匠雅音の家族についてのブックレビュー   愛ってめんどくさい|ラファエラ・アンダーソン

愛ってめんどくさい お奨度:

著者:ラファエラ・アンダーソン  ソニー・マガジンズ、2002年   ¥700−

著者の略歴−1976年パリ郊外で生まれる。1994年にハードコア・ポルノ女優としてデビュー、 数少ない生粋のフランス人ポルノ女優として一躍スターに。フランス映画史上初めて上映禁止となった映画「ベーゼ モア」(2000)で主人公の女性を熱演、一般にその名を知られるようになった。現在はポルノ映画界を引退している。
 パリに暮らす18歳の女性が、新聞広告を見てAV女優に応募した。
このAVは、カメラのまえで本番、つまり本当にセックスをするハードコア・ポルノである。
多くの人は、男性経験の豊富な女性をイメージするだろう。
しかし、何と筆者は処女だった。
オーディションとしてマスターベーションをして見せ、合格した筆者は初めての性体験を、カメラの前で迎えた。
本書は筆者の体験にもとづく実話である。
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 つぎがあたしの番だ。彼女は処女なんだ、乱暴に扱わないでやってくれ、と誰かがいった。そしてついに本番となり、彼が挿入した。尻のほうから撮られた。ちっとも痛さは感じなくて、本気で気持ちよくなって、イッた。彼女は5日間キープしているんだ、こんなにうまくいくようなら撮影期間中にアナル・セックスもやってみよう、といわれた。自分の演技にすっかり満足していたあたしは、いいわよ、と承諾した。でもあとで本当にアナルに入れられたときには、ぎょっとしちゃったんだけれどね。実をいうと、承諾したときはアナルがなんだかも知らなかったのよ。あとですぐにわかったけれど。P21

 わが国のフェミニストには、ポルノを認めない。
カミール・パーリアのような女性はいない。
わが国のフェミニズムは、ただポルノを批判してやまない。筆者も言うように、たしかにポルノの制作現場は、男尊女卑がまかりとっており、女性に優しい職場ではないようだ。

 しかし、筆者はハードコアの女優であることを嫌ってはいない。
むしろ誇りをもっている。
筆者が嫌悪感を示すのは、ポルノ女優に対する社会の眼だ。
ポルノ女優をさげすむ人たちに対して、筆者は猛烈な反発を示す。
ポルノ女優を蔑視するのは、男性に限らない。
女性も男性に勝るとも劣らずに、ポルノ女優を差別する。

 最近わが国でもインターネットでは、ソープランドに働く女性が、自分の日記を公開したりしている。
いわばセックス・ワーカーのカミング・アウトである。
そしてフランスでは、女性たちが自らの性体験を書いた本が出版され始めた。
娼婦やストリッパーといったセックス・ワーカーが、女性の目から見た性のあり方を、記述し始めた。
本書もその流れに沿うものだろう。

 ビッグ・ボスの撮影現場では、食事のときの雰囲気がいつもアットホームで、スタッフも俳優たちも本当の大家族みたいに全員一緒にテーブルを囲む。あたしはそれが大好きだ。パリに帰る女の子たちもいれば、あらたにやってくる子たちもいた。一般的にフランスの女の子はちょっと抜けているけれど、根っこの部分では人なつこい。その日、あたしは二人の女性と友情の絆を結んだ。P68

 フィスト・ファックや3Pなども演じさせられて、相当にきつい撮影だとわかる。
それでも筆者は、AVの仲間を愛している。
ポルノ映画の内幕を撮った映画「ブギー ナイツ」でもそうだった。
外部から差別されると、内部の結束が堅くなるに違いない。

 ところで、こうした業界で働く女性たちを、わが国のフェミニズムはどう評価するのだろう。
まさか筆者たちは騙されている、とは言わないと思うが。
それとも、男性社会に汚染された救うべき、哀れな存在とでも言うのだろうか。
ちなみに筆者は、自分はフェミニストではないと言う。

 カメラの前でセックスをするといっても、コンドームをつけなければ、HIVや性病がうつる危険性がある。
男性俳優たちは、HIV検査をしていない女優とのセックスを拒否するという。
それは女性からも同様で、筆者もコンドームの使用を要求している。
しかし、必ずしもその要求が通るとは限らない。
感染症の危険とは隣り合わせの仕事である。
筆者はつねにHIVの検査を受けているが、それでも潜伏期間の危険性からはのがれられない。

 フランス版のハードコアを外国に高値で売るためには、避妊具なしで撮影することが必須条件なのだ。とくにアメリカには高く売れる。アメリカではコンドームなしの撮影は法律で禁止されているからだ。同様に、ドイツのプロダクションも、自分の国の<きれいな>女性たちが避妊具なしでの撮影にOKを出さないからという単純明快な理由で、わざわざフランスまで撮影をしにやってくる。そんなプロダクションと仕事をするとき、ドイツ語で書かれた契約書を手渡されるのだけれど、ドイツ語が読めない人には意味ないのよね。そこには避妊具の使用を要求しないこととか、プロダクション側の権利なんかが明記されている。誰もそんなことが書かれているなんて知らないから、さっさとサインしちゃうのね。あたしはドイツ語の単語くらいはわかるから、どこまで許されるのかをはっきりわかったうえでサインした。P124

 筆者は自分の体験を、最初の2年間は天国のように楽しかった、と語る。
そして、人前で裸になることにも、セックス・シーンを撮影されることにも抵抗がなかった、という。
しかし、1990年代の後半から、ポルノをめぐる職場の環境は、急激に悪くなっていく。
冷戦の終了は、ここでも大きな影響を与えている。

 安い東欧の労働力が。西欧に流れこんだ。
AV業界も例外ではない。
チェコやハンガリーの女性たちが、台頭してきたのだ。
しかも、マフィアがバックについている東欧の女性たちが、きわめて安い出演料で危険なセックス・シーンを強要されることまでおきた。
ドラッグと暴力がはびこり、AV業界はすさんでしまったという。
こうした状況を「イースタン プロミス」という映画が、詳細に描いている。

 本書の原題は、「Hard」というのだが、肉体的には挿入されても別にどうってことはない。
問題は心理的なところにある、という筆者は、きわめて真面目な生き方の女性であり、本書からはセックスを大切にしている印象を受ける。
カメラの前で実際にセックスを演じながら、それでも愛を信じている。
ウソをついて生きるのはむずかしい、というスタンスには共感するものがある。
(2002.8.23)
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参考:
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瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
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イヴァン・イリイチ「シャドー・ワーク」岩波書店、1982
イヴァン・イリイチ「ジェンダー」岩波書店、1984
佐藤文明「ウーマンリブがやってきた」インパクト出版会、2010


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