匠雅音の家族についてのブックレビュー   空気の研究|山本七平

空気の研究 お奨度:☆☆

筆者 山本七平(やまもと しちへい)  文春文庫、1983(1977)年 ¥467−

編著者の略歴− 大正10(1921)年、東京に生れる。青山学院卒業。昭和33牛山本書店を創立、その後精力的な執筆活動に入る。平成3年12月死去。著書に「日本人とユダヤ人」「ある異常体験者の偏見」「『空気』の研究」「私の中の日本軍」「聖書の旅」「洪思翊中将の処刑」など多数。また、イザヤ・ベンダサン著 山本七平訳として、「日本教徒」「中学生でもわかるアラブ史教科書」「日本人と中国人」ほか多数の著書もある。
 本書は1977年に上梓されている。
最近、小松真一の「虜人日記」を読んで感心し、それに引きずられるように山本七平の「一下級将校の見た帝国陸軍」や「私の中の日本軍」を読んだ。
そして、本書に辿りついた。
ボクは筆者にキワモノ的な偏見を持っており、ずっと読まず嫌いをしていた。
何と愚かなことだったろう。
今さらではあるが、完全に認識を改めた。

 本書には、空気の研究、「水=通常性」の研究、日本的根本主義について、の3本の文章が収められている。
空気という言葉が、すべての文章に関連しているので、表題として選ばれたという。
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 日本的の人間的体制の見本を探ることが、本書の主題だと扉に書かれているが、きわめて説得的であり、納得させられた。
ボクも1982年に<認識×6+忘我論>を書いたように、同じような問題意識を持っていた。
しかし、それは1977年に上梓されていた本書によって、相当程度に解決されていた。

 我が国では、原理的に否定されていることでも、状況によって肯定されてしまう。
たとえば、航空機の保護なしに戦艦を出撃させることは自殺行為であると認識されており、日本軍の指揮官達も同じように考えていた。
しかし、戦艦「大和」は航空機の保護なしに出て行って、たちまち撃沈されてしまった。
こうした原則を無視するとでも呼べる行動が、日本人には非常に多く、しかも重大なときに見られる、という。
原理・原則を覆して行動させてしまう正体が空気だと言うのである。

 筆者のいう空気とは、現在でもKYといって、空気が読めないと言われるものである。
空気が読めないことを悪いことのようにいうが、決してそうではない。

 空気が人間の行動を拘束する原因を、筆者は物に臨在感的把握を絶対化してしまうことだと捉えている。
つまり、本来感情を持たないものであるはずの物に、感情移入してしまう現象と言ったら良いだろうか。
たとえば、被告が死んでしまった裁判に、遺影を持ちだすがごとき行為である。

 ほんらい意思のないものに、かくあって欲しいという感情を投影してしまう。
同じことを人間に対しても行う。
やった行為ではなく、その人がいい人(=純粋な人?)かどうかが、行為を判断する基準になってしまう。
その結果、恐ろしいことが起こる。

 私はこれは結局、アニミズムの社会の伝統的行き方であり、われわれがその時点その時点での”純粋な人間”と評する人びとは、結局この民族的伝統に純粋に忠実な人の意味であろうと思う。そしてこの世界の破局的な危険は、全民族的支配的”空気”が崩れて他の”空気”に変ることなく、これが純粋な人間に保持されて、半永久的に固定化し永続的に制度化したときに起るはずである。それはファシズムよりもきびしい「全体空気拘束主義」のはずである。
 それを避けるには、どうすればよいか。<中略>われわれはここでまず、決定的相対化の世界、すべてを対立概念で把握する世界の基本的行き方を調べて、”空気支配”から脱却すべきではないのか。ではどうすればよいか、それにはまず最初に空気を対立概念で把握する”空気の相対化”が要請されるはずである。P71

 教育勅語のように言語もしくは名称が写真とともに偶像となり、礼拝の対象となって、この偶像へ絶対帰依の感情が移入されれば、その対象は自分たちを絶対的に支配する「神の像」となり、従って、天皇が現人神となって不思議でないわけである。天皇は人間宣言を出した。だが面白いことに明治以降のいかなる記録を調べても、天皇家が「自分は現人神であるぞよ」といった宣言を出した証拠はない。P72


 空気といった言葉を使うと、学問的・科学的とは思われにくい。
そのため、筆者はとても損をしているようだ。
学者の論に比べて、筆者の論は広く認められにくい。
しかし、言うところは正確である。
むしろ、学者達の論をすら相対化する。

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 ボクも同じようなことを考えていた。考察すべき対象に感情移入してしまう。
また、事実に対して、かくあって欲しいという感情的な判断を加えてしまう。
そのため、事実を事実としてみることができず、判断を誤ってしまう。
こうした心性が日本人には強いのではないか、と思ってきた。
そのため、筆者の論はよく理解できる。「全体空気拘束主義」とは正に正鵠を突いている。

 戦前は反体制運動への弾圧が厳しくて、多くの転向者を出した。
しかし、転向者の多くは職業を斡旋されたりして、天皇制支配体制に上手く順応していった。
社会主義者や共産主義者であっても、日本人である限り、心的な構造は天皇主義者と同じであり、信じる対象が違うに過ぎない。
そのため、何かのきっかけで社会主義から天皇主義に信心替えをすることは可能だったのである。

 支配者側の人間が、煮ても焼いても食えないと嫌ったのは、じつは自由主義者だったという。
自由主義者こそ、事実を事実として見、物事を相対的に捉えようとする者だから、絶対化しようとする人間とは水と油なのである。
物事を相対化する姿勢は、自由を基にして個人なる観念を誕生させた。

 戦前の日本の軍部と右翼が、絶対に許すべからざる存在と考えたのは、「自由主義者」であって、必ずしも「社会主義者」ではない。社会主義は、ただ方向を誤っただけで、彼らの意図そのものは必ずしも誤りでないから、方向さえ変えさせれば、いわば転向さえすれば有能な「国士」になると彼らは考えていた。従って、転向者の多くは軍部の世話で、「満鉄調査部」に勤めていたところで、それは必ずしも不思議ではない。だが彼らは、自由主義者は、箸にも棒にもかからぬ存在と考えていた。<中略>自由主義者とは「転向のさせようがない人間」いわば、彼らにとっては、「救いがたい連中」だったわけである。では彼らはどういう人間を「自由主義者」と規定したのか。簡単にいえば、あった事実をあったといい、見たことを見たといい、それが真実だと信じている、きわめて単純率直な人間のことである。P139

 この指摘は納得できる。
空気拘束主義は、自由主義とは両立できない。
明治以降、社会主義、共産主義しかり、多くの西洋理念を導入した。
天皇主義だって、ドイツから移入したものだ。最近ではフェミニズムも移入した。
しかし、自由こそ我が国に移入できないものなのだ。
考える自由という概念は、我が国ではなかなか理解されない。

 世界では女性が自由を求めた結果、フェミニズムが誕生したのだが、フェミニズムの自由を志向することが理解できない。
だからフェミニズムも簡単に信仰の対象になる。
自由はむしろ我が侭と捉えられやすい。
自由の裏には、絶対の孤独が張りついていることも理解できない。
自由と個人は同じことの裏表で、自由は個人に支えられることも理解できない。

 こうした資質は、保守革新を問わないし、老弱男女を問わない。
55年体制を支えた自民党と、社会党が同じ体質だったように、国民的な資質といって良い。
フェミニズムを奉る女性たちだって、自由を知らないことにおいて、我が国の男性とまったく同じ資質である。

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 空気の拘束は、組織の構成員に、組織を温存するように強制する。
家族を守るために、父親は子供をかばい、会社を守るために社長は社員をかばい、社員は社長をかばう。
そこでは自由を尊び、事実に殉じる姿勢は薄い。
現在でも内部告発したら、組織内のさらし者になる。

 公害企業や東電の社員達の行動は、組織基準が変わらないことを物語る。
内部の事情を外部にはもらさず、内部の秩序で処理しようとする。
上が下をかばい、下が上を慮って、問題は内々に処理される。
いわば「父と子の隠し合い」が善意のうちに行われて、秩序が維持されていく。

 問題は、この秩序を維持しようとするなら、すべての集団は「劇場の如き閉鎖性」をもたねばならず、従って集団は閉鎖集団となり、そして全日本をこの秩序でおおうつもりなら、必然的に鎖国とならざるを得ないという点である。鎖国は最近ではいろいろと論じられているが、その最大の眼目は、情報統制であり、この点では現在の日本と、基本的には差はない。従って問題は、この日常性が政治、経済、外交、軍事、科学等々と言った部門を支配し、こういう形で、すなわち「父と子の隠し合い」の真実に基づく状態で、種々の決定が行なわれて果してそれで安全なのか、という問題である。そしてこのような方法に基づく決定が、その最弱点を露呈する部分が、おそらく外来思想、外交、軍事、科学的思考、すなわち鎖国が排除した部分なのである。P163

 われわれは確かに「世界の趨勢」を追っかけて来たし、これが「趨勢だ」ですべてがすんだ時代は「自由」は「不能率」の同義語として笑殺してよかったし、その方が問題が少なかった。ただ、この方法が通用しない位置に達したとき、その「何かの力」は方向を失い、新しい臨在感的把握の対象を求めて徒らに右往左往し、衝突し、狂躁状態を現出して自らの「力」を破壊的にしか作用し得なくなって当然である。その力は破滅と知りつつ外部に突出もしようし、内部的混乱で自壊することもあろう。そしてその時にそれから脱却しうる唯一の道は、前述のあらゆる拘束を自らの意志で断ち切った「思考の自由」と、それに基づく模索だけである。−まず”空気”から脱却し、通常性的規範から脱し、「自由」になること。この結論は、だれが「思わず笑い出そう」と、それしか方法はない。
 そしてそれを行ないうる前提は、一体全体、自分の精神を拘束しているものが何なのか、それを徴底的に探究することであり、すべてはここに始まる。P169


 こうした記述を読むと、本サイトが大学フェミニズムから不評なのがよく判る。
本サイトは空気からは屹立しようとしているし、自由をこそ最も大切な理念と考えている。
我が国ではフェミニズムといえども、世界の趨勢に従ったのであり、自由獲得として生まれた運動ではなかった。

 本書が描く空気に支配される資質は、組織が内向きになる性向をよく解明している。
大は国家という組織から、軍隊、会社などなど、組織の内外を別の規律が支配する。
自己の信念とか、信ずべき信条といったものが、空気に支配された現世的な利益に破れていく。
これでは思想など鍛えられようがない。

 空気の支配とは、おそらく海外から近代化を輸入したことと、土着の理念を融合させる過程で生じたのだろう。
そのため、昭和期以前の人びとには「その場の空気に左右される」ことを「恥」と考える一面があったと言う。
ということは、戦後のほうが実利に従う傾向が強かったのだろう。
失敗の本質」を支える理論書といったら良いだろうか。

 本書が上梓されてから約30年たった。
高度成長がおわって、失われた20年を経過して、ますます内向き指向が強くなった。
日本人は自由を希求することはないのだろうか。
イスラム世界ですら自由を希求し始めたのだから、そんなことはないと信じたい。
今では公害などへの論及には疑問点もあるが、主題に影響はないので、遅ればせながら星を2つ献上する。
(2012.5.5)
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
石原里紗「ふざけるな専業主婦 バカにバカといってなぜ悪い」新潮文庫、2001
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
田嶋雅巳「炭坑美人 闇を灯す女たち」築地書館、2000
モリー・マーティン「素敵なヘルメット 職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
シェア・ハイト「なぜ女は出世できないか」東洋経済新報社、2001
山本七平空気の研究」文春文庫、1983

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