匠雅音の家族についてのブックレビュー     家族の闇をさぐる−現代の親子関係|斎藤学

家族の闇をさぐる
現代の親子関係
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著者:斎藤学(さいとう さとる)−小学館、2001年    ¥1600

著者の略歴− 1941年東京生まれ。医学博士。慶應義塾大学医学奇卒業。同大助手、フランス政府給費留学生、国立療養所久里浜病院精神科医長、東京都精神医学総合研究所副参事研究員等を経て、1995年9月より家族機能研究所代表。日本子どもの虐待防止研究会理事。日本嗜癖行動学会理事長、学会誌「子どもの虐待とネグレクト」・「アディクションと家族」編集主幹。著書に、「家族依存症」「「家族」という名の孤独」「アダルト・チルドレンと家族」「「家族」はこわい」「封印された叫び〜心的外傷と記憶」など多数。最近の訳書に「父・娘近親姦」がある。連絡先:〒106−0045 東京都港区麻布十番2−14−6 イイダビル2F  家族機能研究所 TEL:03−5476−6041    http:www.iff.or.jp

 当サイトは家族の問題を考え続けているが、中心的な関心は「家族変遷の一般理論」の形成である。
個々の家族の動向も、結局は時代の流れの中に存在するのだし、一般的な理論が現実を掬いとれば、結果として個々の家族も癒されると考える。
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 個々の例を、個別的な家族にそって考察することは、個々の例が平均値からの乖離を特定できないので、あまり関心がなかった。
そのため、ケースワーカーや精神科医の臨床例は、取り上げることが少なかった。
エリオット・レイトンの「親を殺した子供たち」にしても、 ジュディス・ハーマン「心的外傷と回復」にしても、これらの本が扱っている個々の例に注目しているからではない。
一般理論の形成に向かっているがゆえに、本サイトで取り上げている。

 我が国の家族関係の論は、個別の例に止まることが多く、極端な例を引いて時代に警鐘を鳴らすように感じられた。
実は、本書もそうした物かと誤解していた。
そのため、知ってはいたが、注目しなかったのである。
しかし、それは当方の大変な間違いだった。
改めて本書を読んでみると、個々のケースを扱う中から、社会を冷静に見る目があり、時代を流れにそって捉えようとしている。

 筆者は精神科の臨床医であるから、日々人間と接しており、特殊なケースにも出会っている。
しかし、特殊なケースにも暖かく接しながら、その背後にある歴史の流れにも、目を配っているのがよく分かる。
その視線は筆者の願望からでるのではなく、事実から論理を抽出しようとする姿勢が、他の類書とは大きく異なっている。

 家族、地域、学校という伝統的な集団枠からはずれて、個々として遊離し始めた子どもたちは、実は今、大変心細いのだと思う。集団が要請してくる成員としての従順や忠誠の価値が極端に相対化されてしまうと一人ひとりの子どもは、どちらへ向かって進んでよいかわからなくなる。おそらく、家族の個性化にも様々なスペクトルがあって、子どもたちの事件は、その両端に近いところから生じるのであろう。極端に集団優位の伝統強制型といっさいの規範を排するアノミー(無規範)型である。
 個性に敏感になった子どもたちのうちには、伝統的家族からの拘束と圧力に怒っている者がいる。怒りは、いわゆる家庭内暴力として家族に向くとは限らない。迂回して社会に向き、実際には無関係な被害者を生むこともあり得るであろう。P27


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 父性の社会性を論じ、社会的父は観念の産物であるがゆえに、脆く弱いものであるという。
母子関係が生理的な基盤をもつのに対して、父子関係は自然の中には基盤を持たない。
だから時代によって変遷する。

 現代の仕事はもはや、厚い胸板や筋肉、太い骨格を必要としないので、女性は貴重な戦力である。この傾向は21世紀に入ってさらに強まるであろう。
 女性は育児か仕事かの選択の強制を嫌い、育児と共に仕事上の業績と収入増加を目論むようになる。自ら収入を得るようになった女性の多くは、家事と子育てを介して一定の男に奉仕する生活(婚姻)に魅力を感じなくなるはずである。P46


 筆者は豊富な臨床例から、本サイトの主張とほとんど同じ結論にたどり着いたに違いない。
精神科医に相談に来るのは、いわゆる社会的な弱者であろう。
筆者は男性の医者であり、現代社会ではむしろ強者に属する。
にもかかわらず、鋭い時代眼をもったのは、先入観がなかったために違いない。

 家族や弱者を扱うと、女性たちの問題と交叉することが多い。
そのため、女性が正しく男性が悪だと言った、大学フェミニズムのような主張につながりやすい。
しかし、変えるべきは個別の男女ではなく、社会の仕組みや制度なのである。
本書では、アメリカの例を引き合いにだしながら、制度的変革へと進む必要性を訴える。

 日本にシングル・マザーが少ないのは、戸籍法に基づく「合法的な」出産をしないと、処罰されるかのような生活を強いられるからである。一方に婿外子の規定の残酷さがあり、他方で21週以内の中絶が母体保護法によって認められているということになれば、受胎した子の多くが生命を与えられないのは当たり前のことである。それでも思いきって産んだとすれば、その女性ははなはだしい経済的な困窮に苦しむことになる。P298

 家族は結婚によって誕生するのではない。
ただ新しい生命の誕生が、家族を形成するのだという「単家族」の主張は、本書とも充分に共感する。
地域共同体への期待感が大きく、そのあたりにやや物足りなさを感じる。
しかし、臨床から出発した筆者の立場は、個々の人間から離れることはない。
本書はそうした意味でも、本サイトのよき導き手でもある。  
(2003.7.18)
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参考:
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
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ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009
高倉正樹「赤ちゃんの値段」講談社、2006
デスモンド・モリス「赤ん坊はなぜかわいい?」河出書房新社、1995
ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
ウルズラ・ヌーバー「<傷つきやすい子ども>という神話」岩波書店、1997
編・吉廣紀代子「女が子どもを産みたがらない理由」晩成書房、1991
塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
ピーター・リーライト「子どもを喰う世界」晶文社、1995
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001、
杉山幸丸「子殺しの行動学:霊長類社会の維持機構をさぐる」北斗出版、1980
矢野智司「子どもという思想」玉川大学出版部、1995  
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年
赤川学「子どもが減って何が悪い」ちくま新書、2004
浜田寿美男「子どものリアリティ 学校のバーチャリティ」岩波書店、2005
本田和子「子どもが忌避される時代」新曜社、2008
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
リチヤード・B・ガートナー「少年への性的虐待」作品社、2005
広岡知彦と「憩いの家」「静かなたたかい」朝日新聞社、1997
高山文彦「地獄の季節」新潮文庫、2001 
マイケル・ルイス「ネクスト」潟Aスペクト、2002
服部雄一「ひきこもりと家族トラウマ」NHK出版、2005
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972
ロイス・R・メリーナ「子どもを迎える人の本」どうぶつ社、2005
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992

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