匠雅音の家族についてのブックレビュー      「しあわせ家族」という嘘|村本邦子

「しあわせ家族」という嘘 お奨度:

著者:村本邦子(むらもと くにこ)   創元社、1997年 ¥1500−

著者の略歴− 1961年生まれ。京都大学大学院教育学研究科修士課程修了。臨床心理士。1990年女性ライフサイクル(FLC)研究所設立。女性の視点で女性のサポートをと,5人のスタッフでカウンセリング,グループワーク,講座,電話相談,通信物の発行など行う。テーマは,妊娠・出産,子育ての支援にはじまり,女性の体と性の問題,子どもの虐待とくに子ども時代の性虐待,夫婦の問題など。著書に「たのしく,出産」(新水社),「いまなぜ結婚なのか」(共著,鳥影社),「子ども虐待(いじめ)の防止力を育てる」(法政出版),訳書に「女はみんな女神」(共訳,新水社),「ユングとポスト・ユンギアン」「赤ちやんを愛せない」「母は娘がわからない」「娘が母を拒むとき」(共訳,創元社)など。
問合せ先:〒530大阪市北区天神橋5-5-12-402 女性ライフサイクル研究所/TEL(06)354−8014

 女性を対象にして、父親との関係を論じたものである。
しかし、<あとがき>で筆者もいっているように、カウンセリングに来るのは母と娘の問題が圧倒的で、父との関係はきわめて少ないという。
筆者はかつて「母は娘がわからない」「娘が母を拒むとき」という2冊を翻訳をしたので、編集者から父−娘を書くようにすすめられたそうだ。
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 信田さよ子の「母が重くてたまらない」にしても、また筆者が認めているように、母娘関係はおおいに問題がある。
母と娘は、支配抑圧の関係で、大きな葛藤がある。
にもかかわらず、編集者のすすめで本書を書いてしまった。
筆者の問題意識が低いので、本書は何をいいたいのだかよく判らない。

 家族は外から見えるようでいて、見えないのだ。
それでいながら、両親が揃っていれば、そこには幸せな家庭がある、とイメージされている。
親は必ず子供を大切にし、子供を愛するものだと、世の人たちは信じて疑わない。
暴力をふるう親は、ごく稀で例外的な存在だと見なしている。
しかし、そうばかりとはいえない。
そうではなく、ごく普通に見える両親が、子供にとっては抑圧的な存在なのである。

 両親が揃っているがゆえに、親が立派な社会人であるがゆえに、問題の所在は子供にあると見られる。
しかし、親がいて、子供が出来たのだ。
子供がいて、親が出来たわけではない。
とすれば、子供に問題があるということはない。
にもかかわらず、家庭の平和を破壊する問題児と見られる。
世間の目は子供に突き刺さる。

 セラピーを始めて十数年経つが、「幸せな家庭」というカタチのなかに、どんなにたくさんの暴力と子どもの傷つきがあるか、嫌というほど見てきた。子どもたちは、繰り返し繰り返し傷ついてきたはずなのに、「自分がわがままだから」「自分の性格が悪いから」「両親は愛情を注いでくれたのに、それに応えられない」と、さらに自分を責める。それもこれも、彼らが「幸せな家庭」というカタチのなかに閉じ込められてきたからだ。カタチに欠けるところがあれば、世間の偏見と自己卑下という重荷を背負わねばならない代わり、子どもたちは自分の痛みを訴えやすい。カタチに入っている子どもたちは、自分は幸せなはずだと思い込まされている。幸せの基準を、それしか教わっていないから。子どもたちが問題を起こせば、親世代は共通して「何不自由なく育ててきたのになぜ?」と問う。子どもたちは、「ちがう!ちがう!」と悲痛な叫びをあげながらも、何が違うのか説明できないまま、やっぱり自らを責めるのだ。P12

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 両親が揃った<幸せな家庭>というカタチがあると、両親に問題は一切ないことになる。
親子の衝突は、すべて子供の責任となる。
片親といったカタチに欠ければ、また、暴力的な親であれば、子供は自己正当化できる。
しかし、カタチが整っていれば、自分は幸せなはずだと、信じざるを得ない。
そのなかの子供は、自分を責めて呻吟するのだ。

 ボクもそうだった。
とある町の名誉町民になるくらいの立派な父親で、もちろん母親もいた。
長者番付にもでるくらいお金も稼ぎ、子供たちには何不自由させていない。
しかし、家庭の中には、冷たい風が吹き渡り、一時として心休まるときはなかった。
父親が口を開くのは、命令するときと叱るときだけ。
だから、父親と一緒にならざるを得ない食事の時間が苦痛だった。

 立派な親たちが、間違っているとは思えなかった。
ただボクには耐えられなかったから、小学校の時から、自分が家をでる道を捜していた。
誰に食わせてもらっているのだと言われないために、はやく大人になって自活したかった。
<幸せな家庭>というカタチが、子供の行き場を奪っている。

 本書は娘から見た父親である。

 父の社会的地位が高いから、権力を持っているから父を尊敬するという声は、いまだかつて聞いたことがない。むしろ、「社会的には評価できるが、父としては尊敬できない」といった表現が多い。「三高」などの言葉があるが、夫やパートナーには社会的地位や経済力を求めたとしても、父にはむしろ、人としてのものを求めるのだろうか。P117

 子供にとって、家庭は全世界なのだ。
小さなときには、自分の家が貧乏なのか、金持ちなのかわからない。
地位が高いことより、お金があることより、夫婦の仲の良いことが何よりも大切なのだ。
家に帰れば、自分の居所があって、両親から大切にされていると感じる。
親にとって子供がかけがいのない存在だ、と子供が感じるような雰囲気が必要なのだ。
そんな家庭が良いのだ。

 親は子供を育てる義務と責任があるが、子供には親を育てる義務も責任もない。
親子は相互的だとはいえ、親の人生の責任を子供はとりようがない。
親が子供を育てたのであり、子供にも責任があるということはない。
本書は父娘をとりあげて、納得する部分も多いが、やや隔靴掻痒という感じである。
  (2010.5.20) 
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参考:
伊藤友宣「家庭という歪んだ宇宙」ちくま文庫、1998
H・J・アイゼンク「精神分析に別 れを告げよう:フロイト帝国の衰退と没落」批評社、1988
J・S・ミル「女性の解放」 岩波文庫、1957
フィリップ・アリエス「子 供の誕生」みすず書房、1980
匠雅音「家考」 学文社
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と 資本主義の精神」岩波文庫、1989
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可 能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的 基礎」桜井書店、2000
湯沢雍彦「明治の結婚 明 治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時 事通信社、1998
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、 1972
大河原宏二「家族のように暮らした い」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜 社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家 族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形 成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起 きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前 夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」 中公新書、2001
黒沢隆「個室群住居: 崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
エドワード・ショーター「近代家族の形 成」昭和堂、1987
ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」 新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実の ゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談 社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」 学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資 本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学 館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮 文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、 2004
伊藤淑子「家族の幻影」大 正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリ ストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」 筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は 家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結 婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」 講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」 講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」 文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日 文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河 出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」 ちくま学芸文庫、2004
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」 すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」 講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さ の常識」中公文庫、1998
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文 庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、 2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャン ダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」 新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家 庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半 と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」 ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」 光文社文庫、2001
中村久瑠美「離 婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」 現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、 1993
森永卓郎「<非婚> のすすめ」講談社現代新 書、1997
林秀彦「非婚の すすめ」日本実業出版、 1997
伊田広行「シングル単 位の社会論」世界思想社、 1998
斎藤学「「夫 婦」という幻想」祥伝社新書、2009
マイケル・アンダーソン「家族の構造・ 機能・感情」海鳴社、1988
宮迫千鶴「サボテン家族論」河出書房新社、 1989
牟田和恵「戦 略としての家族」新曜 社、1996
匠雅音「核家族か ら単家族へ」丸善、1997

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