匠雅音の家族についてのブックレビュー   武家の女性|山川菊栄

武家の女性 お奨度:

著者:山川 菊栄(やまかわ きくえ) 岩波文庫 1983年 ¥410−

著者の略歴− 明治23 年(1890 年)11月3日〜 昭和55 年(1980 年)11月2日)は、日本の評論家・婦人問題研究家である。旧姓は青山。東京生れ。山川均の妻。日本の婦人運動に初めて科学を持ち込んだ。多くの評論集は、日本における女性解放運動の思想的原点と評される。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 幕末水戸藩の下級武士の家に、生まれ育った母からの聞き書きをもとにした本書は、武士の娘がどんな育ち方をしたか明確にしてくれる。
まず、何といっても長男への執着である。
長男の教育は、けっして母親に任せず、父親がおこなう。
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武家の女性

 長男は<家>の跡取りだから、当主自らが徹底的に教育に当たる。
武士は原則として家禄で生活をしている。
家禄とは、先祖が立てた論功によって決まるもので、今生きている武士とは関係ない。
しかも、家禄は家につくものだから、武士が1人だけ出仕することになる。

 家を父親が代表すれば、子供たちは無収入である。
子供がどんなに大きくなっても、父親が現役でいる限り、子供は部屋住みといって無収入である。
30歳になっても、40歳になっても、父親が現役であれば、子供は無収入である。
父親が隠居して、長男が家禄を継いでも、次男三男は部屋住みのままだから無収入である。

 100石以上の武士は、内職が禁止されている。
つまり、家に武士が何人いようと、収入は家禄として決まったものだけだ。
そして、ちょっとドジをすれば、お家取りつぶしになってしまう。
つまり、武士の家とは、収入を確保する組織だった。
とすれば、長男が大事にされるのも理解できる。
  
 この時代には家族は生産の単位でもなければ軍事の単位でもなく、主人の収入に依存する消費生活の単位に留まる点で、現代の家族と共通のものになってきております。一口に武家時代とはいっても、鎌倉時代から戦国時代にかけての武士は、土着の地主で、農業と農民を基礎にして軍事的活動に従事したもので、つまり兵農を兼ねていたのですが、武士が土と絶縁して城下町に住み、一定の俸禄によって生活する江戸時代になると、現代の俸給生活者と類似のものになってきました。殊に上層武士のように知行所をもつ場合と違い、藩の倉庫から俸給としての米を支給される扶持取り(大多数の武士はそれでした)になると、いっそう現代の官公吏に近いものでした。経済的にもそうでしたが、家族構成の上から見ても、上層こそ側室や腹違いの兄弟姉妹などもあり、使用人の種類や数も多く、複雑でもあったでしょうが、夫婦に子供きりの下級武士の単純な小さな家庭には、今日の都会の俸給生活者の家庭と大差のないものが多かったようです。P28

といいながら、サラリーマンと違い本人の能力によって、禄高が決まっていたのではない。
先祖の働きによって決まっていたのだ。
本人が頑張ろうにも、一家にとって働き口は一つしかない。
そこで長男は学問を修めて、就職に有利になるように努めた。
しかし、女性はまったく扱いが違った。

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 14〜5歳が結婚適齢期とされていたので、それまでに裁縫などを仕込まれて、他家へと嫁がせられた。
そして、身分制ががっちりとしていたから、下級武士の娘はそれらしい格好をしていた。
女中や芸者などは、足袋をはくことが許されていなかった。

 風呂は1週間に1度くらいで、毎日やるのは行水だった。
そして、髪は半年に一度くらいしか洗わなかったという。
そんな環境だったが、水くみ、炊事、機織りと、一日中働き通しだった。
14〜5歳で嫁いできても、その家のしきたりは判らない。
姑がきっちりと仕込むのだそうである。

 子供ができれば良いが、子供が出来ないと妾をおくことになった。

 妾は最初から奉公人として来るので、これは妻として迎えられながら町家の出であるために正妻として藩に届出ることのできぬ「お部屋」すなわち内縁の妻とは区別され、もっと地位の低いものでした。そして正妻のない場合でも、妾が正妻に直ることは許されません。妾の制度が公認されている一方、その身分には一定のきまりがあり、決して妻の地位を侵すことはできないものとなっていました。
 武士は別に妾宅を構えることは許されず、また芸娼妓を妾とすることも許されず、身分は低くとも血儀の正しい、良家の娘を、少なくとも形式だけでも妻の同意の上で同居させることになっていました。P137


といったからと言って、女性たちが悲嘆にくれていたわけではない。
いつの時代も、その時代に当たり前とされることには、違和感なく適応するものだ。
今の価値感から、かつての生活を判断することは、ほとんど無意味である。

 下級武士の娘たちは、内職が許されていたので、さまざまに稼ぐことに精をだしたという。
その結果、生きる力を身につけ、明治になって花開いたのだ。

 日本の教育界に大きな貢献をした明治初期の女教員のほとんど全部が、田舎の貧乏士族の娘たちだったこと、また最初の紡績女工の仕事を進んで引き受けた義勇労働者もそれらの娘たちであったことは、よくその事実を証明しております。これは、没落した旗本の娘の中に、芸娼妓や妾奉公に出た者が多かったことと、面白い対照をしていると思います。水戸藩士の娘で、そういう境界に落ちた者は、知られているかぎりでは、ただ一人しかなかったということですが、おそらくこれは諸藩を通じて共通の現象であろうと思います。P184

 初期の紡績女工が、義勇労働者だったことは、「女工哀史」でもふれられている。
本書は、「武士の娘」と同様に、幕末の武家の娘たちが、どんな人生を送ったか、日常のできごとを細かく書いている。
日本奥地紀行」などとはまた別の視点から、当時の我が国の実情をよく伝えてくれる。
  (2010.4.19) 
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参考:
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上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」 講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」 講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」 文藝春秋、2006
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
原田純「ねじれた家 帰 りたくない家」講談社、2003
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
棚沢直子&草野いづみ「フ ランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
下田治美「ぼ くんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半 と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は 何をもたらしたか」ちくま新書、2004
佐藤文明「戸籍がつく る差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」 文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」 講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本 実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」 世界思想社、1998
黒沢隆「個室 群住居」住まいの図書館出版局、1997
福岡賢正「隠され た風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」 みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みす ず書房、1970
瀬川清子「食生活の歴史」 講談社、2001
李家正文「住まいと厠」 鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中 世都市と暴力」白水社、1999
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」 光文社新書、2009
松井修三「「いい家」が欲しい」 三省堂書店(創英社)
匠雅音「家考」 学文社
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アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴 力」而立書房、1999
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
桜井哲夫「近代の意味: 制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可 能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的 基礎」桜井書店、2000
桜井哲夫「近代の意味: 制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」 筑摩学芸文庫、1998
オルテガ「大衆の反逆」白水社、1975
E・フロム「自由からの逃 走」創元新社、1951
橋本治「革命的半ズボン主義宣言」冬樹社、1984
梅棹忠夫「近代世界における日本文明」中央公論新社、2000
フランク・ウェブスター「「情報社会」を読む」 青土社、2001
ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」 紀伊国屋書店、1979
成松佐恵子「庄屋日記に見 る江戸の世相と暮らし」ミネルヴァ書房、2000
デビッド・ノッター「純潔の近代」慶應義塾大学出版会、2007
北見昌朗「製造業崩壊」東洋経済新報社、2006
小俣和一郎「精神病院の起源」太田出版、2000
松本昭夫「精神病棟の20年」新潮文庫、2001
ハンス・アイゼンク 「精神分析に別 れを告げよう」批評社、1988
吉田おさみ「「精神 障害者」の解放と連帯」新泉社、1983
古舘真「男女 平等への道」明窓出版、2000
三戸祐子「定刻発車」新潮文 庫、2005
フリードリッヒ・ニーチェ「悦ばしき知識」筑摩学芸文庫、1993
リチヤード・ホガート「読み書き能力の効用」 晶文社、1974
ガルブレイス「ゆたかな社会」岩波書店、1990
ヴェルナー・ゾンバルト「恋愛と贅沢と資本主義」講談社学術文庫、2000
オリーブ・シュライナー「アフリカ農場物語」岩波文庫、2006
エマニュエル・トッド「新 ヨーロッパ大全」藤原書店、1992
山川菊栄「武家の女性」 岩波文庫、1983

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