボストンで出会う。
そしてロス・アンジェルスに移住して、共同生活を始めた。

 
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ボロウドタイム〈上〉
ボロウドタイム〈下〉
10年後になって、ロジャーがエイズと診断され、それから2年後に彼は死去した。
その間、ポールは恋人の病床につきっきりで看病にあたり、実験的な治療につきそった。
ロジャーの失明や体力の衰え、そして死にいたる一部始終を本書として記した。

 恋をする。
恋とは、多くは男性と女性が、互いに好きあうものだった。
しかし、ゲイと呼ばれる人たちは、同性同士で好きあった。
それはかつてあったような少年愛とは違う。
ゲイは同じ社会的な地位や、年齢の同性が好きあうのであった。

 異性愛者=ストレートはの結婚は、男性が働き女性が家庭を守るといったかたちが多い。
ここには愛情だけではなく、将来の生活設計が加味されているから、
男性の経済力や女性のやりくりの力などが勘案されている。
ストレートの結婚には、愛情以外の経済力といったものや、男性の社会的な地位などが、重要な判断材料になっている。

 ゲイは両者ともフルタイムワーカーであり、経済力がある。
そのため彼(女)らは、相手にたいして経済力など求める必要がない。
ただ純粋に愛情だけで、ゲイたちは求めあうことができる。

 本書を読んでいると、2人がきわめて純粋に愛しあっていることが、ひしひしと伝わってくる。

 最愛の友ロジャー・ホーウィッツは、1986年10月22日にエイズの 合併症で死んだ。診断されてから19ヶ月と10日だった。この日付けが わたしにとって唯一の現実だ。恋人たちが印を付けるカレンダーの休日 のすべてに、水のように冷たい影を投げかける。ロジャーの死んだ10月 のあの長い夜がくるまでは、残酷だった3月12日−1985年のその日、 ロジャーはエイズと教断され、わたしたちは月の世界で生きることをはじ めた−にとってかわれる日があろうとは思ってもみなかった。P2

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 ロジャーは15通りの異なった方法で採血された。しかし、当時はまだエイズの抗体検査はできなかったので、どの検査結果も具体的な病名の診断にはつながらなかった。まだ病的な咳はなく、全身の倦怠感と不安定な熟も、それら自体が確定診断のための症状とはいえなかった。蜃気楼のよぅに微かに揺らめいている風邪もどきのようにも見えた。何度目かの診察のあと、ロジャーは待合室に出てきて、コープ博士がわたしに合いた がっているといった。P108

 本書をエイズと闘う人たちの本として読むか、
ゲイの恋愛小説として読むかは、読者の自由であろう。
いまではエイズの治療もだいぶ進み、HIVウィルスに感染しても、
ただちに死に至るということはなくなった。
しかし、本書はアメリカで1988年に出版されているから、
彼らが闘病していたこの当時には治療方法がなかった。
少年愛は昔からあったので違和感が少なかったが、ゲイは新しいものだったから抵抗があった。
ゲイに対する偏見は、今以上に強かった。

 少年愛は、農耕社会の年齢秩序にしたがったもので、
高齢者が低年齢の少年を肉体的にも愛するというものだった。
少年愛は教育の一種でさえあった。
だから、少年愛は都市にも農村部にも広範に存在した。
しかし、ゲイとは年齢秩序に反旗を翻すもので、
同年齢・同地位の男性同士が、肉体関係をともなった愛情を結ぶものである。
だからゲイは、男女差別や年齢秩序が崩壊した情報社会のものである。
現在でもゲイは都市部にしか棲息できない。

 情報社会では、異性を愛さなくてもいい。
自分の気に入った相手であれば、同性を愛してもまったくかまわないのだ。
経済力といった不純なものに気を使わないだけ、ゲイの愛情は純粋でしかも完璧である。
本書は、最近ではまれに見る純愛ものである。
しかも、男性が書いているからか、愛情の中にも冷静さを保ち、
しっかりした思いやりが伝わってくる。
ヒトラーもドイツを愛していたとは有名な台詞だが、愛情が結果の正当性を保証するとは限らない。
筆者の冷静さが、愛情の確かさをより際だたせている。
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参考:
早川聞多「浮世絵春画と男色」 河出書房新社、1998
松倉すみ歩「ウリ専」英知出版、2006年
ポール・モネット「ボロウド・タイム  上・下」時空出版、1990
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛 鳥新社、2001
伊藤文学「薔薇ひらく日を 薔薇族と 共に歩んだ30年」河出書房新社、2001
モートン・ハント「ゲイ:新しき隣 人たち」河出書房新社、1982
リリアン・フェダマン「レスビアンの歴史」 筑摩書房、1996

尾辻かな子「カミングアウト」講談社、 2005
伏見憲明+野口勝三「「オカマ」は差別か」 ポット出版、2002
顧蓉、葛金芳「宦官」徳間文庫、2000
及 川健二「ゲイ パリ」長 崎出版、 2006
礫川全次「男色の民俗学」 批評社、2003
伊藤文学「薔薇ひらく日を」河出書房 新社、2001

リリアン・フェダマン「レスビアンの歴史」 筑摩書房、1996
稲垣足穂「少年愛の美学」河出 文庫、1986
ミシェル・フーコー「同性愛と生存の美学」 哲学書房、1987
プラトン「饗 宴」岩波文庫、1952
伏見憲明「ゲイという経験」ポット出 版、2002

東郷健「常識を越えて オカ マの道、70年」 ポット出版、2002
ギルバート・ハート「同性愛のカルチャー研究」 現代書館、2002
早川聞多「浮世絵春画と男色」 河出書房新社、1998
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛 鳥新社、2001
神坂次郎「縛られた巨人」 新潮文庫、1991
風間孝&河口和也「同性愛と異性愛」 岩波新書、2010
匠雅音「核家族か ら単家族へ」丸善、1997
井田真木子「同性愛者たち」文芸春秋、1994
編ロバート・オールドリッチ「同性愛の歴史」東洋書林、2009
ミッシェル・フーコー「快楽の活用」新潮社、1986
アラン プレイ「同性愛の社会史」彩流社、1993
河口和也「クイア・スタディーズ」岩波書店、2003
ジュディス・バトラー「ジェンダー トラブル」青土社、1999
デニス・アルトマン「ゲイ・アイデンティティ」岩波書店、2010
イヴ・コゾフスキー・セジウィック「クローゼットの認識論」青土社、1999
デニス・アルトマン「グローバル・セックス」岩波書店、2005


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