匠雅音の家族についてのブックレビュー    掟やぶりの結婚道−既婚者にも恋愛を|石坂晴海

掟やぶりの結婚道
 既婚者にも恋愛を
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著者:石坂晴海(いしざか はるみ)−講談社文庫、2002年  ¥552−

著者の略歴−1960年横浜生まれ。水瓶座のA型。ラジオDJ、花形ディレクター、愛される妻、と夢見た夢は次々と破れ、離婚を機に「×一の女たち」「×一の男たち」を発表し物書き業に落ち着く。現在の夢は「スバラシイ再婚」。著書に「やっばり別れられない」講談社文庫、「×一の子どもたち」扶桑社など、近著に「脱コウネンキ宣言」中央公論社、「オンリー・ラブ 進化する結婚」現代書林。
 結婚した人たちは、当事者同士以外には性交渉をもたない、と普通は思われている。
配偶者以外との性交渉は、立派な離婚の理由になるし、だいたいが家庭の平穏が大きく脅かされる。
筆者の言葉を使えば、既婚者の恋愛には破壊力がある、のだそうだ。
 
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 結婚の掟はただひとつ、性的拘束による性的独占関係である。結婚したらもう他の人を好きになるのはよくないし、もちろん寝たりしてはいけない。民法ではそれを「貞操権の侵害」と呼ぶ。P5

 結婚によって誕生した家庭が、男女の「性的拘束」という信頼関係に基礎をおいているとすれば、家庭は男女の当事者だけに支えられている。
しかし、筆者はこうした結婚が機能しなくなっている、何だか馴染みが悪くなっている、そう考えている。
なぜなら、家庭には子供や老人もおり、一対の男女だけでは成り立っていないからだ。
「性的拘束」という信頼関係は、きわめて脆いものだ。
いけないと判っていても、古今東西、多くの男女が配偶者以外と恋愛をする。

 不倫で命を落とした人間は万を下らないのではないか。不義密通をさせないために、大昔から世界各地で身も凍るような「おしおき」が行われてきたからだ。火あぶりに水死刑に、石打ち死刑、焼きごて、鞭打ち、性器やお尻の切除などといった究極のSMショーもある。しかし、それでも不倫はなくならない。それでもヒトは恋をしてきたのである。
 ヒトは恋をする。結婚してても、性器の能力を失っても、ボケても、死の床についても、あるいは焼夷弾から逃げ回ってるその最中でさえ、ヒトは恋におちる。P181


 今日のわが国でこそ、既婚者は配偶者以外と、性交渉をもってはいけないと言われる。
しかし、一夫一婦制をとる地域は、地球上の20%であり、80%はそれ以外の結婚形態だ、と筆者はいう。
ヨーロッパ貴族の騎士道を持ちだすまでもなく、結婚と恋愛が別物とされた時代もあった。
またわが国にも、夜這いという婚外性交の習慣があった。

 結婚と夜這いは別ものであり、結婚は「労働力の問題とかかわるもの」だという。つまり結婚の目的は「ともに労働する家族集団」を作り維持することなのだ。一方の夜這いは、過酷な農作業を続けていく「共同体としての村の存続」のための機能らしい。もちろん誰もそんな小難しいことを考えて夜道っているわけではなく、ただ楽しく気持ちいいからするのである。P215

 そこで筆者は、配偶者以外を好きになるのは悪いことか、結婚と恋愛は両立しないのか、と問題をたてた。
そして、本書を書き始めた。
その結論は、結婚と恋愛は両立する、両立させるべきだという方向に向かった。
筆者は、結婚の規制緩和を訴え、結婚と家庭と恋愛の三権分立を唱える。
もちろんそれには条件がある。
 
 「結婚」は夫婦のものだろう。しかし「家庭」は子供や老人や病人といった弱者のもののはずである。そして「恋愛」は個人のものなのだ。この三権分立が守られない限り人は人間らしく生きていけない、もうここから先はそういう時代なのじゃないだろうか。P19

 たしかに性交渉のためだけなら、結婚をする必要はないし、同居する必要もない。
結婚とは性的な拘束を伴いながらも、それ以外の現象を生むためになされると言っても良い。
結婚せずに子供を産んでも、いっこうにかまわない。
しかし、現在のわが国では子供産み育てるのは、結婚した男女が行うものだ。
結婚は男女だけではなく、それ以外の人間の誕生を招来する。
にもかかわらず、当事者だけの都合で、結婚をご破算にはできないだろう。
そう筆者は考えるのだ。

 結婚に愛情なるものを持ち込み、一生愛することを誓うなどというのは、外来のものだ。
元来、わが国の結婚には、性的拘束力がないともいう。
だから、次のようなことになる。

 そもそもニッポン人社会では「結婚と好色は両立している」のである。ということになると結婚という契約には実質的な性的拘束力はない、ということになる。ほんとうか。
「うん、なし崩し的にはそうなるかな。ただし、条件というかルールはある」
 両立のための掟はたったひとつ。
「あくまでお金で買った女(スゴイ言い方)であること、しかも単発限定、同じ相手と二回以上は絶対に認められない」
たとえば夫がゆきずりの女子高生と援助交際した。これは法にふれても妻A子の逆鱗にはふれない。しかしスナックの女主人と二回エッチをしたらアウト。二回目からはお互いの意思と感情が存在するからだという。
 ようするにそこに「恋愛感情を持ち込まない」こと。この掟を破ったらリンチと制裁がまっているのである。P222


 これではわが国の結婚には、性的な拘束力がないと言われても仕方ない。
また、テレクラは女性のために作られたフーゾクだ、女性の買春制度だという今日、一度の買春が離婚につながりかねない結婚は、わが国の風俗にはそぐわない、と筆者は婉曲に表現する。
それが既婚者にも恋愛を、という主張になる。

 恋愛は生活の一部であって、すべてではない。
とすれば生活という、もっとも幅の広いものを大切にしよう。
何十年という長期にわたる生活から、にじみでる男女関係も重要である。
大統領に隠し子がいても、問題にならないフランスのような例もある。
わが国の現実を見ると、筆者の発言は大人の立場であるように感じる。
しかし、個人が自立したら、つまり近代の感覚が浸透したら、わが国の微温的な男女関係は大変革を遂げるだろう。

 情報社会化がすすむ現在、出生率の低下、離婚率の上昇といった現象が進行している。
これは家族主義的な伝統がのこる社会に固有に現象で、核家族が崩壊していないからだ。
出生率の低下が、当該社会の消滅を意味するとすれば、微温的な男女関係はこのまま存続できるとは思えない。

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参考:
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
石原里紗「ふざけるな専業主婦 バカにバカといってなぜ悪い」新潮文庫、2001
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
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S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
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ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009

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