匠雅音の家族についてのブックレビュー     女を幸せにしない「男女共同参画社会」|山下悦子

女を幸せにしない
「男女共同参画社会」
お奨度:

著者:山下悦子(やました えつこ)   洋泉社、2006年  ¥780−

 著者の略歴−1955年東京生まれ。女性史研究家、評論家。1979年日本女子大学卒業。東京都立大学にて文学、批評を学ぶ。現在、事務所「ラ・フェミニテ」主宰。国際日本文化研究センター共同研究員(比較文化、思想を研究)、日本女子大講師などを歴任。毎日新聞論壇時評『雑誌を読む』を担当(1995〜1998)日経新開、産経新聞、東京新開などジャーナリズムでも活躍。著書に『高群逸技論』(河出書房新社)『日本女性解放思想の起源』(海鳴社)『女性の時代という神話』(青弓社)『マザコン文学論』新曜社『さよならHana-ko族』『尾崎豊の魂』(いずれもPHP文庫『尾崎豊魂のゆくえ』(PHP研究所)『妻が女を生きるとき』講談社『フェミニズムはどこへ行ったのか』(大和書房)、共著『アジアの性』勉誠出版、『女と男の時空』全7巻の現代、編集担当(藤原書店)『尾崎豊魂の波動』(春秋社)ほか多数。

 とんでもない勘違いが、女性史研究者から生じるところに、我が国のフェミニズムのおかしさがある。
あまりのひどさに、本書を本サイトでとりあげるのは、止めようかと思ったほどだ。
大学フェミニズムを代表する上野千鶴子さんもひどいが、本書はまったく箸にも棒にもかからないのだ。
しかも、筆者は、高群逸枝の研究者だと言うから、驚いてしまう。
TAKUMI アマゾンで購入

 本書の結論は、ふつうの女性が専業主婦になる権利を認めよ、ということにつきる。
しかも、少子化が危惧される現在、女性が主婦になって子供を産むことは、肯定されるはずだという理屈である。
現在のフェミニズムを主導しているのは、子供を産んだことのない上野千鶴子さんのような女性たちで、彼女たちに任せておいたら、我が国は滅びると心配しているのだ。

 子供を産んだことのない、エリート女性(大沢真理と上野千鶴子)が政策提言してきた「男女共同参画社会」は、ふつうの主婦を切り捨てるものだ、と筆者は憤る。
筆者は、一部上場企業で管理職をつとめる夫をもち、2人の子供を育て、仕事も家庭も両立させてきた。
子供も産んだことのないシングル女性に、もう任せておけないと、老親の介護に忙しいにもかかわらず、本書を執筆したようだ。

 ふつうの女性のために、結婚して専業主婦になる道を閉ざすべきではない、というのは大胆な発言である。
筆者はまったく時代が見えていない。
男性が結婚しなくなったのは、自分たちフェミニストの誤算だという。
だから、男性が働きやすいように、女性は専業主婦となるとでも言うのだろうか。
その誤算を突きつめていけば、現在の若い女性たちの相手は、もっと結婚しなくなるのではないか。

 男性が結婚しなくなれば、女性は自分で自分の口を糊しなければならず、子供を育てるどころではないだろう。
とすれば、若い女性たちが身につけるべきは、ふつうの主婦になって子供を産むことではなく、職業上の能力を身につけることだろう。
事実、世界は女性に、生涯労働を要求する方向に動いており、我が国だけが例外ではあり得ない。

広告
 男女共同参画社会は、「主婦の構造改革」を推進させ、専業主婦・パート主婦の特権を次々に廃止して、フツーの女性にはセイフティーネットとして機能してきた結婚による「主婦」の地位をさらに低下させることになるだろう。P7

 グローバルスタンダードの時代だからこそ、最低限の日本の古きよさ伝統や生活スタイル、あり方等々、を自覚的に守る姿勢が必要だと思われる。今からでも遅くはない。するべきことは何かを、次世代のために、日本の未来のために、責任ある行動や政策を私たちは行うべきではないか。行政主導ではない、双方向での「男女共同参画社会」を作らなくてはならない。P18

 ここから筆者が導いてくる結論は、終身雇用の復活、年功序列型賃金の維持であり、日本的経営や日本的家族の賛美へとつながっていく。
あげくのはてには、男系相続による家父長的な天皇制を守れ、と続いていく。

 女性は子供を産み育てるから、男性は稼いでくれと言うことだろう。
我が国のフェミニズムは、母性保護に依拠しているので、結局、女性はまっとうに働かないだろう、とは思っていたが、こうまでしっかりと言われると、返す言葉がない。

 しかし、我が国の常識は、本書あたりにあるのかも知れない。
でなければ、部数を売りたい新書として、出版されるはずがない。
しかも、版元が目先のきく洋泉社とあれば、本書が国民の真意である。
そう考えたほうが妥当かも知れない。
それにしても、本書の提言をきいていたら、我が国は封建時代に逆戻りして、人口の3分の2は生きていけなくなる。

 政府は賢い! 
本書のような庶民の声を無視して、エリート・シングル女性の提言を政策に取り入れている。
似たような状況を思い出した。
自由民権運動の時代にも、植木枝盛などの庶民的な民権派を抹殺して、帝大人脈でかためて近代化を推進してきた。
我が国では、庶民より支配者のほうが、数倍も賢いのだろう。
そうとしか思えない本書だった。    (2007.01.16)
広告
 感想・ご意見などを掲示板にどうぞ
参考:
榎美沙子「ピル」カルチャー出版社、1973年
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002年
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
ピーター・リーライト「子どもを喰う世界」晶文社、1995
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001

奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009


「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる