著者の略歴−1960年7月1日、北海道札幌市に生まれる。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。臨床体験を生かして、新聞、雑誌などの各メディアで、社会批評、文化批評、書評など幅広く活躍する一方、現代人の「心の病」について洞察を続けている。専門は精神医学だが、テレビゲームなどのサブカルチャーにも関心を持つ。著書には、『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)、『うつで困ったときに開く本』(朝日新書)、『悪いのは私じゃない症候群』(ベスト新書)、『くらべない幸せ』(大和書房)、『勝間さん、努力で幸せになれますか』(朝日新聞出版・共著)、『就職がこわい』(講談社+α文庫)、『老後がこわい』『なぜ日本人は劣化したか』『親子という病』(ともに講談社現代新書)、『精神科医ミツルの妄想気分』(講談社)などがある。 筆者は母親は生きづらいというが、本当だろうか。 母親の自殺より、中年男性の自殺のほうが多い。 街では暇な母親らがファミレスにたむろしている。 ちょっと見は、子育てに専業する主婦ほど、楽な仕事はないように感じる。 そうは言っても、育児ノイローゼという言葉も聞くし、本書などが上梓されるのだから、育児は大変なのだろう。
読んでいる最中は、なるほどと思って読んでいたが、結局は、少子化対策の本ではないだろうか。 江戸時代は、女性の仕事は子供を産むだけで、育てるのは男性の仕事だったという。 父親は子育ての全責任を負っていたと、「江戸時代の子育て」を引用する。 武士は家の跡取りを育てなければならない。 武士社会は完璧な男性社会である。 そのため、長男を育てるのには、女性任せにせず、当主が自ら行う必要があった。 では、庶民はどうだったかといえば、家が生産組織である以上、子供を育てるのは家全員の仕事だった。 そして、血縁が現在ほどには、重視されていなかった。 大塚英志の『「伝統」とは何か』では、江戸時代後半では武家社会の全相続のうち、4割が養子によるものであったという。 人口の90%をしめた農家でも、養子が多かっただろうと思う。 とにかく生産組織である家をつぶすことは出来ないのだ。 そんなことをしたら、全員が路頭に迷う。 それが近代にはいると、子育ての役割は母親に割り当てられてくる。 明治になっても、庶民は江戸時代と変わらぬ意識だったろう。 しかし、金持ちたちは生産活動に携わらない女性を、自分の妻として迎えるようになった。 こうした女性には、子供を産んでも乳母がいたから、何も仕事がなかった。 戦争へと進む時代、男性たちは労働力として狩りだされた。 女性は良妻賢母として、家庭を守る役割が与えられた。 明治後期から、高等女学校において、良妻賢母教育が始まった。 当時の裕福な女性には、良妻賢母教育が熱狂的に迎えられた。 お国のために、優れた子供を育てることが、女性の役割になった。
それは、3つ後の魂百までもといった、幼児教育が大切なことが強調されるとの平行して、女性は子育てを自分の仕事にしていった。 女性が生産活動から離れてしまったがゆえ、子育てが自己の存在証明になっていったのである。 大正から昭和にかけて、いよいよ母性が強調され、そのプレッシャーから母子心中を選ぶ女性が増え、さらにそれが一部で美談扱いされる。このからくりの背景にある原因を大塚氏は「世界大恐慌の影響」による「農村の荒廃」だとしている。 なぜ農村の崩壊が、母性の強調につながるのか。大塚氏の言葉を聞こう。 「こういった農村の荒廃は、(中略)そもそも『家長制』という武家社会の『家』制度にヨーロッパの家族法を接ぎ木した『家』を、農村の『家』に重ねあわせることにさえ無理があったのに、それをかろうじて支えていた地方の村々が恐慌によって破綻していったのである。 つまり、近代に作られた『伝統』が早くもその足場を失った時、それを支える新たな『伝統』を必要としたのだ。 その一つが『母性』であった。」(同前) 明治のイエが揺らぎ始めたとき、それにかわるよりどころとして打ち出されたのが母性であった、ということだ。P60 生産組織である家が、経済の荒波にもまれて、破綻しつつあった。 そんな中、我が国は中国大陸へと、植民地を広げていく。 ここでますます、男性は兵士などの労働力、女性は銃後を支える者となっていく。 ここでも、生産活動に従事しない女性の存在証明は、子育てだったのである。 だから、農家の女性たちは労働力であり、子供を自己の存在証明にする必要がなかった。 筆者は女性であるからか、母親にはとても優しい。 母親幻想が女性を息苦しくすると共に、男性にも悪い影響を与えているという。 男性たちも、理想の母親幻想を持っており、妻に母親の代わりを求めるというのだ。 母親が生きづらいとしたら、ことの本質は簡単である。 女性たちも生産活動に戻ればいいのだ。人間とは働く生き物であり、女性とて例外ではない。 子育ては働くことの片手間にやるものであり、子供という生き物は自己の存在証明にならない。 本書は明言しないが、男性が生産労働、女性が家事労働という、性別役割分担が諸悪の根元なのだ。 すべての人間が働くなかで、子供を育てることが出来る環境をつくる。 それが、今求められているのだ。 (2010.4.12)
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