匠雅音の家族についてのブックレビュー     戦争請負会社|ピータ・W・シンガー

戦争請負会社 お奨度:☆☆

著者:ピータ・W・シンガー    NHK出版、2004年   ¥2500−

 著者の略歴−1997年プリンストン大学卒業。2001年ハーバード大学で政治学の博士号を取得。現在は米ブルッキングズ研究所国家安全保障問題研究員、同研究所対イスラム世界外交政策研究計画責任者を務める。また、「ボストン・グローブ」、「ニューヨーク・タイムズ」など新聞各紙に寄稿するほか、ABC、BBC、CBSなどのテレビ番組にコメンテーターとして出演している。本書Corporate Warriors:The Rise oh the Privatized Military Industryは、アメリカ政治学協会から2003年最優秀政治学図書としてダラディス・M・カメラー賞が授与された。

  我が国では軍人が尊敬されていない。
そして、軍備や軍隊というと、最初から拒否反応を示す人がいる。
軍備や軍隊を考えなければ、戦争が存在しないかのようだ。
しかし、戦争は人間の歴史と同様に古いものであり、軍隊を考えることは必要にして不可欠である。
本書は、国家の独占だったはずの軍隊が、民間企業化されつつあるという。
とても読みにくい本だが、その内容に星を献呈する。
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 現代社会では、軍事力は国家の独占であり、私人の所有にはならないと考えられる。
しかし、軍事力が国家の独占となったのは、近代国家の誕生によってである。
それ以前には、武士や傭兵といった形で、軍事力は私有されていた。
近代国家の誕生とともに、市民が国家の主人公となり、自分の領土への愛着が発生した。
ここで愛国心が発生し、武力が国家に専属し、徴兵制が機能し始めた。

 前近代にあっては、支配者は武士や王侯貴族であり、庶民は支配とは無関係だったから、国民意識を持ちようがなかった。
前近代人は地域や職業、家族などへの愛着はあっただろうが、愛国心は持っていなかった。
市民革命によって支配権をつかんだ市民が、国民国家を誕生させ、成人男性のすべてを兵士に仕立ていることに成功した。

 近代国家になって誕生した徴兵による軍隊は、自分たちの領土を守るのだから非常に強力だった。
封建時代の傭兵たちを次々にうち破り、自国を守る軍人意識を醸成させた。
経済的な動機で動く傭兵と違い、徴兵された軍隊は愛国心というイデオロギーで武装していた。
だから、ぎりぎりの状況になっても耐えた。
そして、自国を守る軍人は、全国民から尊敬された。

 女性が社会的に台頭し、核家族が単家族へと分解し始めたことは、近代の約束事が崩壊を始めたことを意味する。
徴兵制の復活を危惧する人がいるが、徴兵制は近代国家に固有のものだから、もはや徴兵制は成立しえない。
そのうえ、近代国家が崩壊すると、愛国心を形成できないので、
たとえ徴兵されても、徴兵による兵士たちは弱いものでしかない。

 国家に専属していた軍隊に代わって登場してくるのが、民営軍事請負会社だと本書はいう。
当サイトは、近代から後近代へと入りつつあると、何度も言ってきた。
本書は、軍備の世界でも、近代の枠組みが崩れつつあることを教えてくれる。

 過去の私的軍事組織と今日の傭兵との間にはある種、類似するところがあるが、現在の潮流であるPMF(民営軍事請負企業)とは根本的な違いがいくつかある。グローバリゼーションと冷戦の終結との結果として、民営軍事市場は1700年代以来、誰も見たことのない勢いで拡大している。再正当化もある程度まで進んできたし、昔のようにほぼ公然たる取引が多少は受け入れられるまでに開かれてきた。
 本質的な違いは軍事業務の法人企業化にある。PMFは会社としての構造を持ち、商売第一の理念のもとに活動している。事業体として、複雑な財政的つながりを通して業界内外の他社としばしば連携している。P94


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 軍隊は原野でも海の上でも、戦うために生存しなければならない。
戦うことは、生きることが前提になっている。
つまり軍隊とは、独自の生命維持機能をもった集団である。
前線を維持するためには、兵站が必要であり、整備・訓練・連絡が必要であり、休養や娯楽すら必要である。

 軍隊への慰問は、私人が行うことが多いが、訓練や補給は軍人の仕事だと考えられる。
軍の仕事は、民間のやっていることと同じことがたくさんある。
が、軍の仕事はすべて戦場へと直結すると考えられてきたので、税金をもって軍人たちが直営で行ってきた。
しかし、直接的な戦闘も含めて、すべての軍事行動が民営化できる。
サッチャリズムをもちだすまでもなく、むしろ民間のほうが効率がいい。

 2004年の夏には、イラクにいる民間の軍事要員の数は2万人ほどに上昇し、60を超える企業で働いていて、1991年の湾岸戦争当時の米国軍将兵と民間の請負企業従業員との比率を比べるとそのおよそ10倍であった。このことは、民営軍事請負業が実際にはイラクに派遣された国際的な「参戦希望連合」のなかで2番目に大きな兵員で、非アメリカ人兵士全体にほとんど匹敵することを意味した(これは「参戦希望(willing)」ならぬ「金銭希望(billing)」連合と改名する方がふさわしいかもしれない)。しかし、これだけ数が増えると、人的損害も大きい。2004年の夏までに、115名を超える民間契約人員がイラクで殺されたと考えられ、300人ないし400人が負傷したと推定されている。さらに、この数字は連合軍の死傷者の数より大きいばかりでなく、過去のどんな民間軍事作戦の死傷者数をも上回っている。P8

 ある意味で、軍事支援部門の企業は、正規軍にとつてその行動を可能ならしめる民間「縁の下の力持ち」となっている。役務提供部門の企業が、外国からの投資によって紛争地帯に入ることが可能になるように、BRS社のような支援部門の企業は軍隊の配置展開と作戦を可能とさせるのである。これら企業の補肋が不可欠となっているのは、米国の軍事政策立案者がブラウン&ルート・サービシズ社やそのライバル企業が兵姑を担当することなしに大規模な介入を行うなど、もはやあり得なくなったと認識せざるを得ないほどだ。P272

 本書は主として、アフリカとバルカン半島を扱っている。
しかし、軍事の民営企業化は、世界中で進んでいる。
とりわけ情報先進国であるアメリカとイギリスで、民営軍事請負企業が大増殖しているという。
また赤十字やNGOなどは、人道支援の基盤整理をする能力がないので、
難民キャンプの設営や大規模な食糧補給などは、民営軍事請負企業が担うことになる。

 国家の軍隊は、すでにそれなりの歴史があるので、長所も短所もある程度わかっている。
しかし、民営軍事請負企業は産声を上げて間もないので、その実体がよく分からない。
本書は様々な事例を取り上げて、詳細に検討しており、教えられるところが多い。
 
 民間従業員の戦場離脱と公的機関のそれとの本質的な違いは、脱走ならば軍法によって起訴されて死刑もあり得るが、民営軍事請負企業が持ち場を離れることは脱走ではなく、限定的な強制力しかない契約に単に違反するということである。P312

 他にも企業が倒産や合併した場合、
親会社が外国企業に乗っ取られた場合、
新株主が戦場での活動に反対した場合、
また既存の軍隊との連携の問題など、
生じるだろう問題は山のようにある。
そうは言っても、自国民を海外派兵さすることが難しくなりつつある現在、民営軍事請負企業を代替させることは、増えることはあっても減ることはないだろう。

 近代の崩壊とは、前近代の崩壊がそうだったように、社会の全面的な再編成である。
家族のあり方はもちろん、産業構造から国家形態まで、ありとあらゆるものが変化を強いられる。
軍隊も変貌の埒外にいることはできない。
先進国の民営軍事請負企業は、小国の正規軍などよりはるかに強く、強力な戦闘力を持っている。
本書が教えてくれる民営軍事請負企業は、今後の国家主権を考えるうえで、
避けて通ることはできない。   (2005.07.14)
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001年
ジェリー・オーツカ「天皇が神だったころ」アーティストハウス、2002
原武史「大正天皇」朝日新聞社、2000
大竹秀一「天皇の学校」ちくま文庫、2009
ハーバート・ビックス「昭和天皇」講談社学術文庫、2005
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
浅見雅男「皇族誕生」角川書店、2008
河原敏明「昭和の皇室をゆるがせた女性たち」講談社、2004
加納実紀代「天皇制とジェンダー」インパクト出版、2002
繁田信一「殴り合う貴族たち」角川文庫、2005
ベン・ヒルズ「プリンセス マサコ」第三書館、2007
小田部雄次「ミカドと女官」恒文社、2001
ケネス・ルオフ「国民の天皇」岩波現代文庫、2009

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