匠雅音の家族についてのブックレビュー   戦後性風俗大系−わが女神たち|広岡敬一

戦後性風俗大系
わが女神たち
お奨度:

著者:広岡敬一(ひろおか けいいち)  小学館文庫 2007(2004)年 ¥638−

著者の略歴−1921年、中国長春市生まれ。42年、勤務先の満州映画協会から派遣されて日本に留学するが、同年、学徒動員令により陸軍航空隊に編入。在北京の特攻要員訓練隊に在籍中、写真部員を命ぜられる。そのまま終戦。47年に帰国。立川市の洋娼との出会いから始まり、吉原の娼妓、女給、ストリッパー、トルコ嬢などと交友、風俗の世界を取材する仕事を始める。50年以上にわたって体験的レポートを世に送り続けるが、2004年、82歳で死去。「トルコロジー」をはじめ、著書多数。
 男と女がなすことは同じであっても、貧しい時代の性風俗と、豊かな時代の性風俗は、まるで違うものになる。
貧しい時代、それは人身売買による売春に代表された。
しかも、肉体志向できわめて直接的であり、具体的かつ即物的な性欲に基づいたものだった。
豊かな時代になると、性欲が肉体から離れて、観念的な欲望となる。
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戦後性風俗大系

 本書は、戦後から昭和が終わるまでの、性風俗を筆者の体験をもとに記述したものである。
筆者が性風俗の世界に生きながら、カメラマンでもあったことから、貴重な写真がふんだんに使われており、戦後の現実を知る資料的な価値も大きい。
 
 今なら、性風俗といっても、さまざまな職業がある。
たとえば、イメクラやSMといった、性器を接触させない性風俗もあるが、貧しい時代には性風俗といえば、ただ性器を結合させる売春に尽きた。
しかも、短時間の即物的なやりとりが主だった。

 我が国の戦後の性風俗は、政府による売春政策から始まった。
ドイツなどの敗戦国とは異なり、国が上げて売春業を始めたのが、我が国である。

 昭和20年8月19日。敗戦から4日後。東久邁内閣が誕生してから2日目。副総裁の近衛文麿公が坂信弥警視総監に対し、「君が先頭に立って、日本の娘の純潔を守ってくれ」と懇願している。しかし、現実の対応はそれよりも早く、警視庁が花柳界の業者代表と進駐軍慰安設備(=RAA)の打ち合わせを終えたのは、その前日だった。同日、内務省もまた、同じ趣旨の案件(「外国駐屯軍慰安設備に関する整備要項」)を各地方に行政通達している。
「警察署長は右の営業に積極的な指導を行ない、設備の急速充実をはかるものとする」。さらに「営業に必要な婦女子は芸妓、女給、酌婦、常習淫売犯等を優先的に充足するものとする」P18


 ここには人権意識などまるでなく、特攻で人命を無にしたのと同じ思想が流れている。
日本人は天皇とそれに連なる人間だけが人間であって、それ以外は人間ではないと考えているようだ。
皇室報道などを見ていると、それは現在も変わっていないように感じる。

 政府が肝いりで売春施設を作ったにもかかわらず、RAAはたった半年で閉鎖される。
政府が公認した売春婦たちは、たちまち失業であった。
しかし、戦後の貧しい時代、女性も生きていかなければならない。
RAAで売春婦になった4千人を越える女性は、占領軍相手の売春を業とするようになっていく。
と同時に、翌年にはGHQの命令により、我が国の公娼制度は消滅した。

 貧しい時代の売春街は、ウチ・ソトの区別が厳しい。
差別が激しい世界は、どこでもそうだが、業界内外の敷居が高い。
エリートとして逆差別する世界もまったく同じで、高級官僚たちも身内意識が強い。
その世界に特有の隠語などを使って、身内意識がつよく外部の人間をなかなか入れない。
筆者は売春街に生きたわけではないが、写真屋として出入りしていくうちに、内部の人間扱いされていった。

 花魁といわれた時代、ウチ・ソトの区別は特にきつかった。
そして、花魁たちも、特有の信条に生きていた、という。
  
 女たちの世界には厳しい掟があった。
 まず、客に余分な愛撫は許さないし、自分もそれを行なわない。乳房へのタッチは許すが、乳首を除外。局部はヘアだけにとどめ、相互に口唇を用いるのは絶対に拒否。そして気をやる(達する)のは演技だけにとどめ、演技を超えてはならない。もし、本気になつたことをほかの花魁に悟られると、「色情狂」と蔑まれて仲間外れとなる。P50


 筆者は、女性たちの精一杯の抵抗といっているが、ボクもそうだろうと思う。
したくはない売春を、親などに身売りされて強制されている。
矜持を持たなければ、生きていけなかっただろう。
哀しいまでのプライドである。

 「吉原花 魁日記」でも同じだが、人身売買とは恐ろしい制度である。
人身売買と売春とは、切り離して考えるべきだろう。
成人の自由な意志による売春は許されるべきである。
しかし、人身売買による売春は、絶対に許してはならない。

 本書は、街娼からはじまって、吉原やジプシー・ローズ、トルコ風呂などなど、たくさんの風俗を記している。
おのおのは本書を読んでもらうとして、岩永文夫「フー ゾク進化論」も書いているように、トルコ風呂の時代になると従事する女性の意識が変わった。

 戦後の売春婦は、見るからに素人っぽい。
戦争未亡人など、生きるために必死だった。
身体を売る以外に、生きる術がなかった。
彼女たちは自由を失って、客を仇と考え、怨嗟の念が強かったという。
それが、性病罹患者数では素人のほうが多くなったように、昭和40年頃には、大きな変化が起きはじめた。

 トルコ全盛を迎えて、私を驚かせたのは、トルコ嬢たちの目的と意識である。彼女たちの売春は、自由の獲得と経済的な保証のための手段だった。大きな時代の変化を感じる。
 昭和40年代に入り、トルコは<ホンバン>が定着していく。(中略)
 この時代の風俗を支えたのは、テクニック開発のために自己鍛練を重ねた、いわば熟練したプロの女たちだった。かつての女と違い、体を売ることに屈辱感を持つこともなく、虐げられているという意識を抱くこともない。<稼ぐ>という目的をしっかり持っていた。P382


 アルバイトの売春婦の登場により、売春は完全に市民の中に入り込んでいった。
今やウチ・ソトの敷居は、グッと低くなった。
それと同時に、性風俗も観念に支配されるようになり、必ずしも肉体の接触や性器の結合を必要とはしなくなった。
情報社会がすすむと、性も頭脳の支配下へと移動しはじめ、性風俗も頭脳プレイへと変化している。
  (2010.4.5) 

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参考:
信田さよ子「脱常識の家族づくり」 中公新書、2001
杉本鉞子「武士の娘」 ちくま文庫、1994
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめん どくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」 メディアワークス、2001
岡田秀子「反結婚論」 亜紀書房、1972
岸田秀「性的唯幻論序説」 文春文庫、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エ ロティシズム」中央公論 1991
ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文 庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」 飛鳥新社、1992
梅田功「悪戦苦闘ED日記」 宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河 出文庫、1999
謝国権「性生活の知恵」 池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュア ル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」 光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」 明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」 光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書 林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房 新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一 書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、 1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメ リカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青 弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーの カーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世 社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談 社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」 筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」 ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラー ズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文 庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女の セックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文 庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、 2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベ ストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出 版、1985
謝国権「性生活の知恵」 池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓 社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一 書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、 1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちく ま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」 紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、 2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮 文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品 社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋 社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、 2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」 幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」 光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」 文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」 明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、 2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、 2002
田中優子「張形−江戸をんなの性」 河出書房新社、1999
パット・カリフィア他「ポ ルノと検閲」青弓社、2002
匠雅音「核家族か ら単家族へ」丸善、1997

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