匠雅音の家族についてのブックレビュー   変容する世界の家族|編筆者 清水由文、菰渕緑

変容する世界の家族 お奨度:

編筆者 清水由文、菰渕緑  ナカニシヤ出版  1999年 ¥2400

編著者の略歴−
 7人の仲良しグループが、7ヶ国の家族事情をさらっている。
教授になっている人が多いのだから、1人で1冊を書き上げてほしい。
1冊書き上げる力量はあるだろう。
223ページの本を7人で分けたら、深い描き込みはできないではないか。
マードックの社会構造トッドの家族類型やグードの研究などを上げているが、最初から彼らにはかなわないと白旗を揚げてしまっている。

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 伝統的家族、近代家族、ポストモダン家族という言葉も使われているが、こうした流れとしてとらえる発想も、また外国からの受け売りである。
才能のない学者たちが、外国人研究者の後追いをしながら、要領よく纏めて見せている。
こうした仕事が教授職にある者によってなされる限り、我が国の家族学は大きな発展を望めないだろう。

 章立ては次のようになっている。

第1章  中国の家族 松戸庸子
第2章  韓国の家族 服部民夫
第3章  タイの家族 竹内隆夫
第4章  イギリスの家族 清水由文
第5章  オーストラリアの家族 菰渕緑
第6章  アメリカの家族 久保田由佳子
第7章  フランスの家族 犬伏由子


 解放前の中国の家族は、大家族ではなかったという。
今世紀初頭までの1900年間の1世帯あたりの平均家族規模は、5.5人程度と想像される。
そのうえ、1949年の解放までの家族数は、5.17〜5.38人程度と推定されている。
だから大家族ではなかったというのだ。

 多くの社会学者は現実の家族規模と、その社会が理想とする家族規模を分けて考えていない。
平均的に考えれば、前近代のどんな社会だって、5〜7人程度の家族規模だろう。
なぜなら前近代の家族規模は、短い寿命と耕作面積によって決まってしまうのだ。
機械のない時代には、庶民はそんなに広い耕作面積を持つことは不可能である。
しかし、小作人たちを使える上層農家にとっては、家族の人数ははるかに多くなる。
そして、裕福になる。

 上層農家では多くの使用人もいただろうし、子供を産めない女性の地位は低かったに違いない。
土地という制約のもとで生きるには、皆平等などといったことは言っていられなかったのだ。
多くの家族が5〜7人家族だったとしても、土地を持たない者は家族を作ることができなかったので、多くの単身者がいたはずである。
そうした社会では税金も家単位にかかるので、大家族が理想の家族形態になるのだ。

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 中国では解放を通じて、経済システムが大きく変わったので、家族のあり方も変わった。
そして、生活優先での結婚が多くの離婚を生み出したが、愛情優先での結婚へと変わってきたという。
しかし、農業が主なる産業である限り、愛情による結婚は不可能だから、愛情による結婚が普及し始めたことは工業が普及したことを意味するのだ。

 韓国については、驚異的な事実が示されている。
韓国が経済成長を開始した1960年は、1人あたりのGDPが約80ドルだったという。
それが35年後の1995年には1万ドルを超えるまでになったという。
たった35年で約130倍になったのだ。
まさに開発独裁の面目躍如であったろう。

 こうした数字をたたき出すためには、農業人口を減らし工業人口を増やさなければならないし、やがて、工業人口も減らしてサービス産業の人口を増やさなければならない。
事実1995年には、サービス産業従事者は60%を超えたのだ。
21世紀に入ってからの動向は周知の通りである。

 農業は5〜7人の家族を養うことはできるが、工業の核家族は3〜4人がせいぜいである。
21世紀の情報社会になって、韓国女性はやっと1人の子供産むだけである。
もちろん農業従事者は10%以下だから、社会全体では多産はあり得ない。
情報社会の進展とともに、感覚の家族も西洋化してくのは防ぎようがないだろう。

 タイは1995年段階で、約52%が農業に従事している。
そのため、農業と農業以外の所得格差が激しく、工業化が短期間に進行したので、農業社会の行動規範が社会全体に色濃く残っている。
そのうえ東北地方のイサンの貧しさは格別である。
避妊の普及と長寿化は、若者の数を減らしているが、期間が短いためにその影響はまだ少ない。
子供結婚に際しても、高齢者の発言権が強いというべきである。

 タイ家族の特徴は、妻方居住であることだ。男の子は結婚によって、長男から順に生家を出て行く。
長女は結婚によって敷地内に分家する。
そして、末の女の子が旦那をもらって両親と一緒に住むというのだ。
しかし、工業化の進展は、若者たちを都市へと誘い出している。
そのため、家族の小規模化をうながしている。
近代化に踏み出した時期に応じて、日本、韓国、中国、タイと、ほとんど同じ道を歩いている。

 イギリス、オーストラリア、アメリカそしてフランスの家族は、もう近代化が終わった様相を示している。
オーストラリアがイギリスからの流刑地だったこと、アボリジニという原住民がいたことが特異だが、すでに近代国家としての体裁を整えてしまった。
また、アメリカも多くの奴隷をもったことが他の国と違うが、核家族が標準ではなくなっていることは他の先進国と同じである。

 夫婦の平等化の動きは、社会における男女平等を目指す動き、とりわけフェミニズム運動の成果でもあるが、背景には女性労働の増大による女性の経済的自立の獲得がある。主婦が大衆化した1950年代、女性労働の割合は減少を続け、1961年労働者に占める女性の割合が28.2%と史上最低を記録した。性別役割分業に基づく専業主婦の時代である。しかし、今や共働きカップルの時代がきている。1994年には、25歳から49歳までの女性の65%が働いていた。女性の経済的自立が家族を変化させ、法律上の平等の実現につながっていった。
 夫婦関係における個人の自由の尊重は平等の実現ほど目立ちはしないが、事実婚に脅かされている法律婿を擁護するためには、婿姻をより拘束の少ないもの、個人の自由意思に基づく関係として捉え直す必要があった。その結果として、夫婦関係解消の自由を大幅に認める必要がある。1975年の離婚法改正は離婿自由の拡大に向かうものであった。P212


 上記はフランスの例だが、本書が取り上げている7ヶ国はそれぞれに特徴がありながら、工業化=近代化の速度に応じて似た様相を示している。
とりわけイギリス、オーストラリア、アメリカそしてフランスは、情報社会に入ったので核家族は標準ではなくなって、単家族化している。
本書は先進国では家族が多様化していると言うが、むしろ途上国のほうが一夫多妻などもあって、家族形態は多様なのではないだろうか。
むしろ専業主婦を生みだした近代こそ特殊な家族形態だったのだ。  (2013.9.2)
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参考:
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桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
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ヴェルナー・ゾンバルト「恋愛と贅沢と資本主義」講談社学術文庫、2000
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オリーブ・シュライナー「アフリカ農場物語」岩波文庫、2006
エマニュエル・トッド「新ヨーロッパ大全」藤原書店、1992
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エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
ロバート・C・アレン「なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか」NTT出版、2012
編筆者 清水由文、菰渕緑「変容する世界の家族」ナカニシヤ出版、1999

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