匠雅音の家族についてのブックレビュー   家族の条件−豊かさのなかの孤独|春日キスヨ

家族の条件 豊かさのなかの孤独 お奨度:

筆者 春日キスヨ(かすが きすよ)  岩波現代文庫 2000年 ¥900−

編著者の略歴−1943年熊本生まれ。九州大学教育学都卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程中退。現在安田女子大学教授。専攻:社会学(家族社会学・福祉社会学).父子家庭、不登校、障害者・高齢者介護の問題を迫究する。著書に、『父子家庭を生きる−男と親の間』『介護とジェンダー−男が看とる女が看とる』『介護にんげん模様−少子高齢社会の「家族」を生きる』『いま家族とは』(共著)等。
 1994年に出版され、2000年になって現代文庫に収録されたものである。
現代文庫版あとがきには、1990年前後に書いたものであるとあるから、初出からは25年もたっていることになる。
家族の個別的な事例を、筆者の感想を交えながら綴ったもので、当時の雰囲気をよく伝えている。
TAKUMIアマゾンで購入

 1943年生まれの筆者とすれば、本書のような感想は当然だろう。
戦後の貧しかった時代、誰でもが生きることそれ自体に必死だった。
親たちだって自分が生きることに精一杯で、子供の育て方に斟酌しているヒマはなかったろう。
とにかく食べさせて、中学をだしてやれば充分だった。

 筆者の子供時代には、大学進学率は10%程度だったはずで、筆者のように大学まで進学させるのは大変だったろう。
しかも、筆者は女性である。
女に学問は不要といわれた時代、貧しい中での進学には、大きな困難があったはずである。

 貧しい時代には、誰も生きることになど悩みはしない。
生きることに悩むのは、食べることには事欠かないようになった豊かな社会だからである。
貧しかった社会では、子供はほっておかれた。
それでも子供は育った。
しかし、豊かな社会では、そうはいかない。
親が子供をほっておかないのだ。

 貧しさから脱しようとすれば、肉体労働者ではなく会社員や医者といった、デスクワーカーにならなければならない。
現場労働者では高給取りにはなれないと知った親たちは、子供たちには高等教育を与えようとした。
そのため、子供たちを受験戦争へと叱咤激励したのである。

広告
 「豊かな社会」は深刻な貧しさと厳しい労働という運命から子どもを解放し、親による保護と世話のもと、自分自身の未来のために勉強にいそしむ時間をさえ与えた。しかし、それは、裏返せば、親と子がともにそれに立ち向かい、ともに戦うぺき共通の「敵」を失い、お互いがお互いの心に向き合わなければならなくさせられた社会でもある。それは、一方では、親と子に豊かな関係を築く可能性を与える社会であるとともに、他方では、親と子が、ほかならぬ親と子というその関係のなかで傷つかなければならなくなる可能性をはらんだ社会でもある。P22

 高度成長経済の中で性別役割分業が浸透し、親たちは豊かさと安定した生活を手に入れた。
そうしたなかで、親たちの関心は子供を出世させることに注がれたので、家庭は子供中心になっていった。

 「子ども中心」=「教育中心」の現代家族。そこでは、子どもを首尾よく一人前の大人に育てあげることが、親の最重要課題である。子どもが世間並の基準からはずれると子育てに失敗した「駄目な親」、高い評価を受ければ「立派な親」。子どものできの良し悪しは、即、親の社会的評価につながる。
 そういう社会では、親が親としての自負を持てば持つほど、子どもへの愛の名において、子育てがナルシシズムとしての親の自己愛の発現の場になりかねない。P25


 いわば親の自己満足のために、子供を育て始めたのである。
性別役割分業に従った家族では、父親が稼ぎに精をだし、母親が子育ての専従者になった。
しかし、当時の親たちはまだ古い家族制度の親子意識が抜けていなかった。
そして、高等教育を与えた後の子供の人生には、何の方向性も見いだしてはいなかった。
筆者はこうした社会背景のなかで生じてきた家族の事件を記述していく。

 大家族の時代なら長男だけが家督を相続したから、家の責任も長男だけが引き受けた。
もちろん年老いた親の面倒を見るのは、長男夫婦の義務である。
戦後の民法では、子供は全員が平等である。
財産は均等に分割して相続する。
しかし、親は分割するわけにはいかないから、誰かが引き受けることになる。
年老いた親の介護を巡って、家族は大きな騒動を引き起こしていた。

 2000年までの状況は、本書が書いているとおりだろう。
2000年に介護保険制度が導入されて、民間の力が入って事情は随分と変わってきた。
かつてに比べて施設がたくさんでき、必ずしも家族だけで介護に当たらなくても済むようになった。
また、親を施設に預けることにも、社会的・心理的な抵抗がずっと減ってきた。

 それでも介護を担当するヘルパーへの、家族愛的な要求がでたり、妙な家族意識が露出してくることがある。
そうした事情を見ながら、筆者は次のようにいう。

 家族のなかの「弱者」である子どもや高齢者に寄り添う視点は、容易に、親や介護者に対する過大な「家族愛」の要求につながってしまう。「弱者」の生を豊かに保障しょうとするとき、それが親や介護者から「過大な家族愛」を搾取する視点に転じないようにするためには、家族が「家族愛」を育みうる社会的文化的条件こそ保障されていかなければならない。P225

 筆者は気付いているかどうか判らないが、弱者という視点はきわめて危険なのだ。
かつて女性が弱者といわれてきた。
そして、弱者の視点からの女性論が、たくさん提起されてきた。
本書の指摘を男女関係に置きかえてみると、<弱者>である女性に寄り添う視点は、容易に、男性に対する過大な<夫婦愛>の要求につながってしまう、となる。

 具体的な現実から、分析の糸を紡ぎ出すのはもちろんだが、そこで止まっていては徒労である。
家族の機能が低下したのではなく、かつてのような大家族は因習に満ちており、家族全員の犠牲の上に成り立っていた。
しかし、生産力が低かった時代には、大家族しか選べなかったのだ。

 工業社会から情報社会へと転じる今、個人を個人のままで尊重するシステムをつくることだ。
少なくとも大家族より核家族のほうが優れており、より多くの人が幸福になれた。
とすれば核家族から単家族へと転じるために、社会の制度を整備すべきなのである。
 (2013.1.29)
広告
  感想・ご意見・反論など、掲示板にどうぞ
参考:
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
伊藤友宣「家庭という歪んだ宇宙」ちくま文庫、1998
永山翔子「家庭という名の収容所」PHP研究所、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
匠雅音「家考」学文社
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」 中公新書、2001
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」 講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」 現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009
マイケル・アンダーソン「家族の構造・機能・感情」海鳴社、1988
宮迫千鶴「サボテン家族論」河出書房新社、1989
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
藤森克彦「単身急増社会の衝撃」日経新聞社、2010
米山秀隆「空き家急増の真実」日経新聞社、2012
原武史「団地の空間政治学」NHK出版、2012
春日キスヨ「家族の条件」岩波現代文庫、2000


「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる