匠雅音の家族についてのブックレビュー      なぜ若者は老人に席を譲らなくなったのか|大林宣彦

なぜ若者は老人に
席を譲らなくなったのか
お奨度:

筆者 大林宣彦(おおばやし のぶひこ)    幻冬社、2008年 ¥760−

編著者の略歴− 1938年広島県尾道市生まれ.映画作家.16歳頃から作り始めた、8ミリカメラによる自主映画が、主に美術関係のジャーナリズムから高い評価を得る.1963年、16ミリ第一作「喰べた人」がベルギー国際映画祭で審査委員特別賞受賞.1964年、テレビCMの草創期に関わり、20年間で制作CMが2千本超.1977年、「HOUSE/ハウス」で劇場用映画に進出、「ブルーリボン新人賞」受賞.1982年の「転校生」をはじめ、尾道3部作、新尾道三部作は有名.「異人たちとの夏」「青春デンデケデケデケ」「SADA」などで数多くの映画賞を受賞.講演会活動、執筆活動、作詞作曲を手かけ、テレビ出演などでも活躍中.2004年春、紫綬褒賞を受賞.2007年、「22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語」、「転校生 さよならあなた」公開.第21回日本文芸大賞・特別賞受賞の「日日世は好日」など著書も多数.

 本書の腰巻きに、<日本がこんな国になったのは、ボクの責任です>と書いてあるが、本当にそのとおりだと思う。
しかし、席を譲らない若者を責めるのは間違っている。
責任は生きることの尊さを、教えてこなかった大人にあるというが、筆者には教えるほどの能力がないだろう。
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 本書は間違った事実認識の上に立って、筆者の独りよがりを書き並べたに過ぎない。
こうした本が上梓されるのが不思議なのだが、本書は幻冬社から企画の提案があったのだという。
インタビュアーは田中裕という幻冬社の社員だが、文責は大林宣彦にあるのだから、大林宣彦を筆者として論じていく。

 日本がゆっくりと死の領域へ向かっているのはまぎれもない事実です。とりわけ、日本の文化は危機的状況にあるといっても過言ではありません。
 国の抱える莫大な負債、格差社会の到来、留まることのない少子高齢化に始まり、犯罪の低年齢化、凶悪犯罪の増加−様々な側面でぼくたちは身のまわりの「危機」を意識しているはずです。P12


というが、何をもって日本文化というかは置くとしても、まず犯罪はちっとも低年齢化していないし、凶悪犯罪も増加していない。
それに、国の負債の増大を、文化の危機というだろうか。
少子化を問題視するが、人口の多すぎることが戦争要因だったとすれば、人口が減ることは良いことだとも言える。

 国民が一億全員中流になったのは、高度成長期直後の一時期に過ぎない。
戦前は、今よりもっともっと酷い格差社会だった。
戦前の社長の給料と、平社員の給料を比べて見よ。
それに乞食もたくさんいたのが、戦前である。

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 戦前は、「心」がどうあるべきかを教えることのできる大人が大勢いたという。
しかし、戦前の心のあり方の結果、戦争へと進んだのではないだろうか。
古き良き日本といいながら、何が良かったのだろうか。

 日本とは何かについては、一切触れていない。
ただ戦前はよかったと言うだけである。
人間は70歳になると、思考力がなくなってしまうのだろうか。
だいたい、若者は老人に席を譲っている。
トイレでもきちんと並ぶのは若者であり、割り込もうとするのは老人である。

 戦後になって、ほんとうに良かったと思う。
戦前のままなら、いまだに男尊女卑がまかり通り、現実を見ないで、ただ根性を強調されただろう。
高齢者がふんぞり返って、若者たちは頭を押さえられ、自由な空気はなかったのが戦前である。

 筆者に認識の典型は思いこみである。
日本の木造建築は世界に類を見ない優れた技術の賜物だといわれています」と筆者はいう。
しかし、優れた技術の成果物が、木と紙でできた掘っ建て小屋だったのだ。
戦前の庶民の家は、細い柱と薄っぺらい壁でかこまれ、すきま風は入ってるし、耐寒住宅だったといっても良い。

 木造建築といって、法隆寺や東大寺をイメージしているのだろうが、あんなものを住宅には使えない。
たとえ社寺建築の技術を賛美するのであっても、その途中では丁寧に修理されてきたから、長持ちしたのだ。
今の建築だって、法隆寺や東大寺並みに手入れすれば、何百年でももつ。
長持ちすることは、長所の一つであって、長持ちする建築が最良というわけではない。
かつての木造建築より、今の建築のほうがはるかに優れている。

 アメリカ文化の激流が日本の文化を衰えさせたというが、文化も優劣があり優れた文化が生き残るのだ。
日本の文化は貧しく、優れていなかったのだ。
日本の文化が優れていなかったから、戦争に負けたのだ。
筆者はアメリカ文化を嫌うが、事実誤認も甚だしい。

 アメリカ人たちは、古い物を大事にする。
日本人が古い物を大切にしないのだ。
古い物を大切にしないのは、日本文化なのだ。
その典型は、伊勢神宮である。
伊勢神宮はたった20年で、充分に使える建築を壊してしまう。
季節の初物を好んだり、真新しい木を好む新しもの好きが、日本の文化の底流にはあるのだ。

 本書の後半になると、子供に対して発言するのではなく、子供は良いが大人が悪いと言い始める。
実体のない日本賛美、これこそ、戦前の日本そのものだった。
日本浪漫派を知らないわけではないだろう。
自分の願望が、事実をねじ曲げてしまう日本人根性、その典型が筆者であり本書である。
情けない年寄りの姿をさらしている。  (2010.7.26) 
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参考:
鈴木邦男「公安警察の手口」ちくま新書、2005
高沢皓司「宿命」新潮文庫、2000
見沢知廉「囚人狂時代」新潮文庫、2000
ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994
山本譲司「累犯障害者」新潮社、2006
足立正生「塀の中の千夜一夜」愛育社、2005
三浦和義「弁護士いらず」太田出版、2003
浅野健一「犯罪報道の犯罪」新風舎文庫、2005
山崎哲「<物語>日本近代殺人史」春秋社、2000
菊田幸一「日本の刑務所」岩波新書、2002
有村朋美「プリズン・ガール」新潮文庫、2005
佐藤清彦「にっぽん心中考」文春文庫、2001
管賀江留郎「戦前の少年犯罪」築地書館 2007
浜田 寿美男「自白の研究」三一書房、1992
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
流山咲子「女子刑務所にようこそ」洋泉社、2004
藤木美奈子「女子刑務所」講談社文庫、2001
ヨシダトシミ「裁判裏日記」成美堂出版 2008
小室直樹「痛快!憲法学」集英社、2001
芦部信喜「憲法判例を読む」岩波書店、1987
D・T・ジョンソン「アメリカ人のみた日本の検察制度」シュプリンガー・フェアラーク東京、2004
河合幹雄「安全神話崩壊のパラドックス」岩波書店、2004
河合幹雄「日本の殺人」ちくま新書、2009
和田秀樹「困った老人と上手につきあう方法」宝島新書、2009
都築響一(聞き手)「性豪 安田老人回想録」アスペクト、2006
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か その言説と現実」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981
野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001
エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000
高見澤たか子「「終の住みか」のつくり方」集英社文庫、2008
矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
増田小夜「芸者」平凡社 1957
福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999
武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009
匠雅音「家考」学文社
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
大林宣彦「なぜ若者は老人に席を譲らなくなったのか」幻冬社、2008

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