匠雅音の家族についてのブックレビュー   家族内殺人|浜井浩一他

家族内殺人 お奨度:

著者:浜井浩一(はまい こういち)  洋泉社新書 2009年 ¥760−

著者の略歴−1960年愛知県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。龍谷大学法科大学院教授(犯罪学)。1984年に法務省に採用され、少年鑑別所、少年院、刑務所、保護観察所などの犯罪者処遇の現場のほか、法務総合研究所、在イタリア国連犯罪司法研究所を歴任し、2003年4月から龍谷大学。著書に「犯罪統計入門」「刑務所の風景」(いずれも日本評論社)、「犯罪不安社会」(共著・光文社新書)、「少年犯罪厳罰化私はこう考える」(共著・洋泉社・新書y)など。臨床心理士。
 最近、殺人事件が激増しているように、マスコミは報道している。
しかし、我が国の殺人事件件数は、戦後一貫して下がり続けている。
マスコミが言うように、家族のあり方がかわり、古き良き人情が廃れたから、殺人が増えているなどと言うことはない。
マスコミ人は大学を卒業した人たちだろうに、事実を見ていないとしか言いようがない。
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家族内殺人

 管賀江留郎の「戦前の少年犯罪」や、河合幹雄の「日本の殺人」など、 きそって安全な社会になったと強調している。
本書も、同じことを言う。
我が国の殺人は、もともと家族内で行われることが多く、その傾向はまったく変わっていない。

  マスコミでは、家族内殺人は、日本の伝統的家族の崩壊といった文脈のみで報道されている。映画「三丁目の夕日」に見られるような仲の良い日本の伝統的な家族が崩壊し、家族の絆が弱まり、その結果、昔には見られなかったような家族が家族を殺す陰惨な事件が多発するようになった。多くの人は、そう感じているのではないだろうか。マスコミ的には、まさに、現代社会の闇、家族の闇、モラルの低下の象徴の一つが家族内殺人なのである。しかし、事実は、多くの人々の考えとは大きく異なっている。家族内殺人は昔からあるし、増えているわけでもない。むしろ、統計的には昭和30年代よりも減少している。日本の伝統ということで言えば、家族内殺人は、日本の殺人の常に4割を占める伝統的な殺人であり、今に始まったことではない。P11

 マスコミは、読者や視聴者が興味を引きそうな事件を、誇大にドラマ化して、それこそ怒濤のように報道する。
特に、殺人事件はマスコミ人自身が興味を感じるのではと思うほど、根拠の怪しげな大量の報道がなされる。
それは当事者たちのプライバシーなど、まったく無視していることが多い。

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 浅野健一が「犯罪報道の犯罪」で言うように、犯罪を報道することが犯罪である、といった認識は我が国のマスコミ人にはまったくないようだ。
報道はいちど流布されると、あたかも報道されたことが事実であるかのように、報道人たちに見なされてしまう。
だから、殺人事件をドラマ化して報道すれば、あたかも家族愛が崩壊しているかのごとくに、ニュース解説も訴えている。
 
 儲け主義の企業を批判するが、マスコミこそ売り上げを伸ばしたくて、誇大な報道をくり返しているとしか思えない。
犯人や被害者の名前は匿名でも、犯罪報道にはまったく問題ない。
にもかかわらず、個人攻撃して止まないのが、我が国のマスコミである。

 本書は、家族内の殺人事件を、親殺し、子供殺し、高齢者の殺人などと、分類しながら、8人の筆者によって記述されている。
親殺しがあると、マスコミは鬼の首でも取ったかのように、しつこく報道する。
しかし、本書に従えば、親殺しは2004年11月から2008年7月までで16件であり、子殺しは毎年50〜60件おきている。
子供は10倍も殺されている。

 個々の事件の裏側には、複雑な背景があり、とても簡単には記述できないだろう。
しかし、現代の子供たちは、けっして愛情を喪失しているわけでもないし、殺伐としているわけではない。
むしろ、むかしから親たちのほうが、子供に酷い仕打ちをしてきたのだ。
最近でこそ、子供への虐待が問題視されはじめたが、それでも子供殺しには刑も甘いのが真相である。

 尊属殺人を特別に重くする規定は、刑法から削除されたが、刑の運用では尊属殺人には重罰を課している。
マスコミに限らず、世を挙げて親に甘く、子供に厳しいのだ。
むかしから子供は親の所有物であり、どうしようと親の自由だったのだ。
近代も終わる頃になって、子供の人格が認められはじめた。
アメリカではアザを残す程度の傷であっても、親が暴力をふるえば有罪になるという。
そして、教師が暴力をふるえば、怪我の有無にかかわらず、問答無用で解雇されるらしい。

 我が国も、じょじょに時代が進み、近代が終わりつつある。
先進国の後追いではあるが、アメリカの子供虐待が減ってきたように、子供への虐待は減っていくだろう。
家族の機能が変わって、核家族から単家族へと変わることが不可避だと、遅かれ早かれ認識されるに違いない。
それまで、子供たちは故なき偏見にさらされ続ける。  (2010.2.25) 
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参考:
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994
山本譲司「累犯障害者」新潮社、2006
足立正生「塀の中の千夜一夜」愛育社、2005
三浦和義「弁護士いらず」太田出版、2003
浅野健一「犯罪報道の犯罪」新風舎文庫、2005
山崎哲「<物語>日本近代殺人史」春秋社、2000
菊田幸一「日本の刑務所」岩波新書、2002
有村朋美「プリズン・ガール」新潮文庫、2005
佐藤清彦「にっぽん心中考」文春文庫、2001
管賀江留郎「戦前の少年犯罪」築地書館 2007
浜田 寿美男「自白の研究」三一書房、1992
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
流山咲子「女子刑務所にようこそ」洋泉社、2004
藤木美奈子「女子刑務所」講談社文庫、2001
ヨシダトシミ「裁判裏日記」成美堂出版 2008
小室直樹「痛快!憲法学」集英社、2001
芦部信喜「憲法判例を読む」岩波書店、1987
D・T・ジョンソン「アメリカ人のみた日本の検察制度」シュプリンガー・フェアラーク東京、2004
河合幹雄「安全神話崩壊のパラドックス」岩波書店、2004
河合幹雄「日本の殺人」ちくま新書、2009

鈴木邦男「公安警察の手口」ちくま新書、2005
高沢皓司「宿命」新潮文庫、2000
見沢知廉「囚人狂時代」新潮文庫、2000
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997

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