匠雅音の家族についてのブックレビュー    非婚のすすめ|林秀彦

非婚のすすめ お奨度:

著者:林秀彦(はやし ひでひこ) 日本実業出版 1997(1987)年  ¥1300−

著者の略歴−1934年東京生まれ。学習院高等料より55年〜61年、独・ザール大学、仏・モンプリエ大学に学ぶ。哲学専攻。柔道師範。帰国後、松山善三に師事。テレビ・映画脚本家。「東芝日曜劇場」「ただいま11人」「若者たち」「7人の刑事」「鳩子の海」等多数。88年よりオーストラリア移住。最新作に『ジャパン、ザ・ビューティフル』(中央公論社)がある。
 非婚のすすめとか、シングルをいうのは、進歩派というかやや左翼ががった人が言うのだが、筆者はそうした分類にのらないタイプである。
とても精神論が多いのだが、54歳の時の著作だから、老人が書いたものだとも言えない。
それでいて、結婚するなと言う。
森本卓郎氏の「<非婚>のすすめ」と書名は同じだが、論の展開はまったく違う。
不思議な本であるが、10年後には新版となっている。
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非婚のすすめ
 
 わたしはこの本の中で、現在わたしたちが共有している結婚という概念を、西欧の文明がつくった一つの理想の形態だったととらえます。また西欧文明とは物質を追求する文明で、それは男性原理と呼ばれる男の価値観から生まれた、と規定します。
 その理想が破滅した、というのが前提です。P17


 たしかに神様や仏様の前で、変わらぬ一生の愛を誓うという結婚は、我が国オリジナルのものではない。
現在のような神前結婚は、大正天皇の結婚式から始まったのだから、明治時代になって誕生したものだ。
それ以前は、裕福な人たちは自宅で祝儀を開いたのだし、貧乏人は式などやらずに、たちまち同居したのだ。
だから、結婚というのは、たんに同居を意味したに過ぎなかった。

 同居から始まった結婚といえども、いまでいう愛情よりも、馴染みが良いとか相性がいいといった感じだった。
そのうえ、結婚のもっとも大きな理由は、生活のためだった。
農業というのは、人手がかかる。
独身では田畑を耕してはいけない。
食うために同居したのだ。

 筆者は、愛情に基づく西洋式の結婚は、男性による女性の所有だと言う。
この発言は、まるで現代のフェミニストのような感じだが、その根拠が幸福感の違いから説明される。
幸福や不幸は、環境が決めるものと、筆者は言う。

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 いまわたしたちがおかれている世界的な深刻な問題のはとんどすべて−環境汚染であろうと、麻 薬の問題であろうと、国家間の対立や緊張であろうと、その基本的な原因は、お互いの環境の違いから生まれる幸福と 不幸の摩擦、対立、格差、無理解、等々から起こっているのです。P41

 気質とか、性格、性癖だとか、瞬間的にパブロフの反応のように起こる感応性とか、情操、情緒、気分、思惟方法 (物事を考えるプロセス)、いっさいがっさい、人間性としてのあらゆる細部まで、自然環境がつくったものなのです。
 わたしたちは ″人間″という同じ種に属するので、これを誤解しやすい。同じ人間なのだから西洋人が考えようが、 アラビヤ人が考えようが、「結婚の幸福」とか「民主主義の幸福」という価値観は同じで共通する、と考えがちです。P58


 筆者は海外生活が長いらしく、本書の冒頭にもオーストラリアの山の中に、住んでいると書いている。
海外で、日本人的な感性が通じない話は良く聞くし、情やあうんの呼吸が通じなくて、すべてを言葉にしないと通じないとも言う。
筆者は盛んにそれを強調し、白人は残酷で戦闘的で利己主義的で、日本人とは何から何まで違うという。

 じつは人間が違うのは、当たり前のことで、西洋人だって違うことを認めている。
むしろ、彼等は白人だけが人間であって、女性や有色人種は人間ではないとすら思っている。
だから平気で黒人狩りや奴隷貿易などやったのだ。
人間が平等というのは、近代西洋がつくった観念上の人間のことであって、具体的な人間のことではない。
観念上の人間だから、白人だけだったものが、女性にも有色人種にも拡張できるのだ。

 家族の起源を、高群逸枝をひいて、次のように言う。

 家族の原点は母と子供たちであり、男は要するに寄食する宿なしでした。その男がある日、突然、まったく別の意味をもつ″家族”をシステムとしてつくりました。女性主導の″自然環境家族″から、男性主導の″人工環境家族″の切り替えでした。
 それは道具がもたらせた私有財産というものの出現のためです。
 私有財産の基本は土地でした。P131


 なにやらエンゲルスやモルガンの家族論を思わせる。
しかし、こう言ってしまうと、もう結論は見えている。
原始女性が太陽だった、という話にいくしかない。
そして、私有財産制の廃止をめざすことになる。
筆者は、男性文明(知能文明)から、女性文明(知性文明)への転換を図るべきだと言う。
そして、情があえば同居するという、合情婚を提唱する。

 婚姻といった結婚制度をやめて、情がつうじたら仲良くする。
それが非婚であり、一夫一婦制の崩壊なのだという。
しかも、賢い日本女性は、非婚が可能のだと結んでいる。
こうした精神論でも、ちゃんと改版されるということは、やはり売れているのだろう。
とても不思議な本である。    (2009.6.20)
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参考:
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
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