編著者の略歴−1974年生まれ。千葉大学大学院修士課程中退。出版社勤務などを経て2001年から4年間ヨーロッパ(オランダ)に企業駐在員として赴任。現在も輸出機器メーカーに勤務しながら、政治・経済に関する研究、論文の執筆を行っている。貨幣経済理論および政治思想、近代企業経営史などを研究のテーマとする。SNSI(副島国家戦略研究所)研究員。著書に『日銀 円の王権』(学研パブリッシング)、共著に『日本の真実』『エコロジーという洗脳』(ともに成甲書房)、『悪魔の用語辞典』『日本のタブー』(ともにKKベストセラーズ)がある。 戦前の天皇家が、世界有数の大金持ちだったことは周知だが、それについて書かれた本は少ない。 本書のような研究書が上梓されると、まだ捨てたものでもないとホッとする。
何ごとも経済的な裏付けがないと、権威も権力も成立しない。 新興宗教だって既成宗教だって、どこでも本山は大金持ちである。 同様に天皇支配だって、経済的な裏付けをもっていたのだ。 天皇家の財産規模たるや、我が国のGNPの5分の1に相当した。 三井・三菱・安田・住友といった財閥を遙かに超え、他の財閥をすべて合わせたものの10倍もあるものだった。 筆者は事実に語らせようと、丁寧に筆を進めていく。 天皇は、日本を代表する複数の国策企業の大株主であり、なかんずく日本銀行の、過半数を超える株式を持つ大投資家であった。P19 通常の財閥は、持株会社をつくって、支配下の企業を動かしていく。 持株会社の株を、少数の個人が所有することによって、財閥の支配が形作られている。 しかし、天皇の場合は違うという。 天皇財閥と他の財閥が異なる点は、財閥本社である持株会社の支配形態である。一般的な財閥は、財閥家族が持株会社の株式を所有することで支配する。しかし、天皇家は持株会社の機能を有していた宮内省の株式を持っていたわけではないし、そもそも宮内省は株式を発行していない。それでも、宮内省が天皇家を輔弼するのは制度上当然のことであり、その結果、天皇家が宮内省を支配していることと同じことになるのである。 天皇家は、三井財閥の三井家や三菱財閥の岩崎家と同様に「財閥家族」であり、その財閥本社としての機能は宮内省が有していた。天皇家と、職員数千人をかかえる宮内省の複合体である(天皇家=宮内省)こそが、天皇財閥という大企業の中核である。P21
そして、天皇は日本最大の地主であり、これまた膨大な地代を稼いでいた。 しかし、天皇が大金持ちであること、大地主であることは、周到に隠されていた。 天皇家は銀行や国策会社の株も所有していた。 日本郵船や日本興業銀行、南満州鉄道、朝鮮銀行などは周知だろう。 それでも昭和の初期までは、私企業の自立性が保たれていた。 1942年以降になると、国家総動員法が施行されたため、天皇家の下に各財閥が組みこれる形になった。 そのため、人的な支配だけではなく、資本の上からも、天皇家はすべての財閥を支配する財閥の財閥になった。 1940年以降の日本では、生粋の資本主義者たちである財界人と計画経済主義者である官僚が、お互い手を取りあって戦時の総動員体制を推進したのである。このことは、一見不思議に思えるだろう。思想が180度異なる人たちが、物事をいっしょに進められる訳はないと。ここから、戦時中は、無力な財界人は暴力装置を背後にもった軍部に引き摺られて、無理やり戦争に協力させられていたのだ、逆らえば殺されていたのだ、という言論が生まれることになる。 しかし、事実はそうではなかったのである。 資本主義者たちである財界人と計画経済主義者である官僚は、日本の国力増強という共通の目標を持っており、その目標を達成するために、一致団結したのである。P155 企業は利益を求めて活動する。 財界人たちは軍部と結ぶことが利益になるとみれば、軍部に率先して協力した。 1931年に満州事変がおき、満洲国への進出が始まった。 すでに満洲には、天皇家が利権を持つ企業がいくつもあった。 天皇家にとって、経済的な意味でも、満洲への進出は有為なことであった。 戦争に負けて、財閥は解体された。 天皇財閥も解体された。 天皇家の戦前の膨大な財産は、企業が倒産したと同じことになり、天皇個人の財産はすべて国家に帰属することになった。 現在の憲法では、天皇家の財産は国家に属している。 天皇は単に出資した分を失っただけで済んだのである。 現在も天皇家の支配が続いている企業がある。 それは日本赤十字社(日赤)である。 しかし、戦前ほどの支配力を持っていないため、かえって日本では支配の中心に官僚が居座った。 そして、「日本株式会社」という法人が中心になって、支配の顔が見えなくなったという。 天皇賛美の話なら、どこの出版社でも乗ってくるだろう。 しかし、天皇に関する冷静な分析は、イデオロギーで屈折させられて、なかなか出版社は手をださないにちがいない。 筆者は孤独だろうと思うが、良くやっている。 (2012.8.30)
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