匠雅音の家族についてのブックレビュー    プリンセス・マサコ−完訳 菊の玉座の囚われ人|ベン・ヒルズ

プリンセス マサコ
完訳 菊の玉座の囚われ人
お奨度:

著者:ベン・ヒルズ   第三書館 2007年   ¥1800−

 著者の略歴− 1942年英国ヨークシャー生まれ。オーストラリアの著名で経験豊かな調査報道記者で、『フェアファックス』紙の通信員として30年以上にわたって50カ国以上から、戦争、選挙、スキャンダル、著名人、社会問題などを報道してきた(benhills.com参照)。 1970年代はロンドンを拠点に主にアフリカと中東を取材し、80年代は香港、90年代は東京に拠点を移し、皇太子夫妻ご成婚を最初にオーストラリアに報じた。オーストラリアで最も権威のあるジャーナリズム賞であるウォークリー賞を受賞し、年間最優秀記者賞であるグラハム・バーキン賞の優秀賞を受けた。著書が2冊あり、『ブルー・マーダー』はアスベスト災害について、『日本−記事の裏側』は日本で取材した3年間について書いている。妻の金森マユ(写真家)とシドニーで暮らしている。
 本書は、小和田雅子さんが皇太子徳仁の妻となって、皇室に嫁いだ話を書き記したものだ。
それだけなら、よくある皇室物と変わらない。
しかし本書は、あまりにも正確に書いたために、
オーストラリア政府にたいして日本政府から抗議がでて、結果として、当初の出版社から出版を差し止められた、というオチが付いた。
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 民間人が書いた本にたいして、政府が抗議するというのも異常なら、
それに従って出版社が著者を非難してしまうのも、また日本的な非常識をあらわしている。
幸いなことに、当初の出版予定だった講談社から、第三書館へと版元がうつって、やっと日の目を見た。

 本書の読後感は、当然のことが当然に書かれているだけ、である。
なぜ宮内庁や外務省が、目をつり上げてオーストラリア政府に抗議したのか、まったく理解できない。
最初に読んだだけでは、どこの部分をもって「皇室に対する事実無根の侮辱的・抽象的な内容を有する極めて問題の多い書籍であった」(外務省報道官の発言)のか、わからなかった。

 皇室を侮辱したと宮内庁が感じた部分は、野田峯雄さんが書いた「『プリンセス・マサコ』の真実」を読んではじめて判った。
講談社で出版を予定していたとき、宮内庁に事前相談していたらしい。
その結果、百数十カ所が削除されたが、結局、上梓にいたらなかった。

 我が国の大手出版社は、すでに言論の自由を放棄している。
自主規制という言論統制に服しており、我が国は言論の自由はないと考えるべきだ。
戦前も、こうして戦争へと進んでいったに違いない。
本書は、削除や添削を一切省いて、筆者の書いたままに翻訳され、上梓された。

 父親である小和田恆の略歴、家庭環境、そして、本人の生いたちなど、丁寧に記述している。
外務次官まで上り詰めた、小和田恆氏の人格的な冷たさや、
出世主義的な生き方を、いささかの皮肉を込めて書いている。
しかし、この程度の記述は、それほど異常ではない。

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 雅子さん本人については、冷静のなかにも暖かさえ感じさせる。
とりわけ結婚前の男性関係など、いっさい触れてはいない。
また、彼女が処女だったか否かといった話は、ほとんど触れてはいない。
そういった意味では、我が国の週刊誌よりも、すっと大人である。

 しかし、皇室に関して事実を事実として書くことは、我が国では許されないのだろう。
野田氏の書には、削除された部分が列挙されているが、
あまりにたくさんあり、しかも削除する原則がない。
恣意的に削除している感じである。
後半になると、削除した理由が判らなくもない部分がある。

 削除したのは次の部分だ。
1.雅子さんがうつ病であること
2.皇位継承権を放棄した皇族がいたこと
3.雅子さんに人工授精を強制したこと
4.愛子さんは試験管ベイビーであること
5.皇太子たちの皇族離脱の検討
といった部分は、宮内庁が触れて欲しくないのだろう。
 
 2001年3月、雅子妃がすでに不妊治療のサイクルを始めていた頃、堤の診察が公式に発表された。宮内庁は後に遠まわしに「ホルモン治療」と言ったが、二と二を足せば誰にでもわかることだった。
 世界初の試験管天皇となるかもしれない赤ん坊の誕生が準備されていたのである。
 誰も記事にはしなかった。少なくとも日本では、また、ずっと後になるまでは。今日でさえ、雅子妃が日本の皇室で、おそらくは世界の王室で初めて体外受精治療を受けたのかもしれないとほのめかされると、反応は困ったような忍び笑いから憤激した否定までさまざまだ。
 しかし、そうでなければどうして体外受精専門家の堤が関わってくるのか? P272


 雅子さんが離婚すれば、彼女のうつ病は治るかも知れないが、
彼女は幸せにはなれないだろう、と筆者は言う。
皇太子はまだ雅子さんを愛しており、
万が一、女性の天皇が認められたら、愛子はお堀の外には出られず、母子が離ればなれになってしまう。

 現在のような皇位継承を続けていくと、資格者がいなくなってしまうだろう。
筆者はそうした事情をも描き出す。
外国人に皇室の裏事情を書かれることを、役人たちは面白くなかったのだろう。

 悠仁は皇太子と秋篠宮に続き皇位継承順位は第三位となる。そして、彼の誕生によって、政府が異論の多い法改正に取り組まなくても皇室は生き延びる。
 しかし、それは一時的な猶予にすぎない。というのも、いまや天皇の聖なるY染色体を保つ重荷はすべて、守り刀を傍らにベビーベッドに横たわるこの痩せた未熟児の肩に−生殖器にと言うべきか−かかっているのだ。
 彼が生き延びなかったらどうする?
 生殖力がないことがわかったとしたら?
 あるいはゲイとか。
 誰も結婚しようとしなかったら?
彼の伯母や祖母の運命を考えればそうなつてもおかしくはない。
 あるいは、子どもを作る義務を単に受け入れようとしなかったら?
 危機は一世代先送りされただけなのだ。P344


 天皇の妻になる女性たちは神経を病むほど、
宮内庁に虐められると知れば、まだ小さい悠仁が結婚しない可能性は高い。
宮内庁があやつる人事が、彼等は良かれと思ってやっているにもかかわらず、
天皇制の今後を狭めている。
宮内庁のあまりの時代錯誤に、このまま放置しておけば、天皇制は消滅するだろう。
それが本書の読後感である。     (2007.09.04)
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参考:
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
ジェリー・オーツカ「天皇が神だったころ」アーティストハウス、2002
原武史「大正天皇」朝日新聞社、2000
大竹秀一「天皇の学校」ちくま文庫、2009
ハーバート・ビックス「昭和天皇」講談社学術文庫、2005
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
浅見雅男「皇族誕生」角川書店、2008
河原敏明「昭和の皇室をゆるがせた女性たち」講談社、2004
加納実紀代「天皇制とジェンダー」インパクト出版、2002
繁田信一「殴り合う貴族たち」角川文庫、2005
ベン・ヒルズ「プリンセス マサコ」第三書館、2007
小田部雄次「ミカドと女官」恒文社、2001
ケネス・ルオフ「国民の天皇」岩波現代文庫、2009
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002年
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
ピーター・リーライト「子どもを喰う世界」晶文社、1995
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009


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