匠雅音の家族についてのブックレビュー     大正天皇|原武史

大正天皇 お奨め度:

著者:原 武史(はら・たけし)−−朝日新聞社、2000年 ¥1、300−

著者の略歴−1962年,東京都に生まれる。東京大学大学院博士課程中退。東京大学社会科学研究所助手,山梨学院大学助教授を経て,現在,明治学院大学助教授。専攻は日本政治思想史。著書に『直訴と王権』(朝日新聞社,韓国語版は知識産業社),『(出雲)という思想』(公人社),『「民都」大阪対「帝都」東京』(講談社,サントー学芸貰受賞)がある。

 明治と昭和にあいだに挟まれて、
大正デモクラシーなどややニュワンスの違う大正だが、大正天皇も両時代の天皇とは違う。
いままで大正天皇に関する記述は、とても少なかった。
明治の偉大な天皇、昭和の戦争責任者といった、話題の多い両者にたいして、
先天的に脳障害があり、彼は正常ではなかったとする風説が流れていた。
開院式で詔勅を読んだ天皇が、詔勅を丸めて遠眼鏡のようにして議員席を覗いた、といった噂が真実かどうかも分からない。
ましてや彼の個人的な情報は、ほとんど聞かされたことがない。
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 本書は、大正天皇の個人的な行動を探りながら、天皇制に関して考えるものである。
彼は、明治天皇が残したの直系の子供であったが、
側室の子供であったので、父親とは没交渉だったらしい。
明治天皇は多くの側室をもっていたが、
何人子供が生まれても成人まで至らずに全員が死んでしまった。

 たくさん生まれた兄弟の中で、たった一人残ったのが、彼である。
しかし、彼は小さいときから体が弱く、帝王教育についていくのは困難をきわめたらしい。
それでも有栖川宮と知り合ったことから、
健康を回復し全国への旅行をさかんにした。
それがまた健康に良かったらしい。
皇太子の時代には活発な生活を営んでいたようだ。

 彼は20才の時に、15才の節子さんと結婚する。
そして、節子さんは16才で子供を生み、彼は早くも父親になる。
しかし、この15才で結婚というのには驚く。
江戸時代以前ならいざ知らず、近代に入ってもこんなに早く結婚したのだ。
今15才で結婚するといったら、どう感じるだろうか。
しかも、16才で子供を生んでいるのである。

 不純異性交遊も良いところだろう。
もしくは、青少年への性的虐待と考えるかもしれない。
幸いなことに、彼の子供たちは順調に育つ。
父親の子供がひ弱で、彼の子供が元気だというのは、何か医学的に解明する必要があるように感じる。

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 堅苦しかった明治天皇を見ていたからか、彼はフランクで周りの人へ気軽に声をかけたという。
地方への旅行に際し、説明役の知事など偉いさんたちに、
予定外の質問を浴びせて当惑させたとか、一人で散歩したとか逸話が多く残っている。

 本書が語る彼の姿は、体こそ弱かったがけっして精神病などではなく、
むしろ自由な精神をもった近代人だったというのである。
そして、彼の近代性が当時の時代とは同調せず、
次第に表の舞台から消されていったという。
こうした経緯は、今後も調査されなければならないだろうが、やはり天皇制というのは悪い政治制度である。

 もし、彼が優れた優れた政治手腕を発揮し、長生きしたら時代はどうなっていただろうか。
少なくとも昭和天皇のような無様なことにはならなかっただろう。
天皇制の決定的な欠陥は、支配の権威が個人におかれていることである。
大正天皇は近代的であったかもしれないが、彼の個人的な資質がそうだと言うだけであって、時代との関連はまた別である。

 支配の権威が個人によるときは、結局虎の威をかることになってしまう。
太平洋戦争へと動いていった構造は、無能な昭和天皇が戦争へと導いたこともあるが、
まわりが天皇個人の権威を使ったからだ。
天皇の名で行われる決断には、個人の判断に責任が求められず、
無限の無責任構造を生みだす。
これは丸山真男の言うとおりである。

 本書でたびたび言及されているが、
大正天皇が地方へ旅行すると、多くの人に熱烈に歓迎されている。
もちろん、組織的な動員もかかっていただろうが、
自発的に天皇を歓迎していたことも確かなようだ。
国民が天皇を支持していた。
だから政治家たちは天皇を利用したのだ。
政治学的には当たり前のことだが、支配は支配者だけがするのではなく、非支配者も一緒になって支配に参加するのである。

 戦争への道は、天皇や軍部だけが進んだのではない。
国民は被害者ではなく、国民こそ戦争責任者なのである。
そう考えるとき、はじめて支配の正当性が国民にあると言えるのだ。
国民が被害者だと考えるところからは、自立した人間は生まれようがない。
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参考:
黒岩涙香「畜妾の実例」社会思想社、1992年
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫
S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980
繁田信一「殴り合う貴族たち」柏書房、2005年 
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001年
ジェリー・オーツカ「天皇が神だったころ」アーティストハウス、2002
原武史「大正天皇」朝日新聞社、2000
大竹秀一「天皇の学校」ちくま文庫、2009
ハーバート・ビックス「昭和天皇」講談社学術文庫、2005
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
浅見雅男「皇族誕生」角川書店、2008
河原敏明「昭和の皇室をゆるがせた女性たち」講談社、2004
加納実紀代「天皇制とジェンダー」インパクト出版、2002
繁田信一「殴り合う貴族たち」角川文庫、2005
ベン・ヒルズ「プリンセス マサコ」第三書館、2007
小田部雄次「ミカドと女官」恒文社、2001
ケネス・ルオフ「国民の天皇」岩波現代文庫、2009
H・G・ポンティング「英国人写真家の見た明治日本」講談社、2005(1988)
A・B・ミットフォード「英国外交官の見た幕末維新」講談社学術文庫、1998(1985)
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
松原岩五郎「最暗黒の東京」現代思潮新社、1980
イザベラ・バ−ド「日本奥地紀行」平凡社、2000
リチャード・ゴードン・スミス「ニッポン仰天日記」小学館、1993
ジョルジュ・F・ビゴー「ビゴー日本素描集」岩波文庫、1986
アリス・ベーコン「明治日本の女たち」みすず書房、2003
渡辺京二「逝きし世の面影」平凡社、2005
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
アマルティア・セン「貧困と飢饉」岩波書店、2000
紀田順一郎「東京の下層社会:明治から終戦まで」新潮社、1990
小林丈広「近代日本と公衆衛生 都市社会史の試み」雄山閣出版、2001
松原岩五郎「最暗黒の東京」岩波文庫、1988
横山源之助「下層社会探訪集」現代教養文庫、1990


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