匠雅音の家族についてのブックレビュー      自分でわが家を作る本|氏家誠悟

自分でわが家を作る本 お奨度:☆☆

著者:氏家誠悟(うじいえ せいご)    山と渓谷社 2008年 ¥1700−

著者の略歴− 1958年3月22日生まれ。信州大学農学部林学科卒業。岩手県職員として林業、治山、自然保護などの分野で勤務するかたわら、木造住宅の建て方を独学で勉強し、設計・基礎工事・木材のホゾなどの刻み加工をはじめ、ほとんど自力で自宅を建築。第二種電気工事士の資格も取得して電気配線も手がけた。現在は県職員を辞し、手作り家具の製作などを行っている。自宅建築の過程を紹介したWEBサイトが分かりやすくて面白いと評判で、新聞や雑誌でも紹介されるなど、マスコミヘの登場もちらほら。岩手県在住。DIYアドバイザー。
*ホームページ『DIY日曜大工で家をつくる』 http://diy-ie.com/

 脱帽。その言葉に尽きる。
ボクも家の建て方を書きたかった。
ハードとしての確実な家作り:実践編」なのだが、いかせんボクは設計のプロである。
かつて大工もやっていた。
ボクが書くとどうしても、セルフビルドにはならないのだ。
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自分でわが家を作る本

 巷間にあふれている建築の参考書は、建築を供給する人が書いている。
そのため、自分に都合の良いことしか書いてない。
また、どうしても建築業界サイドから見ている。
そして、自社の宣伝のために書かれたものが多い。

 本書は、筆者が実際に建てた体験談である。
セルフビルドというとツーバイフォーが多いが、ボクは在来工法のほうが、セルフビルドに適していると考えていた。
ツーバイフォーは外来工法のため、素人にも馴染み安い。
それに対して、在来工法は古くからある職人の世界に、閉鎖的な感じが付きまとい、何か難しいと思わせていただけだ。

 筆者は在来工法を選び、42坪の2階建てを見事に完成させている。
しかも、場所が岩手県であるため、寒冷地仕様となり難しさも増した。
にもかかわらず筆者は独力で完成させた。
家造りを考えた人は、セルフビルドをするしないにかかわらず、本書はとにかく必読である。
絶対に得るところが多く、おおいに参考になる。
なにしろプロのボクも、参考になったのだから。

 木材の墨付けや刻み加工も、原理が分かってしまえば大して難しいものではないし、カンナやノミが主役なわけでもない。現代は丸ノコやカウノミなどの電動工具が主役であって、熟練した技が必要なカンナやノミは使用頻度が非常に少なく、完全に脇役になっている。
 建築材料はたくさんの優れた材料がどんどん出回るようになり、現場で難しい加工をしなくても取り付けられるよう改良が進んでいる。かつては、建材に関することは業界の人にしか分からなかったが、今は個人でもインターネ、ソトなどから様々な情報を仕入れることができるし、モノによっては直接購入できる。
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 屋根、外壁、窓、断熱材、建具、床束などは、よほど特殊な家(例えばかやぶき屋根など)でない限り工業製品の建材を使用することになるが、こういうものにはメーカーが作成する施工説明書が付いてくるか、または別に施工資料が準備されている。P14

 まったくそのとおり。
ボクも墨付けを親方から習ったわけではない。
1軒目の仕事は、設計から墨付け・加工・仕上げまで、すべて自分でやった。
それでもできた。

 手の道具は修得に時間がかかる。
とくに鉋は手に余るだろう。
しかし、筆者がいうように、いまは電動工具がすべてといって良く、手鉋など使う場面はない。

 屋根材、外壁材、窓材、断熱材、建具など、すべて詳細な施工説明書が付いてくる。
本職たちも、新しい商品に対面したときには、説明書を読まないと仕事にならない。
本職だからこそ失敗が許されないので、説明書を丁寧に読んでいる。
だから、現在では、自力で家を建てることは、時間がありさえすれば充分に可能である。
ぜひ、ぜひ、もうひとつぜひ、本書を読んで欲しい。

 本書の素晴らしいところは、材料と手間賃の関係がはっきりしていることだ。
通常だと、材料と手間賃が一体になった、材工共という単価を使う。
これだとどこまでが材料費で、施工費がどのくらいか判らない。
たとえば、屋根工事費として、コロニアルは坪当たり15、000円と計上されるが、材料は8、000円/坪なのだ。7、000円/坪が手間と言うことになる。
筆者の建てた家


 本当のところ、何に一番お金がかかるか、本書は実に明確にしてくれる。

 自分で建てる家はものすごく安くできるだろうと思われるかもしれないが、やりようによっては高くもなるし、逆にうんと安く作ることもできるはず。基本的に自分の人件費はタダと考えるので、家を建てるための費用のほとんどが材料費。だから、費用を左右するのは「どんな材料を使うか」ということと、「いかに安く仕入れられるか」ということに尽きるだろう。
 一番お金がかかるのは、構造面よりもお風呂・キッチン・トイレ・給排水・冷暖房・電気や照明といった設備関係や、サッシなどの建具である。逆に、贅沢をしなければ節約できるのも、この部分だといえる。この部分をどうするか? それこそ「すペてもらい物」なら激安になるし、贅沢をすればいくらでも高くなるわけだ。反面、構造的な部分は節約できないしするペきではない。P32


 桧の柱は高いといわれるが、キッチンに比べたらはるかに安い。
この家は杉材を多く使っているが、総工費860万円のうち、構造材には121万円しか使っていない。
杉を桧にしても、10万円も増えはしないだろう。
       基礎を含めた構造部分に171万円、
 屋根・外壁・サッシなどの内外装に328万円、
キッチン・電気・給排水などの設備に348万円、
                  その他に13万円、という内訳である。
いかに構造部分のウェイトが低いか判るだろう。

 本書を読むと、坪50〜55万円くらいの仕様だと思う。
本職に頼めば、42坪の家だから、42×55万円として、2、310万円かかる計算になる。
2、310万円−860万円=1450万円が、手間賃と請負者の儲けなのだ。
とすれば、構造材のウェイトはもっと低い。
それに構造材にはこれ以上のグレードがない。
それにたいして、内装材や設備は、まだまだ高級品を使うことが出来る。

 本書を読むと、請負で施工されている住宅の中身がよく見えてくる。
請負でやる以上1450万円を、ゼロにするわけにはいかない。
しかし、どこにこだわるのが良いのか、本書は家造りの本質と醍醐味を見事に書き記している。
自分たちで上棟した後、筆者は次のように書いている。

 目の前には昨日までの景色とは一変して巨大な(……と私には思えた)ものが出現している。これがすべて自分の手で刻んだ100本以上の材木の集合体。そしてこれが正真正銘自分たちの家だ。
「建った〜!」
 妻が、いまさらながらに感無量の声を上げている。(中略)
 もうとっくに陽が落ちて暗くなっているのに、なんとなくこの場を立ち去り難かった。今日突如その姿を現した「自分たちの家」の中でストーブに暖まっているのが楽しくてしょうがなかったのだ。お湯を沸かしてコーヒーを飲み、薪を焚き、さらに紅茶を飲み、いつしか辺りは真っ暗になっていた。
 薪ストーブの暖かさが二人の顔を照らしだす……う−ん、至福!!
 私はこのとき、これまで経験したことのない確かな充実感を感じていたのだった。P132


 すべて自力でやり遂げた人には、幸福の神様が微笑んでくれる。
これほどの大仕事でなくとも、少しでも自分で施工すると、家造りの充実感は何倍にもなる。
それを、ボクは「サー ファープロジェクト」で体験した。
設計から始めて、軸組の模型を作るところなど、誰にでも出来る。
そして、とても役に立つ。
本書は家造りを志すすべての人に勧めたい。
  (2010.5.1) 
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参考:
氏家誠悟「自分でわが家を作る本」山と渓谷社、2008
岡田秀子「反結婚論」 亜紀書房、1972
信田さよ子「脱常識の家 族づくり」中公新書、2001
今一生「ゲストハウスに住も う!」晶文社、2004年
クライブ・ポンティング「緑の世界史 上・ 下」朝日新聞社、1994
ダイアン・コイル「脱 物質化社会」東洋経済新報社、2001
谷田部英正「椅子と日本人 のからだ」晶文社、2004
塩野米松「失われた手仕事の思想」 中公文庫 2008(2001)
青山二郎「青山二郎文集」 小沢書店、1987
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みす ず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけの ヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あ なたはどれだけ待てますか」草思社、2002
谷田部英正「椅子と日本人のからだ」 晶文社、2004年 
ヘンリー・D・ソロー「森 の生活」JICC出版局、1981
野村雅一「身ぶ りとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」 新潮文庫、1993
服部真澄「骨董市で家を買う」 中公文庫、2001
エドワード・S・モース「日本人の住まい」八 坂書房、2000
高見澤たか子「「終の住み か」のつくり方」集英社文庫、2008
矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007
黒沢隆「個室 群住居」住まいの図書館出版局、1997
増田小夜「芸者」平凡社  1957
福岡賢正「隠され た風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」 みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みす ず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけの ヨーロッパ」平凡社、1997
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕 生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」 講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の 文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」 講談社、2001
鈴木了司「寄生虫博士の中 国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
李家正文「住まいと厠」 鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中 世都市と暴力」白水社、1999
武田勝蔵「風呂と湯の話」塙 書店、1967
ペッカ・ヒマネン「リ ナックスの革命」河出書房新社、2001
R・L・パーク「私たちはな ぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」 光文社新書、2009
松井修三「「いい家」が欲しい」 三省堂書店(創英社)
匠雅音「家考」 学文社
バーナード・ルドルフスキー「さ あ横になって食べよう」鹿島出版会、1985
黒沢隆「個室 群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・ミルグラム「服従 の心理」河出書房新社、1980
李家正文「住まいと厠」 鹿島出版会、1983

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