匠雅音の家族についてのブックレビュー    反結婚論|岡田秀子

反結婚論 お奨度:☆☆

著者:岡田秀子(おかだ ひでこ)−亜紀書房、1972年 ¥1、100−(絶版)

著者の略歴−
 ウーマン・リブがさかんだった1972年に、本書は出版されている。
この時代の女性運動は、女性であることにこだわり、むしろ家庭を大切にせよと訴えたものだった。

 その後のわが国の女性運動は、愛による家族の結びつきといった展開を見せ、
家族の再評価といった形へと進んでいった。
それは多くの女性が専業主婦だったので、
核家族を否定することは、専業主婦をも否定することになり、
女性運動の母集団を失うことだった。
そのため、女性運動は主婦に寄りかからざるを得なかった。

 本書は題名の通り、結婚そのものを否定している。
そして、「人形の家」のノラのように、
筆者は自分で書いたとおりに、離婚し家をでた。
本書はきわめて先鋭的で、本質的な論を展開している。
しかし、あまりにも早かった。
筆者の論を理解するには、時代がまだついてこれなかった。

 母として、妻として存在する場としての″主婦″をはなれて、外に出たとき、どんな力が″自前″で持てるのだろうか。母親運動や消費者運動でがんばっている主婦たちは、それを″自前″の力でやっていると思い、だから″抑圧″をはねのける側に立っているのだと思っている。(はしがき)

 精神的性愛によるエロス的結合にとって、セックスはコミュニケーションであるが、家庭づくりのホーム・セックスは「生活技術」に過ぎない。結婚への適応、家庭の維持、生殖などを含めた生活技術として行なわれるセックスは快楽ではなくて生理であり、精神性のなさにおいてワイセツである。P183

 性行為そのものは、ワイセツとは無関係だが、
「ホーム・セックスはワイセツだ」と筆者は主張する。
結婚とは公認された性の処理場であり、世間という衆目は夫や妻にセックスを強制している。
セックスを本能と見なせば、売春を認めざるを得ない。
ホーム・セックスと売春は、相関的に存在してきたと、筆者はいう。
すでに筆者には、男女を関係として捉えようとする眼がある。

 太古において、女は本質的に妻(メス)であり母であった。だが、同時に男は、夫(オス)であり父であることを存在の本質とした。神話的世界においては、女がメスであり母であることと、男が、オスであり、父であることは、同等の重みを持って語られている。メス、オスも、母、父も、相対的存在としてのみ可能である。P23

 主婦が、家事責任者としてあるかぎり、家事のサボタージュは、自己の存在を否定することになるのだ。P43

 「家」の平和は、男女が、伝統的な役割を固く守ることで保たれた。(中略)愛がないのに役割をはたすとき、それは美徳となった。(中略)マイカーに乗って夫婦仲よく遊びに出るようなのがいたら、「ダラシのない夫婦だ」と、それを世間は「崩壊家庭」とみなしただろう。P54

 伝統主義は家での労働が前提である。
生産組織である家から弾きだされたのは、稼ぎの可能性が高い男性だった。
男性が賃金労働者となって、稼ぎ人間となった。
それは伝統主義からの逸脱であるという。
近代にたいする強かな認識であるが、筆者の考察はそれにとどまらない。

 女が稼ぎ人間になることは、伝統主義から脱することであるから、当然のこと伝統主義によって成り立っている家庭は崩壊するだろう。P104

 女が稼ぎに出ることで崩壊するような伝統的な家庭は、こわしてしまえばいいではないか。そして男も女も稼ぎながら作っていくような新しい家庭のモラルを創造するべきではないか。P107

 稼ぎが男女の両方にとって必要なように、家事も両性にとって不可欠である。
この時代、筆者は早くも性別による役割分担を否定する。
女性が稼ぎ手となると同時、男性も家事をせよという。

 男と女が連帯するには、両性とも家事好きになることだ。P138

 女の解放は、妻・母・主婦としての女の地位の向上とは、あい入れないものである。妻・母・主婦は経済力を持たないゆえに男性に従っていく道を選ばなければならないが、家事・育児に経済的価値を認められようとすれば、家事・育児を女の仕事として定着させる政策にまんまとくみしてしまうことになる。P142

 女が主婦権の補強を求めて家事論争をやっているあいだに、女の社会的労働権は、その分だけ減少するだろう。主婦権論者は、家事に高い評価を求めるがために、体制的とならざるをえないし、家事権よりも社会的な労働の権利を求める婦人解放論者と連帯を断つのである。体制と、それに協調する主婦論者によって、婦人の労働権は低く押さえられている。P160

 現行の家庭の中に、生きがいや愛を期待することの方が、より幻想的なことではあるまいか。P184

 リブをとなえる女たちは、それがなにより自分の責任において、自らを不幸にする思想であることを百も承知なのである。(中略)ウーマン・リブの闘争はまさに狂気の沙汰であり、(中略)従来の婦人運動に彼女たちは期待しない。P192

 ここでいわれるウーマン・リブは、今日いうフェミニズムのきわめて近い。
筆者がいうのは、伝統的社会における女性の立場を否定するものだ。
筆者はすでに母殺しを肯定している。
だから、ウーマン・リブは、自らを不幸にする思想だというのである。
出版されたのも少部数だろうし、目立たない本だし、無名ともいえる筆者だから、本書は注目されなかった。

 その後の女性運動は、筆者が思い描いていたのとは、違う方向へ行ってしまった。
主婦にこだわれば、自民党以上の現状維持になるのは自明である。
筆者が恐れていたとおり、フェミニズムは体制的になってしまった。

 本書を出版した後、筆者が活躍できなかったのは、どんな理由からなのだろうか。
筆者の名前を聞くことはなかった。
しかし、1972年という時代に、筆者のような女性が存在したことを、我々は誇りとしていい。
本書は今でも、味読に充分たえるし、思考の軌跡としての輝きを失わない。
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参考:
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009

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