匠雅音の家族についてのブックレビュー     結婚がこわい|香山リカ

結婚がこわい お奨度:

著者:香山リカ(かやま りか)  講談社、2005年    ¥1300−

 著者の略歴−1960年7月1日、北海道札幌市に生まれる。東京医科大学卒業。精神科医。帝塚山学院大学人間文化学部人間学科教授。臨床経験を生かして、新聞、雑誌などの各メディアで、社会批評、批評、書評など幅広く活躍している。また、人の「心の病」について洞察を続けている。専門は精神科だが、テレビゲームなどのサブカルチャーにも関心を持つ。著書には『ぷちナショナリズム症候群』(中公新書ラクレ)、『ネット王子とケータイ姫』『「愛国」問答』(以上、共著・中公新書ラクレ)『本当はこわいフツウの人たち』(朝日新聞社)『「こころの時代」解体新書』『「こころの時代」解体新書2』(以上、創出版)、『若者の法則』(岩波新書)、『サヨナラ、あきらめられない症候群』(大和書房)、『(私)の愛国心』(ちくま新書)、『生きづらい(私)たち』(講談社現代新書)、『恋愛不安』『就職がこわい』(以上、講談社)などがある。

 「就職がこわい」に続いて、出版社からの依頼原稿だという。
本書の背景には少子化があり、それをもとに原稿依頼が来ているようだ。
筆者は少子化と、結婚は別問題だと考えている。
その通りである。男女共同参画社会になれば、少子化が止まるという保証はどこにもない。
女性が働き続けることと、子供を産むか否かは、直接には関係のない問題である。
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 政府の役人などは、誰でも結婚したいけど、結婚できないと考えている。
だから結婚障害を取り除けば、結婚が増えると見なしている。
が、筆者は誰でもが結婚したがっているとは考えていない。
これもその通りである。
筆者は結婚が減少していくことに、冷静な目を持っている。
今や必ずしも結婚したくないのだ。

 今生活している個人は、現状でものを考えざるを得ないから、歴史や他の世界のことは考慮のうちに入らない。
精神分析医というのは、個人的な体験から論理を組み立てていく。
だから、個人的な事情から社会全体を論じるとことになりやすい。
本書もその例にもれない。

 結婚をすることが普通の世界では、どうしても結婚をするか結婚をしないか、というかたちで問題が立てられてしまう。
とりわけ、精神分析医たちは問題を個人的に捉えるので、結婚の意味を考えるのではなしに、結婚するかしないかを考えやすい。
そのため、今後の社会がどう変化していくかを、射程に入れて考察するのではなく、現状での結婚のあり方に目が行っている。

 個人を見ても、必ずしも結婚したくないのが現状だ、と筆者は言う。
結婚を望まない原因を、専業主婦の生態に求める。

 妻の不満足の原因を、夫の無理解や楽観的な感情だけに求めるのには無理があると私は考える。
 繰り返しになるが、「では、理解してくれる夫とは何か」ときけば、妻たちは「そんなの、わからない」と言い、「きかれなければわからない時点で、無理解ということだ」と主張するだろう。
 つまり、夫との感情の「ズレ」のさらに奥にある「自分が何を望んでいるか、自分でもわからない」ということが、最大の問題なのだ。
「何かがほしい」という感情は強烈にあるが、「何がほしいかはわからない」。
欲望の対象が自分でもわからないのに、欲望の存在だけは確実にある、というこの状態が、彼女たちの苛立ちをいっそう深刻なものにし、「夫がわかってくれないからだ」と夫や結婚生活への否定的感情に向かわせているのだ。P68


 自己は他者を鏡として、自己が自己であることを知る。
成人後になって、自己が何者であるかは、多くの場合、仕事をとおして知覚・形成される。
仕事をしながら、自分の望みを他人とすりあわせる作業を経るなかで、自己の輪郭がじょじょに形成される。
だから、他者とふれあって仕事をしない専業主婦は、自己実現のきっかけをもてない。
つまり専業主婦は自己実現の契機がない。

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 どんな生き物にも欲望があるように、専業主婦も生き物だから欲望はある。
しかし、自己の欲望が何であるかを知るのは、他者によって自覚させられるのだ。
欲望を知るには他者が必要なのだ。
他者を持たない専業主婦は、だから、欲望を自覚しても、その欲望が何だかわからない。
その女性が優秀であればあるだけ、欲望認識欲が強く、空回りに陥るのも強烈だろう。
それは筆者の言うとおりである。

 欲望の内容が自分でもわからないのに、欲望の存在だけは確実にある、という状態は過酷なものだ。
欲望をもっていながら、その欲望を実現しようがない。
フラストレーションがたまるばかりだろう。
しかも、相手となる夫は、誠実であればあるほど、妻の欲望に答えようとする。
しかし、専業主婦自身が分からない欲望を、夫が理解しうるはずがない。
当然のこととして、夫婦の関係は泥沼に落ち込んでいく。
そうした事情を未婚の女性たちは知ってしまった。
だから、女性は結婚を避けているのだ。

 職種はともあれ、ひとつの仕事に没頭しているときの充実感、陶酔感、なおかつ自分が社会で何らかの役割を担っているという満足感、さらには自分のがんばりに対して賃金という報酬が与えられる喜び。これらはいずれも、男性、女性に関係なく多くの人間にとって非常に本質的な自分の支えとなる感覚なのではなかったのか。P98

 仕事の充実感を知ってしまった女性は、仕事のない専業主婦にはならない、と筆者は言う。
ここまでは納得できる。
しかし、筆者は、専業主婦を否定はしない。
結局ここが個人をしか見ない精神科医の限界なのだろう。

 結婚という言葉が主題に使われている以上、やむを得ないと言えば言えるのだが、もっと結婚を相対化すべきだろう。
通俗的な説と同様に、筆者も事実婚をはじめ何でもありだという。
しかし、筆者が結婚で立論する限り、終生にわたる1夫1婦の核家族へと収斂していく。
核家族が工業社会の種族保存の制度であり、情報社会では単家族化すると認識すべきである。

 国は「少子化対策」「非婚化対策」から一切手を引くべきだ、という。
そうでありながら、筆者は結婚を相対化しないので、国家が結婚をコントロールするとか、結婚の内実が虚弱化していく、といった悲観的な結論になる。
それは筆者の勤務する大学の学生たちが、「ラクをするために結婚する」という言葉から得られる感想かもしれないが、筆者の立論の限界だろう。

 先進国の女性たちは、全員が職業人になったにもかかわらず、我が国では専業主婦が多い。
我が国のフェミニズムが、専業主婦を切り捨てなかったツケを、その後の世代に負わせてしまった。
本書もフェミニズムのマイナスの遺産をしっかりと背負っている。  (2006.9.19)
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参考:
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
榎美沙子「ピル」カルチャー出版社、1973年
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009

シェア・ハイト「なぜ女は出世できないか」東洋経済新報社、2001
プッシイー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002


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