匠雅音の家族についてのブックレビュー   母親はなぜ生きづらいか−母親と子育てを問い直す|香山リカ

母親はなぜ生きづらいか
母親と子育てを問い直す
お奨度:

著者:香山リカ(かやま りか) 講談社現代新書 2010年 ¥720−

著者の略歴−1960年7月1日、北海道札幌市に生まれる。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。臨床体験を生かして、新聞、雑誌などの各メディアで、社会批評、文化批評、書評など幅広く活躍する一方、現代人の「心の病」について洞察を続けている。専門は精神医学だが、テレビゲームなどのサブカルチャーにも関心を持つ。著書には、『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)、『うつで困ったときに開く本』(朝日新書)、『悪いのは私じゃない症候群』(ベスト新書)、『くらべない幸せ』(大和書房)、『勝間さん、努力で幸せになれますか』(朝日新聞出版・共著)、『就職がこわい』(講談社+α文庫)、『老後がこわい』『なぜ日本人は劣化したか』『親子という病』(ともに講談社現代新書)、『精神科医ミツルの妄想気分』(講談社)などがある。
筆者は母親は生きづらいというが、本当だろうか。
母親の自殺より、中年男性の自殺のほうが多い。
街では暇な母親らがファミレスにたむろしている。
ちょっと見は、子育てに専業する主婦ほど、楽な仕事はないように感じる。
そうは言っても、育児ノイローゼという言葉も聞くし、本書などが上梓されるのだから、育児は大変なのだろう。
TAKUMI アマゾンで購入
母親はなぜ生きづらいか

 読んでいる最中は、なるほどと思って読んでいたが、結局は、少子化対策の本ではないだろうか。
江戸時代は、女性の仕事は子供を産むだけで、育てるのは男性の仕事だったという。
父親は子育ての全責任を負っていたと、「江戸時代の子育て」を引用する。

 武士は家の跡取りを育てなければならない。
武士社会は完璧な男性社会である。
そのため、長男を育てるのには、女性任せにせず、当主が自ら行う必要があった。
では、庶民はどうだったかといえば、家が生産組織である以上、子供を育てるのは家全員の仕事だった。
そして、血縁が現在ほどには、重視されていなかった。
 
 大塚英志の『「伝統」とは何か』では、江戸時代後半では武家社会の全相続のうち、4割が養子によるものであったという。
人口の90%をしめた農家でも、養子が多かっただろうと思う。
とにかく生産組織である家をつぶすことは出来ないのだ。
そんなことをしたら、全員が路頭に迷う。

 それが近代にはいると、子育ての役割は母親に割り当てられてくる。
明治になっても、庶民は江戸時代と変わらぬ意識だったろう。
しかし、金持ちたちは生産活動に携わらない女性を、自分の妻として迎えるようになった。
こうした女性には、子供を産んでも乳母がいたから、何も仕事がなかった。

 戦争へと進む時代、男性たちは労働力として狩りだされた。
女性は良妻賢母として、家庭を守る役割が与えられた。
明治後期から、高等女学校において、良妻賢母教育が始まった。
当時の裕福な女性には、良妻賢母教育が熱狂的に迎えられた。
お国のために、優れた子供を育てることが、女性の役割になった。

広告
 生産現場から身を引いた女性たちは、家庭を自分のよりどころとして、子育てに邁進したのである。
それは、3つ後の魂百までもといった、幼児教育が大切なことが強調されるとの平行して、女性は子育てを自分の仕事にしていった。
女性が生産活動から離れてしまったがゆえ、子育てが自己の存在証明になっていったのである。
  
 大正から昭和にかけて、いよいよ母性が強調され、そのプレッシャーから母子心中を選ぶ女性が増え、さらにそれが一部で美談扱いされる。このからくりの背景にある原因を大塚氏は「世界大恐慌の影響」による「農村の荒廃」だとしている。

 なぜ農村の崩壊が、母性の強調につながるのか。大塚氏の言葉を聞こう。 
「こういった農村の荒廃は、(中略)そもそも『家長制』という武家社会の『家』制度にヨーロッパの家族法を接ぎ木した『家』を、農村の『家』に重ねあわせることにさえ無理があったのに、それをかろうじて支えていた地方の村々が恐慌によって破綻していったのである。
 つまり、近代に作られた『伝統』が早くもその足場を失った時、それを支える新たな『伝統』を必要としたのだ。
 その一つが『母性』であった。」(同前)
 明治のイエが揺らぎ始めたとき、それにかわるよりどころとして打ち出されたのが母性であった、ということだ。P60


 生産組織である家が、経済の荒波にもまれて、破綻しつつあった。
そんな中、我が国は中国大陸へと、植民地を広げていく。
ここでますます、男性は兵士などの労働力、女性は銃後を支える者となっていく。
ここでも、生産活動に従事しない女性の存在証明は、子育てだったのである。
だから、農家の女性たちは労働力であり、子供を自己の存在証明にする必要がなかった。

 筆者は女性であるからか、母親にはとても優しい。
母親幻想が女性を息苦しくすると共に、男性にも悪い影響を与えているという。
男性たちも、理想の母親幻想を持っており、妻に母親の代わりを求めるというのだ。

 母親が生きづらいとしたら、ことの本質は簡単である。
女性たちも生産活動に戻ればいいのだ。人間とは働く生き物であり、女性とて例外ではない。
子育ては働くことの片手間にやるものであり、子供という生き物は自己の存在証明にならない。

 本書は明言しないが、男性が生産労働、女性が家事労働という、性別役割分担が諸悪の根元なのだ。
すべての人間が働くなかで、子供を育てることが出来る環境をつくる。
それが、今求められているのだ。   (2010.4.12) 
広告
 感想・ご意見・反論など、掲示板にどうぞ
参考:
芹沢俊介「母という暴力」春秋 社、2001
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」 筑摩書房、1994
末包房子「専 業主婦が消える」同友館、1994
下田治美「ぼ くんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
須藤健一「母系 社会の構造:サンゴ礁の島々の民族誌」紀伊国屋書店、1989
エリザベート・パダンテール「母性という神話」筑摩書 房、1991
斉藤環「母は娘の人生を支配 する」日本放送出版協会、2008
ナンシー・チョドロウ「母親業の再生産」 新曜社、1981
石原里紗「ふざける な専業主婦」新潮文庫、2001
石川結貴「モンスター  マザー」光文社、2007

イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」 筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と 喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株) ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書 館、2001
末包房子「専業主婦が消える」 同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、 1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジ ンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワー クス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、 1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」 大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書 房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現 代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職 域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」 宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働 と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」 とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新 潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参 画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」 ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、 1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべ きではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」 東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」 角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、 2004
大塚英志「「彼女たち」 の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」 有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、 2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、 2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」 水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、 1972
水田珠枝「女性解放思 想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書 店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、 1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」 思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書 店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト 経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」 平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」 現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の 水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」 同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、 2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社 会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」 二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、 2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、 1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、 1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、 1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニ カ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、 1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」 中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」 新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文 庫、2003
光畑由佳「働くママが日 本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」 草思社、1997
奥地圭子「学校は必要 か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子 供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもから の自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男 だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専 業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働 と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史  まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994
匠雅音「核家族か ら単家族へ」丸善、1997

「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる