匠雅音の家族についてのブックレビュー   吉原花魁日記−光明に芽ぐむ日|森光子

吉原花魁日記
光明に芽ぐむ日
お奨度:

著者:森 光子(もり みつこ)  朝日文庫 2010(1926)年 ¥640−

著者の略歴−1905年群馬県高崎生まれ。貧しい家庭に育ち、1924年19歳で青原の「長金花楼」に売られる。約2年後、雑誌で知った柳原白蓮を頼りに妓楼から脱出。1926年『光明に芽ぐむ日』1927年、『春駒日記』(いずれも文化生活研究会)を出版。その後自由廃業し、結婚した。没年不明。
 大正デモクラシーといわれた大正時代に、19歳で吉原に売られた女性の日記である。
大正15年に上梓されたが、そのまま絶版になっていたのが、再刊された。
当サイトは増田小夜「芸者」など、人身売買によって売春が強制された時代のものは、なるべく取り上げるようにしている。
厳しかった歴史を忘れてはいけないのだ。
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吉原花魁日記

 多くの人は売春だけを取り上げて、売春の善悪を論じるが、ボクは売春自体は悪ではないと考えている。
自発的な意志にもとづいて、自分の身体でお金を稼ぐのは、自己決定権のもとにある行為だと思う。
問題は人身売買による売春である。
もっと端的にいえば、貧しさこそ問題なのだ。

 現在のアジアなどの売春は、貧しさの産物であり、かつての日本と同じものだ。
石井光太が「神 の棄てた裸体」で描くように、まだまだ貧しさがはびこっている。
貧しいところでは、人間の身体を売る。
人身売買から売春を切り離して取り上げるのではない。
人身売買による売春は、奴隷売買と同じように人権侵害と考えるべきだろう。
 
 筆者は母親によって、吉原に売られた。
もちろん貧しかったからだ。
借金を返せなくなり、借金の返済のために、まとまった金を手に入れるには娘を売るのが、もっとも簡単な手段だった。
この当時、子供は親に楽をさせてやるように、と教育されてきた。
親孝行が最大の徳育だった。
そのため、筆者も親に楽をさせてやりたいと思って、吉原が何をするところか知らないままで、身売りを決意するのだ。

 核家族の欠点をいう人がいるが、大家族が支配的な社会では、子供を売ることが肯定されていた。
大家族で支え合うことを美徳とし、かつ子供が親に楽をさせる教育が徹底していた。
そのため、子供を借金の形に売っても仕方ない、と多くの人が考えていたのだ。
それは、職人たちの行った無給の年季奉公と、近い感覚だったろう。

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 筆者のいた長金花では、花魁が13人いた。
そのうち、両親のある者は4人、両親のない者は7人、片親のみの者は2人だったという。
大家族が単位だから、大家族から弾きだされると、もうどこも助けてはくれない。
この時代、生活保護などなかった。
大家族の中にいればいいが、大家族が生産組織である以上、大家族を作れなくなったら脱落していく他ない。 

 核家族になった豊かな現代では、子供は親とは別の人格とみなされている。
いかに家計を助けるためとはいえ、子供に働かせることは肯定されない。
ましてや子供を借金の形にすることは、想像だにできない蛮行である。
大家族の裏面も確認すべきである。

 筆者たちは、ほとんど24時間にわたる肉体労働を強いられている。
夕方から客が来はじめ、そのまま泊まりになれば、ずっと相手をする。
しかも、途中であっても、新たな客が来れば、中座して相手をする。
筆者は一晩で12人も相手をしたので、クタクタだと書いている。
ときとすると、昼間の客もある。
これでは身体の休まるときがない。
 
 母親に対して、次ぎのように言っている。
 
 この頃の自分は、母が、妾(わたし)をこうした運命の処へ族立たせたとしか思われない。
 妾はこの悲しい感想を悔いたい。
 自分は母が、全然こうした廓の内容を知らないで、只、周旋屋に甘言で欺されたのだとのみ思っていた。
 母上様、妾は幾度この苦しい運命を、貴い神の試煉であると、我と我が身を鞭打ったかも知れない。
 しかし、ほんとに知らなかったのかしら? 自分は疑い初めた。
 五十幾つにもなり、相当に苦労して釆た母が、廓の事を少しも知らないなんという事があり得るだろうか、自分は不思議でならない。
 相談が初まって、周旋屋に逢った時の母の云った言葉を思い出す。
「周旋屋は云うがね、あそこは騒いで遊んでいりやいいんだそうだから、それに二年位で帰れるそうだよ、いくら運が悪くても、三年も立てば帰れるそうだから、辛抱して早く帰って来てね……」
それが、ほんとうの母の心かしら。例えどんなにお人よしで、世間見ずの母であるとしても……それは信じられない。P266


 筆者は2年ほど吉原にいた後、決死の覚悟で脱走する。
そのあたりの記述は、もう本当に必死だとよくわかる。
なにしろ、人身売買が合法なのだ。
契約を破って、逃げだすほうが悪である。
正義は経営者にある。
だから、警官に見つかれば、吉原に連れ戻される。

 自由廃業という言葉を、筆者は客から知らされている。
救世軍が300人以上の娼妓を、自由廃業させたとしって、筆者は意を決して行動する。
なんとか脱出に成功して、柳原白蓮の元へと駆け込む。
柳原白蓮のことを知らなかったら、脱走を想像すらできない。
安く使おうとする経営者たちは、情報をコントロールしたがるはずである。
  (2010.3.30) 
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参考:
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、 1957
佐々木陽子「総力戦と 女性兵士」青弓社、2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」 筑摩書房、1972
ニール・ポストマン「子ども はもういない」新樹社、2001
大河原宏二「家族 のように暮らしたい」太田出版、2002年
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可 能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的 基礎」桜井書店、2000
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信田さよ子「脱常識の家 族づくり」中公新書、2001
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岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株) ソニー・マガジンズ、2004
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末包房子「専業主婦が消える」 同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、 1988
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クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書 房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現 代思想社、1984
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熊沢誠「女性労働 と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」 とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新 潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参 画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」 ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、 1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべ きではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」 東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」 角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、 2004
大塚英志「「彼女たち」 の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」 有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、 2003
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ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」 水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、 1972
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サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」 思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書 店、2005
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ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」 平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」 現代書館、1992
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末包房子「専業主婦が消える」 同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、 2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社 会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」 二見書房、2007
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スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、 1994
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ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニ カ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、 1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」 中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」 新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文 庫、2003
光畑由佳「働くママが日 本を救う!」マイコミ新書、2009
匠雅音「核家族か ら単家族へ」丸善、1997

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