匠雅音の家族についてのブックレビュー 女性のいない世界−性比不均衡がもたらす恐怖のシナリオ|マーラ・ヴィステンドール

女性のいない世界
性比不均衡がもたらす恐怖のシナリオ
お奨度:☆☆

著者 マーラ・ヴィステンドール   秀和システム 2021年 ¥1,650−

著者の略歴−北京駐在の『サイエンス』誌記者。『サイエンティフィック・アメリカン」「ポピュラー・サイエンス」「フィナンシャルタイムズ』などにも寄稿。この10年間は中国に滞在し、考古学から宇宙計画までさまざまなテーマをリポートしている。上海の復旦大学でジャーナリズムを教えた経験をもち、国際的なジャーナリズム推進の組織「ラウンド・アース・メディア」の顧問も務める。本書は、2012年のピュリッツァー賞一般ノンフィクション部門のファイナリストに選ばれた。
  男女の産み分けによって、女性が中絶され男性が多くなった。これは中国に限らず、アジア諸国の現実だった。その影響がすでに現れ、なお2030年には増えすぎた男性たちが暴走すると、本書の帯は警鐘を鳴らしている。

 2012年に発売されて、半年で3刷までいっているが、それほど話題になったような記憶がない。戦後一貫して、農家の 嫁キキンが言われてきた。それは農家の人間関係が近代化せずに、嫁の立場が劣悪だったことによるものだった。しかし、本書が描くのは、それとはまったく違う理由で、嫁がいなくなったというのだ。

 どこの夫婦も男の子を望み、男の子が生まれるまで妊娠・中絶した結果、男女に性比が大きく狂ってしまった。通常であれば、女100に対して、男105という性比である。もともと男が5パーセントほど多く生まれるのだが、それは男のほうが成人の途中で死ぬ確率が高いので、神様が仕組んでくれた数字なのだ。100対105であれば、成人した時には、男女が同数になっている。

 古くからどの夫婦も男の子を望んでいた。夫だけではない、妻も男の子を望んでいた。それは男が労働力として優位だったからだろう。それが男を望んだ最大の理由だが、やがて男が第1の性となっていき、男を生むことが妻の義務にさえなっていく。これは昔から多くの社会にある、男女差別の現実だった。それでも成人男女の性比は、ほぼ1対1だった。

 近代化以前では、男女の産み分けはできなかった。そのため、男の子を求めて生み続けた結果、子沢山になったのだ。しかし、近代の工業技術がそれを変えた。

女性のいない世界
  「超音波」は最近欧米から入ってきたばかりなので、それを表す単語はアルファベットが入る「B超」だと、私には知るよしもなかったが、話はなんとなく理解できた。妊娠中に超音波検査を受け、胎児が女児とわかると中絶する女性がいるというのだ。(中略)  その問題について詳しく調べ、インド、アゼルバイジャン、ベトナム、韓国、そしてアルバニアでも男子が急増していることに気づいた、と。しかし現実には、男女比のアンバランスが続くとは考えてもみなかった。超音波検査は最新の技術だが、それが男女産み分けのようなえげつないことに使われるのは一時的な現象にちがいないというのが当時のおおかたの意見であり、私もそう考えた。P5

 本書はさまざまな角度から、性比のアンバランスを考えており、この書評だけではとても書き切れない。もちろん、男性が多く女性が極端に少ないのは、女性差別だという視点は押さえてある。それ以外に、超音波検査という西洋文明が、途上国に男女の産み分けを可能にしたことが強調されている。そのため、産み分けは都市部のお金持ちから始まって、やがて農村部へ貧乏人へと広がっていったのだという。

 マルクス主義の影響からか、社会の変化は庶民から生まれると思いがちだが、庶民は変化に目を配る時間的・金銭的余裕はない。そのため、庶民は保守的になりがちである。むしろ新しいことに目を向け、変化を好み取り入れようとするのは、都市部の人間であり金持ちたちなのだ。男女の産み分けも、まさにそうだった。

 高等教育を受けた夫婦のほうが教育水準の低い夫婦よりも、女児を中絶する傾向が強いという事実に驚いているのは、クリストフ・ギルモトのような外国人だけではなく、この矛盾はインドの学者にもショックを与えている。男女産み分けの広まりと相関する進歩の指標は教育だけではない。(中略)男女産み分けをするインドの女性には、弁護士、医師、実業家もいる。  
  しかし、もっと詳しく調べてみると、国が豊かになるにつれて性比が急上昇するのは偶然でないことがわかる。ギルモトが今世紀初頭に発見したとおり、男女産み分けは出生率急落の副産物だ。そして少なくともこの60年間は、出生率急落と経済発展には切っても切れないつながりがある。P58

 本書を読むと、性善説は足下から崩れていき、人間の愚かさと身勝手さを感じさせる。個々の夫婦は男の子が欲しいだけだろうが、社会全体を見渡すと、歪な性比になって自分たちを苦しめることになる。まず何よりも村内では男ばかりだから、恋人がいないことになる。未婚の若い男には、特有の行動様式があるという。

 若い男たち、しかも未婚の若い男たちは、きわめて粗暴で犯罪に走りやすいのだ。そのため、どこでも粗暴犯が大きく増えている。そのうえ、貧しい地域では、金持ちの国から若い女性が、嫁として買われていく。当然、地元の若い男性では経済力では敵わないので、結婚相手がいなくなってしまう。貧国へと若い女が減少し、途上国の社会が不安定化する。

 我が国でも、かつてはフィリピンやタイなどから、若い女性を嫁としてきた。韓国や台湾では、ベトナムから女性を買ってきた。年齢の離れた夫婦が多く、現地語を喋ることができない若妻は孤立してしまうことが多かった。それでも韓国では外国人妻を、現地に定着させるプログラムがあったらしい。

 しかし、何と言っても人口調節の嚆矢は、戦後の日本だろう。マルサスの法則が信憑性を持っていた時代、人口の急増は貧困化をまねき、共産化の温床となると信じられていた。戦後の占領軍司令官マッカーサーの上官だったドレーパー将軍は、日本を共産主義打倒の橋頭堡にしようとした。

 産児制限の合法化はまったく別の理由で日本のエリートの心をつかんだ。優生学が上流階級で流行し、精神を病んだり身体に障害を負ったりしている人の妊娠を強制的に阻止することで、日本はもっと良くなると信じる人もいたのだ。欧米人と日本人の利害が一致し、1948年、アメリカ人アドバイザーは中絶と断種を合法化する優生保護法の成立に向けて、この国の舵を切った。この法律により、日本は世界で唯一、さまざまな理由の中絶を認める国となった。  
  実験は、少なくとも表面的な数値データのレベルでは成功した。妊娠中絶手術を受けやすくなり、生殖に適さないと見なされた人々が不妊手術を施されると、日本の出生率は急落した。P170

 次のターゲットは韓国だった。李承晩・朴正煕と大統領がつづく時代、冷戦が本格的になり韓国はアメリカの操り人形で、国が積極的に中絶を推進した。アメリカは巨額の援助をして、中絶政策を推進した。じつは韓国に限らずこれ以降もインドなど、人口抑制は欧米諸国によって主導されていた。しかも、人口抑制は中絶の獲得と絡んでいたため、フェミニズムもむしろ女性の権利獲得として応援してしまった。

 胎児の性別が。超音波検査によって可能になると、あっという間に女の胎児が中絶された。中央アジア、南アジア、そして東アジアへと、男過剰がひろまった。これらの地域では、女子の人身売買、花嫁の国際売買、国際売春組織の跋扈となって表れた。男性過剰は貧しい国の女性に襲いかかったのだ。詳しくは本書を読むほかはないが、朗報も見えている。

 2007年、韓国は20年以上ぶりに正常な出生性比を発表し、世界で唯一、かつてアンバランスだったが産み分け目的の中絶を一掃した国となった。するとすぐに専門家はその成功を分析した。(中略)  世界銀行の依頼を受けていた人口学者のモニカ・ダス・グプタは、率先して韓国の事例を解明した。彼女は2009年に世界銀行の開発研究グループが発表した論文のなかで、韓国の出生性比がバランスを回復したのは、経済成長とジェンダーに配慮した一連の新たな政策とが相俟って、性差別主義の価値観を弱めたからである、という結論を出している。P295

  もともと人口抑制は、西洋のマルサス主義信仰から発したもので、人口を抑制ないと世界が貧乏になるという強迫観念に囚われた。そこで西洋諸国は日本を始め途上国に、人口抑制のための膨大な資金をつぎ込んだ。それが、男女の人口抑制よりも、女子だけの抑制になったが、人口抑制のかけ声にアンバランスは顧みられなかったのだ。

 しかし現在では、都市化と教育の進展により、息子を好む社会構造や価値観が崩れたので、アメリカなどでは女の子が好まれるようになっているという。まさに肉体労働の価値低落である。本書の信憑性はどの程度あるのか分からないが、社会を考えるうえで必読であろう。 (2021.12.20)
 
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参考:
伊藤友宣「家庭という歪んだ宇宙」ちくま文庫、1998
永山翔子「家庭という名の収容所」PHP研究所、2000
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
ミシェル・ペロー編「女性史は可能か」藤原書店、1992
マリリン・ヤーロム「<妻>の歴史」慶應義塾大学出版部、2006
シモーヌ・ド・ボーボワール「第二の性」新潮文庫、1997
亀井俊介「性革命のアメリカ」講談社、1989
イーサン・ウォッターズ「クレージ・ライク・アメリカ」紀伊國屋書店、2013
エイミー・チュア「Tiger-Mother:タイガー・マザー」朝日出版社、2011
清泉 亮「田舎暮らしの教科書」東洋経済新報社、2018
柴田純「日本幼児史」吉川弘文館、2013
黒川伊保子「妻のトリセツ」講談社α新書、2018
先崎学「うつ病九段」文藝春秋、2018  

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