匠雅音の家族についてのブックレビュー   去勢された女|ジャーメン・グリア

去勢された女 お奨度:

筆者 ジャーメン・グリア    ダイヤモンド社 上・下 1976年 ¥1300−

編著者の略歴−1939年オーストラリアに生まれた。1959年メルポルソ大学で英語・仏語の学位をとり卒業。1963年シドニー大学大学院の文学修士課程をトップで終了、女子高等学校の教師となり、のち同大学シニア・チューター。1964年連邦給費生として渡英し、ケンブリッジに学んでシェイクスピアの研究で博士号を取得した。以後ウォーウィック大学で教えるかたわら、テレビやジャーナリズムで活躍している。
 原本は1970年にイギリスで上梓されている。
ベティ・フリーダンの「新しい女性の創造」が1963年に出版されて、1968年のパリでの「5月革命」など、当時は暑い季節のまっただ中にあった。
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 女性運動も炎が上がったばかりだった、と言っても過言ではない。
そのため、本書の内容は今から見ると未整理な感じがする。
しかし、熱い心持ちは良く伝わってくる。
体、心、愛、憎、革命と5つの章からできており、筆者の生の声が聞こえる。

 日向あき子、戸田奈津子という訳者で翻訳されたにもかかわらず、本書はあまり評判にならなかった。
ボクもつい最近まで、この本のことを知らなかった。
読んでみると、なぜ我が国では評判にならなかったか、よく判る。

 我が国で受け入れられたのは、我が国の事情に適合的だった本だったのだ。
イプセンの「人形の家」も、有名なわりには読まれていない。

 私がはっきりいいたいことは、女たちは自分で自分を満たすことを覚え、結婚のような唯一絶対の依存関係や、その他の神経症的な共存関係をつくらず、逆にそれを意識的に避けたほうがよいということだ。上:12ページ

 本書は結婚を否定し、女性の経済的な自立を呼びかけている。

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 我が国でも、1972年には岡田秀子が「反結婚論」を書いているが、今でも岡田秀子は知られていない。
榎美沙子の「ピル」も無視されたままである。
つまり、当時の女性は結婚して、愛ある家庭を築くことが目的だったのだ。
男性が愛ある家庭の建設に協力しないかぎり、男性が非難されたに過ぎない。

 我が国では、結婚を指向しない女性運動は歓迎されなかった。
我が国の女性運動は、結婚を目指していたと言っても過言ではない。
愛のある家族生活が、女性運動の目指すところだった。
そのため、本書のようなスタンスは、女性運動の主流派からは無視されたのだ。
その流れは今でも尾を引いており、晩婚化・少子化が言われながら、結婚させる圧力は非常に強い。

 女性たちは性愛の自由を求めなかった。
結婚制度を打ち破る指向は持たなかった。
我が国では、非嫡出児を生もうという女性運動はとうとう現出しなかった。

 本書の最初は、身体に関することが語られるが、女性の身体も男性によって支配されている。
クリトリスと膣の論争など最たるものだ。
筆者は男性器を入れた上での、クリトリス・オルガスムを歓迎している。
当時、こうした論者も我が国はいなかった。
我が国の女性たちは、性愛の自由を求めなかったのだ。
母権主義から未だに自由になれない我が国の女性運動では、本書を受け入れるのは難しかったのだろう。

 「クレーマー・クレーマー」が公開されるのは1979年だが、本書は少しばかり先んじていた。

 彼女たち(愛他主義者)の信仰には、問いつめれば神の目によく映りたいという思惑があるのだ。天国の貯金をふやすには、できるだけ善行を重ねることが必要である。確かに悪くない考えだ。とくにわれわれのマゾ本能に訴え、破壊的なファンタジーを刺激するときには、母親が子供を危険から救うために、われとわが身で子供をかばう。母親アヒルが子アヒルを守るために、狩人を巣から遠くへ誘い出すのは、女性特有のこの気高い本能的な愛情が働くからだといわれている。すべての母親はこの愛をもっている。さもなければ、あれだけの苦しみと痛みに耐えて子供を生むはずがないではないか。母親が子供のためにいかに大きな犠牲を払うか。とくに、自由な教育のチャンスさえ与えられなかったわれわれを生んだ母親の犠牲は、とても口ではいいつくせない。母親はすべてが聖女であった。上:197ページ

といって、筆者は皮肉をとばす。

 筆者は愛を解剖し、結婚に結びつく愛は、結局、男性支配の元基だという。
そして、一夫一婦的な家族形態を笑い飛ばしてみせる。

 若い男が自分たちだけの新居に花嫁を迎え入れ、そこでひとつの家族が成立するのは、父性を守る機能からいってあまり望ましいものではない。妻は誰に見守られることなく、一日のほとんどをひとりで過ごすわけで、夫の妻に対する信頼度は、それだけ深いものでなければならない。今日の家庭には、夫の利益を守ってくれる召使や親族はひとりもいない。にもかかわらず、この形態は先行した父系制諸形態の論理的帰結であり、自然で適正なものと考えられている。人類学若や社会学老が「核家族」と呼んでいる一組の夫婦を単位とした家族形態は、おそらく歴史上存在したさまざまの家族形態のうちで、もっとも短命なものとなろう。下:303ページ

 因習に満ちた大家族を否定し、愛にもとづく一夫一婦的核家族の確立こそ、我が国の女性運動の目指すものだった。
だから、本書が受け入れられなかったのは仕方なかったのだろう。
筆者は核家族ではなく、愛に殉じてベッドに入れと訴えている。

 後半はマルクス主義の影響が色濃く出ており、これもまた時代制約だと思う。
1991年にソ連が解体するまで、マルクス主義は女性解放の一方の旗手でもあった。
どんな運動も、本書のような先進的な紆余曲折をへて、洗練されていくのだろう。
とにかく、女性の解放とは、女性が男性と同様・同等の職業を得ること。
それに尽きる。   (2011.7.28)
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参考:
伊藤友宣「家庭という歪んだ宇宙」ちくま文庫、1998
永山翔子「家庭という名の収容所」PHP研究所、2000
H・J・アイゼンク「精神分析に別 れを告げよう:フロイト帝国の衰退と没落」批評社、1988
J・S・ミル「女性の解放」 岩波文庫、1957
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」 筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と 喪失:母の崩壊」河出書房、1967
田中美津「いのちの女たちへ」現代書 館、2001
末包房子「専業主婦が消える」 同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、 1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジ ンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワー クス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、 1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」 大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書 房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現 代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職 域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」 宝島文庫、2000(宝島社、1992)
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」 とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新 潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参 画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」 ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、 1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべ きではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」 東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」 角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、 2004
大塚英志「「彼女たち」 の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」 有斐閣、2004
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、 2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」 水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、 1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書 店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、 1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」 思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書 店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト 経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」 平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」 現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の 水書房、1987
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社 会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」 二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、 2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、 1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、 1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、 1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」 中公新書ラクレ、2009
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文 庫、2003
光畑由佳「働くママが日 本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」 草思社、1997
奥地圭子「学校は必要 か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもから の自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男 だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専 業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働 と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史  まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994
信田さよ子「母が重くてたまらない」春秋社、2008
匠雅音「核家族か ら単家族へ」丸善、1997
ミシェル・ペロー編「女性史は可能か」藤原書店、1992
マリリン・ヤーロム「<妻>の歴史」慶應義塾大学出版部、2006
ジャーメン・グリア「去勢された女」ダイヤモンド社、1976

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