編著者の略歴−1962年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。国立国会図書館職員、日本経済新開東京本社社会部記者を経て、東京大学大学院法学政治学研究科樽士課程中退。東京大学社会科学研究所助手、山梨学院大学助教授、明治学院大学助教授を歴任し、現在、明治学院大学国際学部教授。専攻は日本政治思想史。主な著書に『〈出雲〉という思想』(講談社学術文庫)、『民都」大阪対「帝都」東京』(講談社選書メチエ、サントリー学芸賞)、『大正天皇』(朝日選書、毎日出版文化賞)、『増補 皇居前広場』(ちくま学芸文庫)、『昭和天皇』(岩波新書、司馬遼太郎賞)、『滝山コミューンー1974』(講談社文庫、講談社ノンフィクション賞)、『影の磁力』(幻戯書房)、共著に『団地の時代』(新潮選書)ほか多数。 1950〜70年代にかけての高度経済成長期に、大都市における住宅不足を解消すべく造られた<団地>を、政治思想史の観点から考察するものだ、と本書はいう。 当時、大勢の労働者が都会をめざして、田舎から中卒で上京してきた。 そうした労働者たちの住まいは、劣悪な木造賃貸アパートだった。 木造賃貸アパートは、風呂もなくトイレも共同というものが多かった。 そのうえ、各戸を隔てる壁は薄く、大きな声は筒抜けだった。 そのため、政府は住宅公団を通じて、郊外に大規模な賃貸用住宅を建設したという。
この賃貸用住宅が<団地>とよばれて、高い家賃にもかかわらず大人気になった。 しかし、高い家賃が支払えるのは、田舎から上京してきた労働者ではなかった。 当時生まれつつあった事務職たちだったのだ。 この頃は、工場労働も肉体労働が主でありながら、管理部門の事務職=サラリーマンが広範に誕生しはじめており、サラリーマンたちはそれなりの高給を取り始めていた。 食事をする部屋と就寝する部屋を分けた食寝分離なる概念に支えられた団地は、洋風住宅として大いなる人気を博した。 とくに水洗トイレや各戸に風呂があり、キッチンに厨房機器がそなえられて、それまでの日本の庶民の住宅とは掛け離れたものだった。 しかし、何としても狭かった。 2DKの住戸も、部屋の大きさは4畳半と6畳だった。 そのうえ、団地サイズと言われる如く、畳は通常のものより小さいし、まるで動物小屋のようだった。 しかも、都心の勤務先からは1時間以上もかかった。 こうした団地に入居したのは、若い事務員たちだった。 その結果、次のような状態になったのは周知であろう。 2008年10月、全国公団住宅自治会協議会(全国自治協)は「団地の生活と住まいアンケート」を実施した。その結果は、驚くべきものであった。回答した101、780世帯のうち、70歳以上が34.3%、60歳代が27.6%を占め、この両者で全体の6割を超えた。わずか3年前の調査では、70歳以上が26.4%だったのを踏まえれば、団地の高齢化が急速に進んでいることがわかった。全国自治協の井上紘一事務局長は、「公団住宅の現状は最も多い70歳以上を天辺にして完全な逆ビラミッド型の人口構成になつている。この急速な高齢化は衝撃的といえる」(『ザ・ニューキー』2008年11月15日)と話している。P11
一定の空間を設定し、そこに当てはまる人間を詰め込んでいけば、その空間に適合した家族が住むのは当然ではないか。 そして、何年かすれば入居者たちが年老いるのも当然だから、老人たちしか残らないのも当然だろう。 団地に限らず、現在の少子高齢化は、予測できたことである。 つい最近まで、やがて女性たちがたくさん子供を産むと、根拠なく想定していた。 事実の予測が希望的観測となってしまい、科学的な視点をまったく欠いていた。 最近でこそ少子化は不可避だと認識するようになったが、それでも我が国ではいまだに核家族モデルを守ろうとしている。 本書は団地はコンクリートの壁で区切られていたので、家族のプライバシーを守ったとか、革新系政党の支持基盤になったとか、コミュニティを崩壊させたといっている。 そして、政治運動との関連に大きく紙幅をさいている。 また、団地が夫婦と2人の子供という標準家族をうみだしたという。 「りえんと多摩平」に比べれば、各団地で進められている再生の試みはまだ「一住宅=一家族」モデルの枠内にあり、いかにも中途半端に見えてしまう。しかし繰り返しになるが、当の団地住民自身、決してプライベートな空間に規定された「一住宅=一家族」モデルに満足していたわけではなかった。「政治」が「空間」を作り出したのが旧ソ連や東欧の集合住宅だったとすれば、逆に「空間」が「政治」を作り出したのが日本の団地だったのだ。P267 我が国の政治が団地を造ったのは間違いないのだから、政治は空間を作るだろう。 しかし、空間が政治を作りだすことにあっては、ずっと影響が薄いだろう。 筆者のように言うなら、かつての農家や狭かった下町の住宅は、どんな政治を生むことになるのだろう。 しかも公団に入居できたのは、給料生活者だった恵まれたサラリーマンだったのであり、職人や日雇い労働者ではなかった。 我が国の住宅政策を考える上で忘れてならないのは、職場と住まいの関連が無視されたきたことだ。 たとえ、狭い2DKであっても、団地の近くに職場があれば、住民は高齢者だけが残ることはなかったろう。 建築は人間関係を作ることにおいて、それほど大きな力をもたない。 団地住人の高齢化や孤独死を、団地がもたらしたコミュニティ志向の衰退と個人主義の台頭だというのも的外れだろう。 住宅のあり方がどうあろうとも、仕事からの影響のほうが大きいはずである。 というのは人間は住まいの論理に従わなくても生きていけるが、仕事の論理に従わなければ生きていけないからだ。 現代の若者たちに、より開かれた空間を好む志向があるというが、個人の殻を守った上での話しに過ぎない。 間仕切りの不確定なかつての民家には、現代人が一時的に住むことはできても、住み続けることはきわめて難しくなっている。 本書は歴史的な事実に拘って、近代の基本的な認識を欠いているように感じる。 (2013.1.10)
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