著者の略歴− 1981年 東京都に生まれる。2003年 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。2005年 お茶の水女子大学大学院人間文化研究科発達社会科学専攻開発・ジェンダー論コース修了 ピルにたいして、賛否両論があるのは当然である。 しかし、いやしくも女性解放を謳う思想なら、ピルは歓迎こそされ、 否定されるはずのものではない。 にもかかわらず、我が国の自称フェミニストたちは、 ピルに対して否定的な態度をとり続けてきた。 世界中で、我が国のフェミニストだけが、ピルを否定した。
女性にピルを与えると、妊娠の恐怖から解放され、性的欲求の赴くまま自分勝手にセックスを始めるかもしれない。 すると、男性の支配が届かなくなるから、男性がピルに反対するのは理解できる。 男性や保守派の女性たちが、ピルに反対するなら筋が通っている。 しかし、女性の自由獲得のために戦っているはずのフェミニストが、ピルの普及に反対するとは、一体どういう了見なのだろうか。 当然に生じる疑問である。 25歳の若い女性が着眼鋭く、良い研究主題を見つけたと思う。 我が国のピルをめぐる騒動など捨象して、我が国のフェミニストたちが、なぜピルに反対なのか、それだけを徹底して解明して欲しかった。 そう言った意味では、本書の大半(第1章から第4章まで)は、すでに論じられてきた話であり、新たな研究とは呼べないだろう。 いままで日本の女性運動は、子供を産む存在としての役割を、女性が快適に行えることを、最大の達成目標としてきた。 だから、妊娠しないことを目的とするピルは、我が国のフェミニズムとは相容れない。 巻末で、筆者が感謝を述べている女性たちは、ピル否定派だろうから、 そのなかで本書を書き上げるためには、本書の形にならざるを得なかったのだろう、と想像する。 1960年代には大々的にピルのネガティブ・キャンペーンを展開していた家族計画関係者から「日本のフェミニストは中絶を繰り返すよりも、ピルを服用する方が女性の健康にとって危険だと妄信しているようだ」とピル規制の責任の一端が求められるようになるとは皮肉なことのようにも思われる。 しかし、実際、日本のフェミニストはピルに対して消極的であった。それは、戦後日本の生殖をテーマとする国内外の研究者の間でもある程度共通認識になっているといってよい。ピルに対する抵抗感は、特に1970年代のウーマン・リブの言説にはっきりとあらわれており、それ以降も、ピル解禁を声高に主張するフェミニストは少数であった。P159
だから、我が国の大学フェミニストのなかで、上記の問題意識をもてたことだけでも、 希有のことであり優れた研究者の素質があるというべきかも知れない。 我が国の大学フェミニズムは、終生の1夫1婦制を理想とし、結婚した男女間でのみ性交は行われるべきだ、と考えているのだろう。 だから、避妊に失敗し妊娠したら生めばいい、と考えているに違いない。 そうでなければ、コンドームなどという、不確実な避妊方法に頼ることはできなはずである。 大学フェミニストは、妊娠が嫌ならセックスするべきではない、と考えているのかも知れない。 結婚していない女性が、男性を使って性的な快感を享受することは悪いことだ、 と我が国の大学フェミニズムは、無意識のうちに前提としているように見える。 女性の存在価値は、子供を生むことでだと考えているので、ひょっとすると、彼女たちは性的な快楽そのものも、否定しているかも知れない。 (中ピ連は)「完全な避妊法も知らされず、女が無理やり生まされたり、堕ろされたり、子を殺されたりすることが社会の悪であって、それこそ問題なのであって、中絶をした女を、子殺しをした女を責めることは出来ない」と主張し、胎児の生まれる権利と対峠して、女性の決定権を問い直すことはしなかった。 この視点は、中絶の権利は絶対的に女性が確保すべきと考える点や、障害児の権利と女性の中絶の権利を無関係とする点で、アメリカの中絶自由化運動と類似している。1973年5月に来日したWONNACのエヴリン・リードは、「未婚であろうと既婚であろうと、相手の男が誰であろうと、そんなことは全く干渉されるべきことではありません。いかなる理由にせよ望む時に女は中絶できる権利があるといっているのです」(中略)と講演している。P187 当サイトは、エヴリン・リードとまったく同じ立場であり、ピルに関しては、中ピ連の主張に賛同する。 筆者は、我が国の女性運動の主流を、中ピ連以外の女性たちに求めているようなので、中ピ連に対しては評価が辛い。 それにたいして、母性擁護派の女性たちには、たいそう親切に筆を進めているように読める。 筆者は、我が国での婚外子出産が少ないといい、海外では婚外子出産が多いというが、 海外だって昔から婚外子出産が多かったわけではない。 「緋文字」をもちだすまでもなく、婚外子出産はきびしく差別された。 西洋の女性たちは、婚外での出産を戦いとってきたのだ。 反対に明治時代には、我が国では婚外子が多かった。 我が国の女性たちは、婚外子を生まなくなってしまったのだ。 筆者の眼は歴史に届いていない。 反動的な大学フェミニストが多いなかで、本書を上梓したことだけでも評価するが、 最も論争的であるべき第5章において、筆者は歴史を直視していない。 筆者も自分の存在価値は、子供を産めることであり、母性であると考えているのであろうか。 「クレーマー、クレーマー」を見れば分かるように、西洋の女性たちが、断腸の思いで子育てを手放したことは、まったく理解できていない。 人間は肉体で生きてはいるが、歴史を切り開いてきたのは、頭脳の働きである。 それは女性も例外ではないだろう。 頭脳は肉体の上にある以上、頭脳の働きに重きをおくことは、不自然なものだ。 しかし、肉体を自然と見なし自然を尊重するのは、頭脳でもって思考することを放棄している、と言わざるを得ない。 世界中で我が国のフェミニストだけが、ピルを拒否した背景を探求することは、 日本的特性の解明になるし、ひいては日本人論にもなりうる。 ここを突破口として、ぜひ日本人社会の特性を解明して欲しい。 (2006.10.18)
参考: 岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999 フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991 ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001 オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992 石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002 梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001 山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999 謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960 清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002 プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983 田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999 佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995 アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989 カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995 シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001 シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000 アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991 曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003 アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002 バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991 編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005 エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992 正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004 ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006 ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006 菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000 ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997 ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001 ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006 松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003 ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985 謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960 山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999 ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001 赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996 佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996 ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969 田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004 ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000 酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005 大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006 アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006 石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008 石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995 佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994 岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009 ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003 メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009 白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002 田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999 パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002
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