匠雅音の家族についてのブックレビュー    ぼくんち熱血母主家庭−痛快子育て記|下田治美

ぼくんち熱血母主家庭
  痛快子育て記
お奨度:☆☆

著者:下田治美(しもだ はるみ)
講談社文庫、1993年(角川文庫 2001年 ¥495−)

著者の略歴−1947年、東京に生まれる。ひとり息子・隆之介君とふたり家族の母主家庭を実践中。小気味よいエッセイが人気を呼ぶ。著書に「2DKの呪い」「マドンナの呪い」「夫のレンアイ」「愛を乞う人」全て情報センター出版局、など。
 30歳で離婚。そのときには、お腹のなかに子供が入っていた。
それから女手一つで、筆者はリュウちゃんを育ててきた。
定職に就くわけではなく、物書きという不安定な仕事を続けながら、子育てを続ける。
それはそれは大変なことだっただろう。
筆者の困難だった生活が、本当にしのばれる。
大変だったね、そういって優しくなでてあげたくなる。
しかし本書は、困難だった生活を行間から感じさせつつも、それ以上に大きな生きる悦びを伝えてくれる。
心温まる本である。
TAKUMI アマゾンで購入

 やがて単親も普通になるだろう。
アメリカがそうであるように、単家族化すればどうしても単親は増える。
単親がふえれば、差別もなくなるだろう。
しかし、現在のわが国では、単親は圧倒的な少数である。
まず、生活のための糧を稼ぐ、それが困難である。
子供がいる女性など、どこでも雇ってはくれない。
筆者の子育て期は、バブルの時代だったから、まだよかったかもしれない。
2001年の現在なら、状況はもっと困難だろう。

 筆者は貧乏だった、という。それは当然だろう。
1人前に働き、かつ家事もこなす。
リュウちゃんが母親の手伝いをするが、それだって3歳になってからだ。
筆者は子供を各所に預けて、1日に15時間もコマネズミのように働いている。
健康だったのが、何よりだったろう。
体が良く続いたものだ。

 私は、ラクするにはどうしたらいいか、ということを至上命題にしているので、このような大変なことはやらないことにしている。子どもの遅刻と引き換えに、コゴトを連発して、自分が不快な気持になるのは、まっぴらごめん。仕事にさしつかえます。仕事のほうが、子どもの学校よりずっと大事なんです、私。そのかわり、「子どもを平気で遅刻させるダメ親」の烙印は、覚悟している。P23

 こんなことを簡単に書けるものではない。
あとで筆者は自分主義だといっているが、脱帽である。
筆者が倒れたら、子供は路頭に迷う。
子供中心ではなく、自分中心にならざるをえない。
筆者の凄いところは、事実や感じたことをありのままに書いていることだ。

広告
 世の母親は、子供を大切にするのが使命だ、と見られている。
自分より子供を大切にするのだと言われる。
それは嘘だが、多くの母親は嘘だと知りつつ、つくられた母親を演じる。
そこにしか専業主婦たちの存在意義がないから、つくられた母親を演じざるを得ない。
嘘を演じることが、彼女たちの生きる方法である。
単親の女性は、つくられた母親を演じていたら、生きていけない。

 何も書けない日がつづいて収入がなくなり、生活保護の申請(却下された)をした。保育所がつぶれ、赤ん坊だったヤツ(=リュウちゃん)を抱いて部屋で涙をこぼしていた日々。2人そろって高熱をだして、寝こんだこともある。P65

少数者というのは、少数であるというだけで、厳しい生活が強いられる。
しかし、少数者として生きることは、真実を見ることでもある。
子供に自分を<はるさん>と呼ばせる筆者は、子供の可能性を信じて、
つまり自分も含めた人間の可能性を信じて生きている。
筆者の心には、生身の人間が生きている。
だから、読む者の心を豊かにしてくれる。

「ね、はるさんってエライと思わない?」
「なんで?」
今度はせっせと背中をさすりながら、ヤツはぶっきらぼう。
「なんでって……はるさんって、おとうさんみたいに仕事をして、よそのおかあさんと同じように家事してさ」
ヤツは無言で、せっせ、せっせ。
「ね? エライよね」
私が再び催促したとき、ヤツは、
「それは、だれにもできないことなの?」
エエッ? 私は返答に窮した。
「仕事も家事もすることは、だれにもできないことなの?」
ヤツはくり返した。厳しい調子がこもっていた。
「いや……」
私は当惑して声が小さくなった。なぜかしら、不安がじわりと広がる。
「……だれにでもできる……」
声がいよいよ細くなってしまった。そういえば……確かにそうだ……。
「そうだろ!」
ヤツは鬼の首でもとったみたいに、勝ち誇ったような声をあげた。
ちょっと、ちょっと。待ってくれェ。このあたりが私の唯一のトリデだったのだ。そんなに簡単に否定してくれるなよ。P200


 熱血母主家庭を実践中の筆者は、親に感謝なんかしなくていい。
親に感謝する人は、自分の子供に感謝を要求する、といっている。
リュウりゃんと一緒にいるのが、幸せ=楽しいから単親でも育てるのだ、と断言する。
子供に感謝を要求するなんて、考えもしない。
人生観といい、文章表現といい、とにかく感動である。
貧乏な(?)筆者のために、筆者の本が売れることを心から願っている。

蛇足ながら、筆者は最後に次のように書いている。

 最近、何十年も働きつづけて定年を迎えた男を、家事ができないという理由だけで、「産業廃棄物」と斬り捨てる学者が出てきたね。フェミニズムの旗手ともいうべき女性だ。しかし、心臓がコトコト鼓動し、あたたかい赤い血が脈々と流れている生き物、人間を、ゴミ呼ばわりして、「問答無用、斬り捨てごめん」とばかりに斬り捨てる無残なアレは、学問なのかね。P225

単親で子育て中の女性から、こう言われるわが国のフェミニズムは、いったい何なのだろうか。
広告
 感想・ご意見などを掲示板にどうぞ
参考:
芹沢俊介「母という暴力」春秋社、2001
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
須藤健一「母系社会の構造:サンゴ礁の島々の民族誌」紀伊国屋書店、1989
エリザベート・パダンテール「母性という神話」筑摩書房、1991
斉藤環「母は娘の人生を支配する」日本放送出版協会、2008
ナンシー・チョドロウ「母親業の再生産」新曜社、1981
石原里紗「ふざけるな専業主婦」新潮文庫、2001
石川結貴「モンスター マザー」光文社、2007

イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997


「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる