匠雅音の家族についてのブックレビュー      性豪 安田老人回想録|都築響一

性豪 安田老人回想録 お奨度:

聞き手 都築響一(つづき きょういち)    アスペクト、2006年 ¥2、400−

編著者の略歴− 編集者。1956年東京都出身。上智大学卒。学生時代から雑誌「ポパイ」「ブルータス」などで現代美術、建築、デザイン、都市生活などの記事を主に担当。89年から92年にかけ、全102巻の現代美術全集「アート・ランダム」 (京都書院)を刊行。芝浦GOLD、恵比寿MILKなどの店舗の空間コンセプト、デザインを手がけるかたわら、美術・デザイン分野で編集・執筆活動を続ける。93年、東京の庶民の100の部屋を写真集にまとめ、インテリア本「TOKYO STYLE」(京都書院)として出版。96年12月には、『週刊SPA!』誌上に連載された「珍日本紀行」を単行本化し「ROADSIDE JAPAN珍日本紀行」をアスペクトより刊行。同書で第23回木村伊兵衛賞受賞。
 他の著作に、「ストリート・デザイン・ファイル全20巻」、「精子宮 鳥羽国際秘宝館・SF未来飴のすべて」、「バブルの肖像」、大竹伸朗との共著「ローカル」(以上アスペタト)、「賃貸宇宙」、「珍世界紀行 ヨーロッパ編」(以上筑摩書房)、村上春樹、吉本由美との共著「東京するめクラブ地球のはぐれ方」(文芸春秋)、「夜蕗死苦現代詩」(新潮社)など多数。

 家族を考える本サイトが、本書を取り上げるのは躊躇した。
最近、核家族を批判しながら、一夫一婦的な男女関係を考察できないもどかしさを感じていた。
核家族はあくまで家族制度であり、具体的な実体は男女関係である。
しかし、核家族と一対の男女関係は、じつに馴染みがいい。
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 男女の性的関係は、1対1の関係である。
1対2とか1対3といったところで、結局のところセックスは1対の男女におさまっていく。
生殖行為としてのセックスに、直接に関われるのは、1人の男と1人の女性でしかない。
そのため、あたかも家族はセックスの場であるかのように見られる。

 男女関係と家族制度が、そのまま同じ位相で語られやすい。
1対1でしかセックスができないことが、核家族を正当化する根拠だというわけだ。

 本サイトは、核家族という家族制度の時代限界性はずいぶん言ってきた。
しかし、家族制度を支える具体的な男女関係には、あまり論及できなかった。
というのも、セックスと愛情は不可避的な関係ではないといいつつも、愛情をともなったセックスを<より良し>としていたからだ。
セックスに必要なのは体力だといいつつ、愛情の幻想から逃れられない。

 本書の主人公、安田義章さんは現役のAV男優である。
副題に安田老人と書いてあるように、彼は88歳である。
その彼に、都築響一がインタビューしている。
本書のインタビュー時には、膝を痛めて一時休業中だったが、80歳代になってもAVに出演していた。
この年齢で、女優さんとベッドシーンをくり広げるのは、並大抵のことではない。
年齢と共に勃起力は衰えるだろうに、カメラの前で勃起させる力はどこにあるのだろうか。

 安田老人は、AVに出演するだけではなく、自分の私的なセックスをもビデオに撮っている。
いずれにせよ80歳を越えて、何人もの女性とベッドを共にしているのだ。
 
都築−自作自演のビデオ・コレクションを見せていただきましたが、ふつうに見るAVとはぜんぜんちがいますよね。
安田−あれは彼女も夫もふたりとも学校の教師なんですが、夫がなんか具合が悪くなったらしくて、ずっと家にいる。だから向こうのからだがあいて、出て来れるときに会うかたちで、週にいっペんぐらいですかね。10年以上は続いてます。この人は大胆で、こっちが病気で入院してるときに見舞いに来たから、「やってみるか?」って冗談で言ったら、ほんとにベッドに上がって来ましたからね。隣はカーテンだけの大部屋だから、できるわけはないんだけど。それだけの根性があった。
都築−ビデオでもラブホテルのベッドの上に、安田さんと女の人が抱き合って寝でるんだけど、ほとんどピストン運動がないというか、動かない(笑)。 最初はポーズ(静止)ボタンを押しちゃったかと思いましたが、ああいう境地には確かに若い者では到達できませんねえ。
安田−あれがいいんですよ。とにかくずーっと触って、抱いてあげる。わたしはオモチャも使わないしね。 若い人のセックスっていうのは、こういうのんびりしたのはないでしょう。入れながら雑談してるなんて、バカみたいですけどね。 終わってから疲れちゃって、男性上位だったんですが、「そのままでいいから寝ちゃえば」って言われて、そのまま25分間寝ちゃったこともあったね。
都築−まさに肉布団ですね。
安田−入れっぱなしよ。そのあいだ、こっちが落ちないように下から支えでてくれてね。でもわたし、自慢じゃないけど5、6年前までは射精もあったし、 2時間ホテルに行って、最低2回はちゃんとイカせますから。P181

本書の筆者は、1918年生まれである。
山村不二夫は1922年生まれだから、「性技−実践講座」を書いた当時、すでに62歳である。
この頃生まれた男性は、性別役割分担の信奉者で、男尊女卑であって不思議ではない。
にもかかわらずセックスにかんして、何か独特の哲学をもっている人がいる。

 安田老人は、<日本生活心理学会>を主宰した高橋鐵の手伝いをしていた。
そして、高橋の死後、53歳を過ぎてから、彼自身の性の探求が始まる。
彼は最初の奥さんを結核で亡くし、2人目の奥さんとは離婚し、現在の3人目の奥さんと暮らしている。
最初の奥さんとのあいだに2人の子供がいるが、他にも2人の子供がいるという。

 1人は愛人の女性とのあいだに生まれた。
女性が他の男性と結婚したので、子供は女性に付いていった。
愛人と結婚した相手の男性も、いきさつをすべて承知の上である。
もう1人が驚く話である。
安田老人が73歳のときに、相手の女性は44歳だった。
すべて承知で妊娠させ、その子供は相手夫婦のもとで、相手夫婦の実子として育っているという。
真実を知っているのは、安田老人と相手の女性だけ。
それでも円満に過ごしている。

 80過ぎの男性と、ベッドを共にしようという女性がいるのだから、おそらく安田さんは魅力的な男性なのだろう。
しかも、彼は一度きりではなく、何度も継続的に会っている。
ということは相手も、満足しているのだろう。
じつに淡々として、男女関係を語っている。
こうした事実を見せつけられると、一夫一婦的な結婚制度と、セックスとの関係を再考したくなる。

 本書が上梓されたときには、リハビリに励んでいたが、満90歳で2008年10月18日に永眠されたという。
  (2010.7.25) 

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参考:
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、 1972
S・メルシオール=ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実の ゆくえ」原書房、2001
フラン・P・ホスケン「女子割礼:因習に呪縛される女性の性と人権」明石書店、1993
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国  T・U 古代ギリシャの性の政治学」岩波書店、1989
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991
ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」 飛鳥新社、1992
謝国権「性生活の 知恵」池田書店、1960
生出泰一「みちのく よばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」 現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」 河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系 譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「イ ンターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメ リカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーの カーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原 書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世 社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」 筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないは ワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」 KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」 河出文庫、1992
正保ひろみ「男 の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスム スのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガス ムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」 光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」 原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、 2001
ジュリー・ピークマン「庶民た ちのセックス」 KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
山村不二夫「性技−実践講座」河 出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」 文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性か らの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系 譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化 の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・ イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」 幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」 新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品 社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋 社、1984 
石川武志「ヒジュラ」青弓社、 1995
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平 凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」 草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」 作品社、2009
イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノロー グ」白水社、2002
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
能町みね子「オカマだけどOLやってます」 文春文庫、2009
島田佳奈「人のオトコを奪る方法」大和文庫、2007
工藤美代子「快楽(けらく)」 中公文庫、2006
ジャン=ルイ・フランドラン「性と歴史」新評論、1987
和田秀樹「困った老人と上手につきあう方法」宝島新書、2009
都築響一(聞き手)「性豪 安田老人回想録」アスペクト、2006

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