著者の略歴−1956年神奈川県生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科美学専攻卒業。早川書房勤務を経て、フリーランスライター。1991年『プロレス少女伝説』(かのう書房)で第22回大宅壮一ノンフイクション賞受賞。1993年『小蓮の恋人』(文芸春秋)で講談社ノンフィクション賞受賞。著書に『温泉芸者一代記』(かのう書房)がある。2001年3月に、44歳で急逝。 「動くゲイとレズビアンの会(アカー)」を設立し、<東京都府中青年の家利用拒否訴訟>にかかわった、7人のゲイたちを描いたドキュメンタリーである。 新美広28歳、神田政典28歳、永易至文27歳、風間孝26歳、大石敏寛25歳、永田雅司25歳、古野直25歳が、そのメンバーである。
本書は1991年から始まる。 1991年といえば、まだゲイは認知されていなかった。 ホモという言葉のほうが多く、しかも、ホモは変態であるという認識のほうが多かった。 1985年に厚生省による、最初のエイズに関する「公式発表」があったことも手伝って、エイズは男性同性愛者がかかるものだといわれていた。 今ではそんな誤解も解けた。 筆者は、<東京都府中青年の家利用拒否訴訟>のテレビ報道の第一報を聞いたときから、彼らに興味を感じて取材を始めた。 そして、1991年のサン・フランシスコのゲイパレードに、新美広とともに参加した。 筆者はストレートである。 ストレートの筆者がなぜ、ゲイに興味を感じたのだろうか。 その理由は詳しくは描かれていない。 しかし、ゲイが登場する時代背景は、きっちりと押さえられている。 (同性愛を大罪とみなす)認識に変化がきざしはじめたのは60年代後半だ。その時代、アメリカから始まり、日本を含む北半球の多くの国を席捲した思想、人種、性の多様化の解放運動は、アメリカ本国においては公民権運動に、女性問題においてはウーマンズリブへ結集し、文化においてはカウンターカルチャーの氾濫を、そして日本に波及した結果として、青年たちの<政治の季節>を産み落とした。その同じ運動が、既成の性規範の被抑圧者だった同性愛者の解放と顕在化に手を貸したのである。P30 本書は20代のゲイたちが、主として裁判に関わり合いながら、日常を生きていく風景を描いている。 ゲイの世界は狭い。 差別されている、拒否されていると感じると、どうしても生活圏が狭くなる。 それはゲイに限らない。 学生運動家たちだって同じだった。 しかも、当時のゲイたちは自分はおかしいのではないか、と自己暗疑におちいっていた。 なおさら世間が狭くなる。 いまでも同性愛を公表しない者が多い。 しかし、彼らはカムアウトした。 それは、大きな一歩だった。 さまざまな問題が、よく見えるようになった。 新宿2丁目も相対化されて、日本の中での、ゲイたちの置かれた位置がよくわかるようになった。
エイズ以前、パレードは白人の同性愛者による異性愛社会への示威運動にすぎなかった。だがエイズ以降、それはいまだに根深い人種差別の問題をひさずりながらも、より広範囲な同性愛者のためのパレードになりかわったのである。非白人の同性愛者のパレード参加は1988年、アメリカインディアンを囁矢とし、翌年東アジア、東南アジア系の人々が加わった。P74 ゲイ・ムーブメントは、フェミニズムと同様に、白人たちがおこしたものだ。 それが世界に広まって、我が国でもゲイが認知されてきた。 しかし、フェミニズムが日本的な歪曲を受けたように、どんな運動もその地域から切り離すことはできない。 本書は我が国の若いゲイたちを追う。 我が国には、サン・フランシスコのカストロ地区のようなゲイ・コミュニティはない。 個人がバラバラに切断されたままだ。 そうした環境で、ゲイたちは必死で仲間を捜し、アジールを作ろうとした。 いまでは多くのゲイの会があるが、当時はまったくなかったのだ。 あったのは、新宿2丁目だけ。 ゲイというよりホモたちが、ひっそりと憂さを晴らす場所、それが新宿2丁目だ。 年寄りのホモたちが、若い男を金で買う。 それが我が国の同性愛者たちだった。 しかし、本書に登場する男たちは、ちょっとスタンスが違った。 多分時代なのだろう。 彼らがもう少し早く生まれていれば、おそらくホモと同じ経路をたどったろう。 人は導きの人がいないと、どう生きて良いかわからない。 ゲイたちは、日本の各地で孤立していた。 田舎で息苦しくなって、都会へ出てくれば、たしかに同類はいた。 しかし、同類はホモであり、それ以外の生き方はなかったのだ。 同性愛者がゲイになるか、ホモになるかは、環境次第なのかも知れない。 本書のなかで、ゲイたちは家族の問題に突きあたる。 現代の家族が自律的な機能を失い、血縁の絆の建前のもとに、孤独な構成員を収納する箱と化しているという問題は、同性愛者が<いないつもり>で作られた社会においては、けして本気で語られることはない。 生活者としての同性愛者集団という、あらたな存在をかかえこんだあとでなければ、この問題はけして表面化しないからだ。血縁の絆によって漫然と結ばれた家庭から、主婦が消滅し、家長はそれを維持する意味を手放し、子供はそこへ碇をおろすに必要な抑止力を失った結果、家庭がただの箱に変わっても、異性愛者社会は同性愛者という対立者が顕わにならないかぎり、家庭は壊れていない<つもり>をふるまえるのである。 同性愛者の集団は、血縁が人間にとって唯一の結着剤だという建前にまっこうから対立する。とりわけ、彼らが生活者として家族に似た単位を集団で築き始めたとき、家族の問題はあらためて深刻にとらえなおすべさ事態として浮上するわずかな可能性をもつだろう。P237 ゲイの登場を待たずに、現代家族の破綻はすでに歴然としている。 本サイトはずっと昔から、<単家族>を主張している。現代家族の破綻を暴露しているのは、ゲイだけではない。 しかし、ゲイはまぎれもなく、現代家族からはみ出す存在である。 ホモのように偽装結婚しないかぎり、ゲイには現代家族をつくる契機はない。 HIVの陽性反応がでた大石敏寛が、1993年のベルリンの国勢会議でスピーチをするところで、本書は終わっている。 きわめて真面目なルポで、好感がもている。 当たり前のことだが、ゲイたちを普通の男性と描いているのがいい。 彼らのその後を知りたい。 (2010.6.21)
参考: 早川聞多「浮世絵春画と男色」 河出書房新社、1998 松倉すみ歩「ウリ専」英知出版、2006年 ポール・モネット「ボロウド・タイム 上・下」時空出版、1990 ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛 鳥新社、2001 伊藤文学「薔薇ひらく日を 薔薇族と 共に歩んだ30年」河出書房新社、2001 モートン・ハント「ゲイ:新しき隣 人たち」河出書房新社、1982 リリアン・フェダマン「レスビアンの歴史」 筑摩書房、1996 尾辻かな子「カミングアウト」講談社、 2005 伏見憲明+野口勝三「「オカマ」は差別か」 ポット出版、2002 顧蓉、葛金芳「宦官」徳間文庫、2000 及 川健二「ゲイ パリ」長 崎出版、 2006 礫川全次「男色の民俗学」 批評社、2003 伊藤文学「薔薇ひらく日を」河出書房 新社、2001 リリアン・フェダマン「レスビアンの歴史」 筑摩書房、1996 稲垣足穂「少年愛の美学」河出 文庫、1986 ミシェル・フーコー「同性愛と生存の美学」 哲学書房、1987 プラトン「饗 宴」岩波文庫、1952 伏見憲明「ゲイという経験」ポット出 版、2002 東郷健「常識を越えて オカ マの道、70年」 ポット出版、2002 ギルバート・ハート「同性愛のカルチャー研究」 現代書館、2002 早川聞多「浮世絵春画と男色」 河出書房新社、1998 ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛 鳥新社、2001 神坂次郎「縛られた巨人」 新潮文庫、1991 風間孝&河口和也「同性愛と異性愛」 岩波新書、2010 匠雅音「核家族か ら単家族へ」丸善、1997 井田真木子「同性愛者たち」文芸春秋、1994
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