匠雅音の家族についてのブックレビュー    うつ病の妻と共に|御木達哉

うつ病の妻と共に お奨度:

著者:御木達哉(みき たつや)   文春文庫 2007年  ¥562−

著者の略歴−本名・御木達也。PL病院副院長。1936年、東京生まれ。中央大学法学部、同大学文学部独文科卒業。63年から66年までドイツ・テユービンゲン大学でカフカを研究。帰国後、日本大学医学部に学士入学、70年卒業。著書に「ガラス病」「そしてマリアは死んだ」(以上、勁文社)「カフカの迷宮へ」(書肆フローラ)がある。
 うつ病の妻をかかえて生きた、9年間の記録である。
書評と名のっている当サイトだが、本書のような心情吐露、しかも命のかかった心情吐露をとりあげて、批評するつもりはまったくない。
ただ、こうした人間がこんな本を出している、と紹介するだけである。
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 筆者はさいわいにも勤務場所と住まいが近かった。
そのために、ウツの奥さんのいる自宅と、勤務場所をかんたんに往復できた。
これが普通の勤め人だったら、通勤に1時間以上かかる。
毎日、自宅と勤務先を、2度も往復できるものではない。
残業もある。
仕事と看病を両立させることは不可能だろう。

 筆者は、関西の総合病院に勤務する内科医である。
その奥さんは美紗子といい、子供が3人いたごく普通の夫婦だった。
上の子供たちは成人し、一番下の次男だけが浪人中に、奥さんが発症した。

 身体が壊れると病院に行く。
そして治療してもらう。
頭がこわれると、頭も身体の一部ではあるが、その治療はこんなんを極める。
まだ頭のなかの構造は、不可解なことだらけである。
しかし、頭の故障にも、治療の努力が続いており、さまざまな薬が開発されてきた。
ルボックスという新薬は、激効があるとさえ言われる。
しかし、どんなウツにも効く薬はない。

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 筆者は病気の奥さんをかかえて、なんとか治ってもらいたいと、必死に生きる。
4年。
治療と看病のかいがあって、病状は快方に向かう。
浪人だった次男も、医学部に受かった。
美紗子さんの症状は、ずっと軽くなった。
筆者はほっとして、手記を妻に見せる余裕すら生まれる。
そして、文学志望だった筆者は、奥さんの同意をえて手記を出版する。

 身体の病気も辛いが、頭の病気は不気味なのだ。
頭が原因で体調も悪くもなるが、それ以上に心が壊れる。
頭がやられると、身体はまったく動かなくなってしまう。
ボクも脳梗塞をやったが、ストロークが来ると身体が動かなくなる。
どんなに根性を入れても、身体は反応しない。
ウツ病も大変だろう。
脳梗塞患者の半分くらいが、うつ病にやられるという。

 自分で落ち込んでいくのを知りながら、自分でどうにもできない。
無気力になりながら、無気力である自分を自覚していながら、気力が落ちていく。
どうにできないことに、また落ち込んでいく。
近くにいる筆者も大変だったろう。
筆者の精神状態は、美紗子さんの病状につれて、はげしく上下する。

 美紗子さんは快方に向かって、普通の生活に戻った。
ほとんど常人のようになった。
まだちょっとおかしなところがあるが、とにかく最悪の時期は脱したのだ。
筆者も心の平静を取り戻していく。
そして、闘病を支えてくれた人々に感謝して、発症から6年後に筆がおかれた。

 しかし、それから3年後。
美紗子さんは投身自殺をはかって、帰らぬ人となった。
筆者の哀しみと、嘆きはさぞ深いものだったろうと、言葉を失ったままだ。
何と言っていいか判らない。筆者が後追い自殺しなかったことを、幸いと以外に言いようがない。
人間の心とは、奥深いものだ。    (2009.5.1)
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参考:
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
松本彩子「ピルはなぜ歓迎されないのか」勁草書房、2005
榎美沙子「ピル」カルチャー出版社、1973
ローリー・B.アンドルーズ「ヒト・クローン無法地帯」紀伊国屋書店、2000
沢山美果子「出産と身体の近世」勁草書房、1998
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史」勁草書房、1994
ジュディス・ハーマン「心的外傷と回復」みすず書房、1999
小浜逸郎「「弱者」とは誰か」PHP研究所、1999
櫻田淳「弱者救済の幻影」春秋社、2002
松本昭夫「精神病棟の二十年」新潮社、1981
ハンス・アイゼンク「精神分析に別れを告げよう」批評社、1988
小沢牧子「「心の専門家」はいらない」洋泉社、2002
佐藤早苗「アルツハイマーを知るために」新潮文庫 2007年
多田富雄「寡黙なる巨人」集英社、2007
熊篠慶彦「たった5センチのハードル」ワニブックス、2001
正村公宏「ダウン症の子をもって」新潮文庫、2001 
高柳泰世「つくられた障害「色盲」」朝日文庫、2002
加藤康昭「日本盲人社会研究」未来社、1974
北島行徳「無敵のハンディキャップ」文春文庫、1997
アリス・ミラー「闇からの目覚め」新曜社、2004
御木達哉「うつ病の妻と共に」文春文庫、2007

M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
オルテガ「大衆の反逆」白水社、1975
E・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」みすず書房、1988
イマニュエル・ウォーラーステイン「新しい学」藤原書店、2001
田川建三「イエスという男」三一書房、1980
ポール・ファッセル「階級「平等社会」アメリカのタブー」光文社文庫、1997
橋本治「革命的半ズボン主義宣言」冬樹社、1984
石井光太「神の棄てた裸体」新潮社 2007
梅棹忠夫「近代世界における日本文明」中央公論新社、2000
小林丈広「近代日本と公衆衛生」雄山閣出版、2001
前田愛「近代読者の成立」岩波現代文庫、2001
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
フランク・ウェブスター「「情報社会」を読む」青土社、2001
ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」紀伊国屋書店、1979
エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
ハワード・ファースト「市民トム・ペイン」晶文社、1985
成松佐恵子「庄屋日記に見る江戸の世相と暮らし」ミネルヴァ書房、2000
デビッド・ノッター「純潔の近代」慶應義塾大学出版会、2007
北見昌朗「製造業崩壊」東洋経済新報社、2006
小俣和一郎「精神病院の起源」太田出版、2000
松本昭夫「精神病棟の20年」新潮文庫、2001
斉藤茂太「精神科の待合室」中公文庫、1978
ハンス・アイゼンク 「精神分析に別れを告げよう」批評社、1988
吉田おさみ「「精神障害者」の解放と連帯」新泉社、1983
古舘真「男女平等への道」明窓出版、2000
ジル・A・フレイザー「窒息するオフィス」岩波書店、2003
三戸祐子「定刻発車」新潮文庫、2005
ケンブリュー・マクロード「表現の自由VS知的財産権」青土社、2005
フリードリッヒ・ニーチェ「悦ばしき知識」筑摩学芸文庫、1993


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