匠雅音の家族についてのブックレビュー     服従の心理−アイヒマン実験|スタンレー・ミルグラム

服従の心理  アイヒマン実験 お奨度:☆☆

著者:スタンレー・ミルグラム−河出書房新社、1980 ¥3、107−

著者の略歴−ニューヨーク市立大学大学院の心理学教授。1960年ハーヴァード大学から社会心理学のPh.Dを受けた。エール大学で、3年間助教授をつとめたのちハーヴァード大学に戻り、4年間教育と研究に従事、以後現職にある。1964年、本書に報告されている<権威への服従>にかんする研究によって、アメリカ科学進歩協会の社会心理学賞を受賞した。
 アメリカでは1974年に出版され、わが国では1980年に翻訳出版さている。
アイヒマン実験と副題がついているように、権威の服従する人間の心理を分析したもので、
きわめて恐ろしい結果が描かれている。
この実験は被験者を騙しておこなったのであり、
被験者の人権にそれほど配慮しなくても良かった時代の実験である。
今ではこのような実験はできないだろう。
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服従の心理

 服従の本質とは、自分の行動の責任が自分にあるとは思わなくなることだ、と筆者はいう。
個人の道徳的判断と権威が矛盾したときには、権威をはねのけるべきだとは言うが、
それがいかに難しいか本書の実験によってわかる。

 自分の仕事をしているだけで、特別な敵意を何らもっていない普通の人が、
恐るべき破壊活動の一翼を担いうるのである。
しかも、良心に従って不服従を選ぶと、
社会的な信義を裏切ったという身を切られるような思いに悩むことになる。
そうした過程が一部始終を実験によって追認されていく。

 こうした心理はよく判ることである。
太平洋戦争は間違っていたといわれる。
しかし、その渦中にいた者には、たとえ間違いが判っても、
反戦的な行動をすることが難しかったに違いない。
一つの文化に生活する者は、服従も不服従も同じ文化内の選択なのである。
服従・不服従のいずれも内的な葛藤が生じることは間違いない。

 個人的な人間に、服従と不服従の違いがあるかという質問に対して、本書は次のように言う。
 
 カトリック教徒はユダヤ教徒やプロテスタソト教徒よりも服従的であった。教育の 高い者は低い者より反抗的であった。法律、医学、教育などの精神的職業の者は、工学、物理学など、より技術的職業の者より大きな反抗を示した。 兵役期間が長いほど、高い服従が見られた。ただし、元将校は、兵役の長短に関係なく、下士官として兵役をつとめた者より、 服従の水準が低かった。P266

と言ったあと、本書は次のように結論付けている。

 ある単一の気質が不服従と結びついていると信じたり、親切ないい人は服従を拒否し、残酷な人は服従するといった単純な主張に走るのは、間違っていよう。(中略)個人がどうふるまうかを決定するのは、彼がどんな種類の人間かということよりはむしろ、彼がどんな種類の状況におかれているかということなのである。P267

まさにそうだろう。
状況によって人間は訓練されるのであり、訓練によって如何様にでも変わりうるのである。
それは転向の問題でもあるし、共産党によってなされた洗脳ともいえる対応にあてはまる。

 この実験を、わが国でやったらどういう結果がでるだろうか。
アメリカ人とはまったく違う資質があらわれるのだろうか。
自分の思考は自分の行動を律しているはずだとは思いながらも、
こうした実験結果を見せられると自分に自信がなくなっていく。
この実験が示す結果は、おそらく我が国でも通用するだろう。

 いろいろと考えさせられた本で、いずれの分野であれ社会科学をやる人には必読の文献だと思う。
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969

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