匠雅音の家族についてのブックレビュー    家族のように暮らしたい−奇縁でつながるケアハウスの軌跡|大河原宏二

家族のように暮らしたい
  奇縁でつながるケアハウスの軌跡
お奨度:

著者:大河原宏二(おおかわら こうじ)−太田出版、2002年  ¥1900−

著者の略歴−
 高齢化社会の到来といわれて久しい。
養護老人ホーム、特別養護老人ホームなど、老人を対象にした施設がたくさんできた。
様々な施設ができたのは良いが、私たち団塊の世代が死んでしまえば、それらの施設には空き室が氾濫するだろう。
しかし、そんな時になっても、筆者のかかわったケアハウスは、多くの人が詰めかけているだろう。
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 福祉に従事するのは立派な人だという建前から、わが国で福祉というと何となく胡散臭い印象がある。
そのうえ、福祉を恵んでやるから、受けている人は黙って好意を受けるべきだ。
そんな空気があって、私は福祉に何となくなじめない。

 自治体が障害者同士を結婚させようとしてくれたり、知的障害者だから義務教育からはずしてくれたり、あげくの果てには福祉で儲ける制度ができたりした。
そうしたなかで、筆者は次のようにいう。

 福祉は障害者や老人に屈辱を対価として差し出させておいて、何とも恩着せがましく、不十分でいいかげんなサービスを施し、施したものだけがいい気になっているものではないか。(中略)
 群馬県やあるいは市の社会福祉協議会の主催する交流会、講演会、研究会等にはただの一度として出席したことはありません。法人や施設の長が集まり、互いに「先生」などと呼び合っているらしい懇親会の類はすべて欠席してきました。理事長や施設長というような偉い人をわたしは一人として知らないし、福祉の業界の、いつもネクタイを締め背広を着ている偉い「先生」達とは、決して(!)、絶対に(!)、交わりたくないと思っているのです。P10


 若い頃には過激派だった筆者が、わけあって高崎市のはずれに「青風舎」というケアハウスを作った。
本書はその足跡と、思い出深い数人の入居者の面影、そして結果と展望を書き記したものである。
多くの老人施設は、1日ベッドに縛り付けられて、まるでブロイラーのように飼育されている。
そんなイメージがあるが、この青風舎は管理しないことをモットーにしている。 

 こうした建物を造るときには、管理しやすいように、出入り口は1つにして、一望監視がきくように造る例が多い。
しかし、この建物は違う。
門はないし、塀もない。
どこからでも入れるし、いつでも誰でもが、出入り自由だという。
この施設を主宰する筆者のスタンスが実に良い。

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 施設において、職員と入所者との関係は即自的には上下の関係であり、職員は入所者に対して権力を持っているということにわたし達が鈍感であってはならないだろう。決して対等でもなければ平等でもない関係にある職員の言葉と行為は、それを職員が意識しているかいないかに関わりなく、入所者に向けられる権力の行使にもなる。福祉施設の中で職員と入所者とが対等な関係を取り結ぶなどということは、不可能に近いほどに難しいことであるが、自分が権力を持っているという自覚を欠いたものの権力の行使は一番たちが悪いということは忘れてならないことだろうと思ってきた。ここでわたしが権力というのは、「管理する」とか「抑圧する」とか「取り締まる」とかいう、わかりやすい力の行使のことだけを指しているのではない。P175
 
 実際に施設を運営している人が、上記のような認識を持ち続けるのは、至難のことだろう。
フーコーの言葉ではないが、すべては権力関係である。
自分が権力ある立場にいると認識するのは、実に難しいことである。
老人のためを思って、弱者のためと親切心で、よかれという好意からの行為など、すべて権力の行使である。
国家だけが権力ではない。筆者はそれをよく自覚している。

 本書では、具体的な日常が細々と描かれ、施設の運営がどのようになされているかがよくわかる。
施設長である筆者は、コーちゃんと呼ばれたり、用務員のオジサンと呼ばれたりしていることが、多少の誇りと自負をもって書かれている。
無名でいることの難しさや、自然体で仕事を続けることの楽しさを、本書は充分に味あわせてくれる。

 人を見る目がいかに違うか。
同じ目線の高さで人を見ることは、困難であると同時に、厳しいことである。
特殊学級にかかわる教師たちを、決して批判するのではないが、筆者の目線とは違うことがさりげなく書かれている。

 わたし達が感じたのは、先生方とわたし達との、立場の違いからくるものと思われる、少し大袈裟な表現になるが、人間観のへだたりだった。(中略)
 少女のことを、まず障害を持つ子供としてとらえたうえで、「この子は……」と、もちろん肯定的にではあるが、評価し断定してしまうという−そのことにわたし達は人間観のへだたりを感じ取っていたのだった。P326


 善意の人の存在という表現を、筆者は嫌うであろうが、あえて筆者のような善意の人の存在が、人間を信じさせてくれる。
障害者を決して美化せず、普通の人として扱う。
それは実に難しいことだ。

 わたし達は、精神に障害を持つ人と共に生きるということが言うは易く行うに難いことだということを、ケアハウスに暮らす(暮らしていた)何人かの精神障害者から、いやというほど教えられてきた。「共に生きる」というのは単純なことではなく、実に複雑なことであり、むしろ猥雑といってもよいようなことであり、とにかく疲れることなのである。これからも、精神障害を持つ人がケアハウスに入居を希望するということがあれば、わたし達は「もうこりごりだ」と思いつつ、きっと「どうぞ」と受け入れるに違いない。P264

 ケアハウスという施設でありながら、「家族のように暮らしたい」という書名をつける矛盾や、分をわきまえるといった発言から、筆者のセンスには若干の古さを感じる。
ケアハウスは家族の代わりではないし、血族の家族が最上のものでは決してない。
しかしここでは、筆者の古さもまた長所であって、本書では新旧はどうでも良いことだ。
静かなたたかい:広岡知彦と憩いの家の30年」と同様に、実に心温まる本だった。
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参考:
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
石原里紗「ふざけるな専業主婦 バカにバカといってなぜ悪い」新潮文庫、2001
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009

G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性 改革の戦略と理論的基礎」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業社会の社会的基礎 市場・福祉国家・家族の政治経済学」桜井書店、2000


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