匠雅音の家族についてのブックレビュー     ピル|榎美沙子

ピル お奨度:☆☆

著者:榎美沙子(えのき みさこ)
カルチャー出版社、1973年   ¥550−(絶版)

著者の略歴−1945年生まれ。京都大学薬学部卒業。生化学会,内分泌学会各会員。新進の薬事評論家として活躍中。著訳書『女から女たちへ』合同出版刊、共訳
 榎美沙子といっても、若い人は知らないであろう。
本書の筆者である榎美沙子氏は、女性の権利を前面にうちだしたグループの代表だった。
そのグループの名前を、中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)といった。
1972年に誕生したこのグループは、ピンクのヘルメット姿で衝撃的に登場した。

 この<中ピ連>こそ、わが国の女性運動の最先端を切り開いたものであり、
真のフェミニズム運動だったと、私は今でも考えている。
しかし、<中ピ連>の代表だった彼女は、右翼の人たちと繋がりがあったという噂とともに、女性運動から抹殺されてしまった。
1980年代にはいると、女性運動は徐々に戦闘性を失って、90年代にはすっかり下火になった。
いまでは大学の片隅で、ほそぼそとフェミニズムの同好会が、続いているだけである。

 戦闘的な<中ピ連>を抹殺したことにより、フェミニズムは市民権を獲得し、
大学のなかに橋頭堡を築いた。
しかし、数少ない女性が、マスコミで有名人化するのに反比例して、フェミニズムはその勢いを失った。
女性関係の書籍を大量に売りまくり、女性運動を足場に出世した女性たちは、
身の処し方が上手かったのだろう。
大学フェミニズムの女性たちは、結果として男性支配に迎合するかたちで、自分の保身をはかったのではないだろうか。

 <中ピ連>の抹殺は同時に、女性運動からはみずみずしさを失わせ、
フェミニズムは女性たちからさえ見捨てられてしまった。
もっとも戦闘的だった本書の筆者を、抹殺してしまったフェミニズムとは、いったい何なのだろうか。

 わが国でピルが人の口に上る前から、筆者はピルをとりあげてきた。

 日本のピルは、とてもアイマイな状態にあります。十年前から許可されていますが、その名目は、あくまでも、<不妊症>や、<生理不順>の治療薬としてであり、<避妊薬>としてではありません。そのため、日本のピルについては、一般の人びとはもちろん、医師の間でも、ほとんど知られていませんでした。(中略)世界中では数千万人の女性に飲まれているピルについて、日本の女性だけが、ツソボさじきにおかれているというのは、なんとしても不可解な話ではありませんか。(はじめに)

と書かれたのは、1973年である。
わが国のフェミニズムは、女性は弱者であり、被害者だと主張し続けた。
そして、女性がセックスを楽しむことから、目をそらし続けた。
そのため、女性が主体となるという発想は、とうとう生まれなかった。

 本書の刊行から26年後、1999年の6月になって、やっとピルが解禁された。
それも女性運動の成果と言うより、
バイアグラの発売を急いだ厚生省の対抗措置といった傾向が強かった。
ピルは女性の意志だけで、男性に気づかれずにできる画期的な避妊方法だった。
しかし、わが国のフェミニズムは、いまだに女性がセックスを謳歌することを許さない。
セックスで女性も男性と対等になるためには、女性の主体的な避妊が不可欠でありながら、目をそらし続けている。
だから、いまでもピルについて語りたがらない。

 目次をみると、次のような内容が並ぶ。
●完全なる経口避妊薬ピル
●ピルの飲み方
●ピルの買い方
●ピルの副作用は本当にこわいのか
●クスリ公害とピル
●ピル解禁への道
●ピル以外の避妊方法
●東大講師高橋晄正氏の誤り

 上記の内容を見てもわかるように、本書はピルについて実に丁寧に、しかも優しく解説したものである。
しかし今日、本書をフェミニズムの文献中に見ることが少ない。
ピルが普及しなかった原因は、女性側の要求の弱さ同時に、もちろん産婦人科学会も責められるべきである。

 世界的にみれば、もう十年以上もピルが使われており、IUD(子宮内避妊具、通称避妊リング)も広く使われています。それなのに、日本の産婦人科学会は、こういう世界の潮流からは、なにも学ぼうとしませんでした。なによりも、避妊法を必要としている女性の立場にも、なんら目を向けなかったのです。
 産婦人科医としては、なによりも女性の要求にこたえ、女性の体を大切にすることを考えるべきではないでしょうか。中絶に比べれば、ピルやIUDのほうがはるかに良いということは、ずっと以前から明らかにされていたことです。それなのに、政府・厚生省に対して、なんらピル解禁を要求しなかったのは、実に怠惰で無責任だとしかいいようがありません。P89

 ピルが話題になり始めると、その態度はどういうふうに変わってきたでしょうか。口ぐちに「ピルは副作用の心配があるから、医者の指導のもとに使うべきだ」と唱え始めたのです。今まで、ピルについてなにもしなかった無責任さはタナに上げて、「医者の指導のもとに」などとおっしゃるのは、中絶がへって、もうけがへるので、新しいもうけのタネをさがしているのでしょう。P91

 本書は、いま読んでも、決して古びてはいない。
むしろ、なぜ本書が歴史の彼方に葬られてしまったのか、それを疑問に思うだけである。
アメリカではヴァレリー・ソラナスの映画ができるように、歴史の評価が日々に更新されている。
しかしわが国では、女性運動はいまだに平塚らいてうによりかかっている。
真に戦闘的だった人たちを、きちんと評価していない。
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参考:
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
S・メルシオール=ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
顧蓉、葛金芳「宦官 中国四千年を操った異形の集団」徳間文庫、2000
フラン・P・ホスケン「女子割礼:因習に呪縛される女性の性と人権」明石書店、1993
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国 T・U 古代ギリシャの性の政治学」岩波書店、1989
田中優子「張形 江戸をんなの性」河出書房新社、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991
ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」 KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノローグ」白水社、2002
橋本秀雄「男でも女でもない性」青弓社、1998
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国」岩波書店、1989
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
能町みね子「オカマだけどOLやってます」文春文庫、2009
島田佳奈「人のオトコを奪る方法」大和文庫、2007
工藤美代子「快楽(けらく)」中公文庫、2006

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