編著者の略歴− 『ワイアード』US版編集長。「ロングテール」のコンセプトを2004年に同誌上ではじめて世に知らしめ、その著書『ロングテール』(早川書房)は世界的ベストセラーとなった。2007年には米『タイム』誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選ばれている。また、ビット世界における無料経済モデル〈フリーミアム〉をいち早く取り上げた『フリー』(NHK出版)は、世界25か国で刊行され、日本ではアマゾンの年間トップテンに入るベストセラーとなった。 ジョージ・ワシントン大学で物理学の学位を取得後、カリフォルニア大学バークレー校で量子力学と科学ジャーナリズムを学ぶ。ロス・アラモス研究所の調査員を務めたあと、『ネイチャー』誌と『サイエンス』誌に6年間勤務。その後、英『エコノミスト』誌の編集者としてロンドン、香港、ニューヨークで7年間テクノロジーからビジネスまで幅広い記事を扱い、また1994年には同誌のインターネット版を立ち上げた。2001年から現職。 近年、無人飛行機の製造キットと部品を販売するオープンハードウェア企業、3Dロボティクスを立ち上げ、これを数億ドル企業へと成長させている。現在カリフォルニア州バークレーに妻と5人の子供と暮らす。 人は食べないと生きていけない。 一番最初にできた産業は食料生産、つまり農業だった。 江戸時代までは人口の90%が農業に従事していたし、戦後になっても50%が農業に従事していた。 やがて物を作る工業生産が、労働人口の多くを引き込むようになった。
コンピューターの登場以前には情報といったソフトは、情報だけで取引されるのではなく、ハードにのった形でしか評価されていなかった。 新聞や本のように、情報が記された紙という物に価値があるのではなく、書かれた情報に価値があると判っていても、物の支配から自由になれなかった。 20世紀までは多く人が工業生産に従事していた。 しかし、21世紀の今では工業生産には15%くらいの人しか従事していない。 農業従事者は3%くらいで、他はすべてサービス業従事者である。 驚くべきことに、ほとんどの人は物造りという生産活動には従事していないのだ。 ジェニー紡績機は家庭内で使われ、一台で何人分もの仕事をこなしたので、歴史上はじめて、外で働くよりも家で働く方が収入が多くなった。男性も女性も家で働けるようになったことで、子供と過ごす時間が増えて家族の絆は強まり、その上、地主に頼る必要もなくなった。また、ギルドの徒弟制度を経ずに起業家になれる道が、普通の人に開かれた。周辺に工場が増えたあとも、こうした家庭内起業家への外注は広く行われていた。小規模製造の技術によって熟練した職人の生産量は何倍にも拡大していたからだ。 機械の普及によって、イギリスでは大多数が農業に従事していた時代が終わった。農耕機械があれば、全員で働かなくても畑を耕すことができるようになったため、畑に出ない人たちは家の作業場で働いた。まもなく、紡績機に続いて、木製のはた織り機や編み機が家庭で使われるようになった。P65 農業→工業→情報と産業は進んできたが、情報産業は一種の虚業であり、情報だけで人間が暮らせるわけではない。 農業だけでも、人間は食っていける。 農業と工業だけでも、人間は食っていける。 しかし、情報だけでは食っていけないのだ。 そうでありながら、農業も工業も情報産業に武装されると、生産力が飛躍的に高まる。 家内工業的に出発した工業だったが、大資本を背景に個人の手から工業は離れてしまった。 個人でアイディアをもっても、それを製品化するのは絶望的に難しい。 アイディアの製品化は、大資本を背景とした工場を待たないと不可能になってしまった。 しかし、今やっとコンピューターが製品化を個人の手に取り戻させようとしている。 高価だった製品化の道具が、きわめて安価になってきた。 誰でも製品を作れる時代がやってきた。 今では誰でもパソコンとプリンターで美しいカードを印刷できる。 もう、街の印刷屋に印刷を頼むこともない。 デザインを考えれば、自宅の卓上で印刷ができる。 同じように自宅での製品化が可能になりつつある。
今では誰でもCADをつかって図面を描く。 CADは平面上のものだった。 次は立体を描く3次元CADである。 3次元の成果物を、安価に取り出せるようになった。 3次元の成果物を作る道具、つまり3Dプリンター、CNC装置、レーザーカッター、3Dスキャナーといった道具が、アイディアを簡単に製品化してくれる。 これらの道具はきわめて高価だったから、今までは大資本の工場や研究所でしか使えなかった。 しかし、安価になったこれらの道具が急速に普及し始めた。 3Dプリンターの概念は<すべてを点として理解する>を参照して欲しい。 特筆すべきことは、こうしたコンピューターを内蔵した道具が、オープンソースを背景としてオープンハードウエアーとして登場してきたことだ。 オープンソース化は組織のオープン化も促す。 企業という形で組織を作ってしまうと、企業に属する者しか従業員にならない。 企業の外にいる者の頭脳に期待することはできない。 たとえば、アップルの話。 採用されるのはアップルに応募した人だけだ。だから、いまの仕事が大好きで辞めたくない人は全部対象外になる。子供や老人、犯罪者はどんなに賢くてもおそらく採用されないだろう。秘密を守れない人、雇用契約に縛られたくない人も同じだ。 だが、こうした人たちの中にも、賢い人材、しかもきらめくような才能が存在する。オープンなコミュニティではなく「企業」の形態をとる限り、アップルでさえ「ピル・ジョイの法則」(=優秀な人間は外にいる、というビル・ジョイの格言)に縛られる。 企業に比べてコミュニティでは自由と平等が保たれやすい。それは、企業と違って法的責任とリスクがないからでもある。経歴を調べる必要もないし、入社前に契約書に著名してもらわなくてもいい。賃金を約束しないため、うまくいかなくてもたいした損にはならないので、リスクの高そうな参加者でも受け入れることができる。P187 オープンソース化はアイディアの製品化に多大な貢献をしている。 誰でもアイディアを形にできる。 インターネットの普及は、世界を小さくした。 同僚は隣にいなくても良い。 社内にいなくても良い。 いまではデーターさえ送れば、世界中からアイディアに次なるアイディアを加えてくれる。 居ながらにして協働作業ができる。 オートデスク123Dや、グーグルスケッチアップといった3DのCADもオープンソース化されている。 もう大資本がなくても、アイディアを形にできるのだ。 しかも、地球上の大勢の人に支えられながら。 MFGドットコムの製造業者、アリババの低価格工場、ポノコやシェイプウェイズといった単発のデジタル工作サービスは、人々が工作機械を所有せず、工場に足を踏み入れることもせずに、机についたままもの作りを行うことを可能にしている。P275 工業社会になって農業が残り、情報社会になっても工業が残るように、大規模な製造業も残る。 しかし、大企業から大口の注文だけを受けていた工場だけではなく、個人であっても製品を作ることが可能になったのだ。 PAYPALなどの普及によって、世界の人を相手に売ることが可能になった。 インターネットさえつながっていれば、人件費や立地を問題にせず、誰でもアイディアを製品化できる時代になった。 それがコンピューターの到達した今日の地平である。 本書は先進国での物造りに明るい展望を感じさせる。 (2012.12.3)
参考: 木村英紀「ものつくり敗戦」日経プレミアシリーズ、2009 アントニオ ネグリ & マイケル ハート「<帝国>」以文社、2003 三浦展「団塊世代の戦後史」文春文庫、2005 クライブ・ポンティング「緑の世界史」朝日選書、1994 ジェイムズ・バカン「マネーの意味論」青土社、2000 山田奨治「日本文化の模倣と創造」角川書店、2002 網野善彦「日本論の視座」小学館ライブラリー、1993 R・キヨサキ、S・レクター「金持ち父さん貧乏父さん」筑摩書房、2000 ダイアン・コイル「脱物質化社会」東洋経済新報社、2001 塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫 2008(2001) シャルル・ヴァグネル「簡素な生活」講談社学術文庫、2001 エリック・スティーブン・レイモンド「伽藍とバザール」光芒社、1999 村上陽一郎「近代科学を超えて」講談社学術文庫、1986 吉本隆明「共同幻想論」角川文庫、1982 大前研一「企業参謀」講談社文庫、1985 ジョージ・P・マードック「社会構造」新泉社、2001 富永健一「社会変動の中の福祉国家」中公新書、2001 大沼保昭「人権、国家、文明」筑摩書房、1998 エドムンド・リーチ「社会人類学案内」岩波書店、1991 リヒャルト・ガウル他「ジャパン・ショック」日本放送出版協会、1982 柄谷行人「<戦前>の思考」講談社学術文庫、2001 江藤淳「成熟と喪失」河出書房、1967 森岡正博「生命学に何ができるか」勁草書房 2001 エドワード・W・サイード「知識人とは何か」平凡社、1998 オルテガ「大衆の反逆」ちくま学芸文庫、1995 小熊英二「単一民族神話の起源」新曜社、1995 佐藤優「テロリズムの罠 左巻」角川新書、2009 佐藤優「テロリズムの罠 右巻」角川新書、2009 S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980 M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989 デブラ・ニーホフ「平気で暴力をふるう脳」草思社、2003 速水融「歴史人口学で見た日本」文春新書、2001 J・バトラー&G・スピヴァク「国家を歌うのは誰か?」岩波書店、2008 ドン・タプスコット「デジタルネイティブが世界を変える」翔泳社、2009 杉田俊介氏「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005年 J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957 ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965 ジャック・ラーキン「アメリカがまだ貧しかったころ 1790-1840」青土社、2000 I・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997 ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」紀伊国屋書店、1995 クリス・アンダーソン「MAKERS」NHK出版、2012 井上孝司「戦うコンピュータ 2011」光人社、2010
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