匠雅音の家族についてのブックレビュー   <妻>の歴史|マリリン・ヤーロム

<妻>の歴史 お奨度:

筆者 マリリン・ヤーロム(Marllyn Yalom) 慶應義塾大学出版部 2006年 ¥5800−

編著者の略歴−スタンフォード大学女性・ジェンダー研究所上級研究員。ジェンダー問題に対する長年の業績が認められ、1992年フランス政府より「フランス政府教育功労賞」を受賞。著書に『乳房論』(筑摩書房)などがある。

 エンゲルスやモルガンの影響か、人類の初めには女性が主権を持っていたが、私有財産制の発達に伴い男性支配が始まったと言われたものだ。
しかし、歴史をさかのぼれば、女性差別は強くなるばかりである。
元始、女性は太陽であった、と言う人はさすがいなくなった。

 「<夫>の歴史」という本が書かれることはない。
「<妻>の歴史」という本が書かれること自体が、女性が抑圧されてきた証拠である。
それにしても、なぜ女性が差別されてきたのか。
なぜ大学フェミニズムはその理由を考えないのだろうか。
TAKUMIアマゾンで購入
 男女平等だった歴史が、いつの間にか男性支配になったというのは、何を根拠にして言われたのだろうか。
今では時代を遡れば遡るほど、男性支配が強かったというのが定説になっている。
そうだろう。
非力な女性たちが、屈強な男性に拮抗して、対等な地位を築いたとは思えない。

 男女の肉体構造は今も昔も変わらない。
そのなかで女性が社会的な台頭をしてきた。
とすれば、女性台頭の原因は、社会の変化にあると考えるのが妥当だろう。
屈強な肉体的腕力を不要とする社会が到来しつつあるから、女性も社会的な活動ができるのだ。
しかし、妊娠・出産にまつわる属性は、いまでも女性を劣位におきやすい。

 かつて社会的な劣位にあった女性は、妻という立場におかれざるを得なかった。
妻は男性に養われ保護されると同時に、その男性の世話をし、その男性の子供産み、家庭の中で生活してきた過程を、本書は細かく描いている。

はじめに <妻>は絶滅の危機に瀕した種か?
第1章 古代社会における妻たち−聖書、ギリシャ、ローマのモデル
第2章 中世ヨーロッパにおける妻たち(1100年〜1500年)
第3章 ドイツ、イングランド、米国におけるプロテスタントの妻たち(1500年〜1700年)
第4章 米国とフランスにおける共和主義者の妻たち
第5章 ヴィクトリア朝時代の大西洋両岸の妻たち
第6章 ヴィクトリア朝時代の米国の開拓最前線の妻たち
第7章 女性問題と新しい女性
第8章 米国におけるセックス、避妊、妊娠中絶
第9章 妻たち、戦争、労働(1940年〜1950年)
第10章 新しい<妻>へ(1950年〜2000年)


という章立てで、西洋社会の妻像の変遷を扱っている。
時代を遡れば遡るほど、女性は男性の所有物になっていくのが、はっきりと書かれている。

広告
 古代ギリシャでは、若い女性は結婚するまで父親の所有物だった。その後、彼女は父親から夫に「与えられた」。聖職者が「この女性は誰が与えるのか?」と尋ねると、花嫁の父親は「私です」と返答する、西洋の結婚式にこの考え方の遺物は今も見て取れる。結婚適齢の女性は、人という商品として父親の家から夫の家へ譲渡された。彼女は後者の姓を名乗り、夫の支配下に入った。夫らはこの取り決めを疑問視する理由を持ち合わせておらず、妻たちは、中にはこの状況を苛立たしく思う者もいたに違いないものの、それを受け入れた。P62

というのが、随分と長く続いたのだ。

 基本的に、女性は結婚しなければ生活ができず、結婚したら夫に扶養された。
こうした状況に、現代の女性たちは反発し、当然のこととして自立の道を選んでいる。
しかし、いまでも教会での結婚を選べば、花嫁は父親に導かれてヴァージン・ロードを歩き、司祭の前で待つ夫へと引き渡されている。
これは父親の所有から夫の所有へと、移ることの象徴である。
また、ミス○○からミセス○○になるというのも、所有権が移動したことの現れだろう。

 カソリックはセックスする女性は、しない女性より穢れていると考えていた。
そのため、結婚はセックスすることだから、既婚女性は独身女性より劣位だと扱った。
プロテスタントがはじめて、結婚とセックスを認め、既婚女性の劣位を解き放ったのだ。
しかし、プロテスタントであっても、女性にとって結婚は男性に仕えるものだった。
 
 結婚は女性にとって無条件の恩恵からは程遠かった。結婚が意味したのは、自由を手放し、夫に従属することだ。夫の権威、気まぐれ、そして時には拳を受け入れることを意味し、夫婦間の折り合いの悪さや、そうした結婚生活において女性たちが経験した継続的な精神的緊張のリスクを背負うことを意味した。17世紀初期の医師ロバート・ネイピアによる、精神疾患で加療した千人以上の女性患者の記録は、彼女たちが特に娘や妻として経験した抑圧に苦しんでいたと結論付けている。P156

 19世紀まで、とにかく女性には厳しい時代が続いてきた。
工業生産が軌道に乗り始めた19世紀の後半になって、やっと女性解放の運動が広まり始めた。
なにせ、この時代まで、夫は妻を親指より細いムチなら打っても良い、と法律が認めていたのだ。

 工業社会の発展は、直接的な肉体的な屈強さを無化し始めた。
女性の腕力でも、できる仕事が増えてきたのだ。
それに伴って、女性も社会進出が可能になり、男性の支配下から脱することができるようになった。
経済的に自立していることこそ、女性の人権を保障する基盤なのである。

 先行する女性たちが時代を切りひらいてきた。
女性にとって良い時代になった。
女性が保護の対象である限り、男性は女性を保護せざるを得ず、独立した人格と見ることはできない。
女性が男性同様に職業を遂行できるような社会にしなければならない。 (2011.6.4)
広告
  感想・ご意見・反論など、掲示板にどうぞ
参考:
伊藤友宣「家庭という歪んだ宇宙」ちくま文庫、1998
永山翔子「家庭という名の収容所」PHP研究所、2000
H・J・アイゼンク「精神分析に別 れを告げよう:フロイト帝国の衰退と没落」批評社、1988
J・S・ミル「女性の解放」 岩波文庫、1957
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」 筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と 喪失:母の崩壊」河出書房、1967
田中美津「いのちの女たちへ」現代書 館、2001
末包房子「専業主婦が消える」 同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、 1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジ ンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワー クス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、 1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」 大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書 房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現 代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職 域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」 宝島文庫、2000(宝島社、1992)
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」 とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新 潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参 画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」 ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、 1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべ きではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」 東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」 角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、 2004
大塚英志「「彼女たち」 の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」 有斐閣、2004
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、 2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」 水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、 1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書 店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、 1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」 思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書 店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト 経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」 平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」 現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の 水書房、1987
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社 会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」 二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、 2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、 1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、 1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、 1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」 中公新書ラクレ、2009
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文 庫、2003
光畑由佳「働くママが日 本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」 草思社、1997
奥地圭子「学校は必要 か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもから の自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男 だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専 業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働 と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史  まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994
信田さよ子「母が重くてたまらない」春秋社、2008
匠雅音「核家族か ら単家族へ」丸善、1997
ミシェル・ペロー編「女性史は可能か」藤原書店、1992
マリリン・ヤーロム「<妻>の歴史」慶應義塾大学出版部、2006

「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる