匠雅音の家族についてのブックレビュー   処女の文化史|アンケ・ベルナウ

処女の文化史 お奨度:

著者:アンケ・ベルナウ  新潮社 2008年 ¥1400−

著者の略歴−1971年ドイツ生まれ。幼少時にイギリスに渡る。現在、マンチェスター大学准教授。専門は中世文学・文化、ジェンダー研究。共著「中世における処女性」(2003)では、ジャンヌ・ダルクをめぐる多様な言説を論じている。
 処女の定義をめぐり、中世からはじまって医学、宗教、文学、政治の各分野で、詳細な論議を展開している。
アメリカでは1960年代の性革命の反動で、ブッシュ政権が禁欲教育を推進した。
そのため、処女とか純潔が話題になることがふえた。
右も左も性的な事柄に、きわめて敏感になっている。
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処女の文化史 (新潮選書)

 人はお腹が空けば、食欲にしたがって食べる。
眠くなれば睡眠をとる。
では性欲がおきると、セックスするのだろうか。
そんなことはない。
セックスには相手がいる。
同時に性欲がおきるとは限らないし、相手への好みという問題もある。
しかし、セックスをしないと子孫が絶える。
人類は繁栄しているのだから、セックスをしてきたことは間違いない。

 大昔はセックスと、妊娠の関係が判らなかっただろう。
にもかかわらず、人間はセックスをしてきた。
セックスと妊娠の関係が判らなかった時代、男女が互いに身体をふれあうことは、おそらく肯定されていただろう。
でなければ、禁止命題に反して行動しなければならず、人間は絶滅してしまったに違いない。

 現在では、セックスは何か悪いことのように見なされている。
結婚した2人の行うセックスだけ正当であり、未婚や婚外のセックスは悪い行為と見なされている。
とりわけ親は子供のセックスに否定的である。
しかし、セックスを否定する常識は、そんなに昔からあったわけではないだろう。
源氏物語の時代は、好意の表現とは即セックスすることだった。
それは多くの文献が語るところだ。
  
 12世紀から今日にいたるまで、医学や自然哲学の分野では概してセックスはさまざまな理由から健康に良いとされてきた。処女の場合、狭かった通路を性交によって広げることで、思春期を通じて蓄積されてきた「種」や体液を排出することが可能になると考えられた。同時に、鈍い経血の流れや排泄物の排出をも促進するとされた。加えて、男性の「熱い」精液と性行為によって女性の冷たい身体は温められ、丈夫になるとも考えられた(この熱を渇望するがゆえに、女性の性的欲望は果てしないとする説もあった)。よって、「性の解放は男女両性にとって必要で、禁欲は健康に良くない」という意見が多数派だった。P31

 近代になるとき、神を殺して王侯貴族に反抗したのは、成人男性だった。
神の重しがとれたぶん、成人男性は女性に対して、きわめて強権的になった。
前近代と異なり、女性には性欲がないものとされ、女性がセックスを望むことは出来なくなっていった。
処女・主婦・娼婦といった区分けができ、男女差別はずっと厳しさをました。

 1960年の性革命まで、処女性が重要視され、女性に純潔や貞操が強いられた。
性革命によって、処女とはなるべく早く別れるようになったが、聖書をかざす人たちの反抗も大きくなってきた。
セックスを行うのは肉体という実体でありながら、実体そのものが問題視されるのではない。

 処女の身体は単に実体としての身体ではない、いや、決して実体ではないのかもしれない。処女の身体の意味するところは、常に文化的文脈と伝統によって決定されるからだ。処女性の理解のされ方は現実の女性の生活に影響し、公共の分野においてこそ、政治的な事柄が実際に個人にまで及んでくる。処女性は政治の世界や社会の統治と何の明白な関連もないように見えるかもしれないが、政治思想家がコンセプトとしていかに扱ったか、また法に組み込んだかを見れば、実は抽象と具体とが深いレベルで相互に作用し、共に女性のセクシヤリティの理論化・法律化に影響を与えていることがわかる。P164

 事実そのものが問題にされることはない。
事実を理解する人間の観念が、処女性という価値を作り上げるのだ。
そして、セックスを否定したり肯定したりするのだ。
大昔の人間は快楽を素直に肯定し、快楽にゆったりと遊んだと考えたい。
しかし、永松真紀が「私の夫はマサイ戦士」でいうように、<セックスは愛情を確認し合う行為のはずなのに、マサイにとってのセックスには、その要素がありません>とすれば、男女が互いに身体をふれあうことは、肯定されていなかったのだろうか。

 愛情なるものが発明され、愛情にしたがったセックスが快楽をともない、濃厚なセックスによって、快楽を味わうことが問題だったのかも知れない。
セックスを良く知った女性は、男性の動きによって快楽を得ることが多い。
近代での女性差別は、快楽の得られ方も原因の一つだろうか。
セックスを知らなかった処女が、男性器の挿入によって、性の快感に打ち震えるようになる。

 男女にとって、かつてはセックスが重要事ではなかった。
そのため、快楽も大したことはなかったのだろうか。
精神的な心の動きである<好く>という感情と、肉体的な快感はどう繋がっていたのだろうか。
愛の証として、濃厚なセックスを実践するようになると、男女関係が変質し始めたのかも知れない。

 男性はイクだけで、よがることはないが、女性は激しくよがることがある。
男性の動きによって、女性は忘我をさまよいさえする。
セックス以外では冷静な女性が、阿部定のように男性器に酔いしれることさえある。
愚かな男性はよがる女性を見て、男性器への自信を持ったのではないだろうか。

 性革命以降の女性の台頭を見て、キリスト教を信じる男性たちは、女性を結婚に押し込めようとし始めた。
男根による支配が崩れていく、そう感じているのではないだろうか。
筆者は処女という不明確な基準は、社会的・文化的な反映だという。
もちろんそのとおりだが、セックスのもたらす快感も、男女関係に影響があるのではないだろうか。

 蛇足ながら、女性たちはベッドにおける、男性の理解のなさを嘆く。
ほんとうのところはどうなんだろう。
挿入がなくても、女性は充分に満足するのだろうか。
そうだとすれば、男性の男性器に対する自信など、まったく根拠がない。
エヴァ・C・クールズは「ファロス の王国」で、男性器支配を批判する。
しかし、男性器の挿入が、女性の快感に不可欠、もしくは大きな意味があるとすれば、男性器支配にも根拠があるように感じる。
  (2010.4.22) 

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参考:
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論  1991
ジョルジュ・バタイユ「エロ スの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」 飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚 道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘 ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河 出文庫、1999
謝国権「性生活の 知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽 しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのく よばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這 いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのく よばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」 現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」 河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系 譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「イ ンターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメ リカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春 という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーの カーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原 書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世 社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公 認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」 筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないは ワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」 KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」 河出文庫、1992
正保ひろみ「男 の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスム スのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガス ムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」 光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」 原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、 2001
ジュリー・ピークマン「庶民た ちのセックス」 KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の 政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の 知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河 出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」 文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性か らの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系 譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化 の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中 世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・ イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」 幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」 新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品 社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋 社、1984 
高月靖「南極1号伝説」 バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、 1995
佐々木忠「プラト ニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのく よばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜 中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這 いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平 凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」 草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」 作品社、2009
イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノロー グ」白水社、2002
橋本秀雄「男で も女でもない性」青弓社、1998
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国」 岩波書店、1989
岸田秀「性的唯 幻論序説」文春文庫、1999
能町みね子「オカマだけどOLやってます」 文春文庫、2009
島田佳奈「人のオトコを奪る方 法」大和文庫、2007
アンケ・ベルナウ「処女の文化史」新潮社、2008
工藤美代子「快楽(けらく)」 中公文庫、2006

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