匠雅音の家族についてのブックレビュー    女性の解放|ジョーン・スチュワート・ミル

女性の解放 お奨度:☆☆

著者:ジョーン・スチュワート・ミル−−岩波文庫:1957年 ¥560−

著者の略歴−1806〜1873年。イギリスの経済学者、哲学者。ロンドン生まれ。若い時代に、2才年下のハリエット・テーラーから感化を受る。ミルが46才のときに2人は結婚するが、ハリエットの病死によりわずか7年半で結婚生活は終焉を迎えた。
 本書は1869年にロンドンで出版された。
わが国では大正時代に一度訳されている。
女性解放の古典中の古典とされており、現在読んでもいささかも古びてはいない。
筆者が晩年になって書いたこともあり、論点にはまんべんなく目が届き、論旨もしっかりしている。
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女性の解放 (岩波文庫)

 本書の解説を、大内兵衛が書いている。
そのなかで、婦人問題は資本主義制度の問題であり、社会主義でなくては解決できないと書いているが、時代は変わったものだ。
20世紀に活動した訳者が時代に追い越され、19世紀に書かれた本書はいまだに輝きを失っていない。
もはやベーベルの「婦人論」など、まったく威光を失ってしまった。
マルクス主義とか社会主義が崩壊してしまった。
ブルジョア・フェミニズムだといわれる本書が、最高の古典といっても良い状況である。
解放の思想は、常に支配者から与えられるとすれば、本書はまさに女性解放の思想書である。

 当時の慣習に反対して、女性差別の原因を、筆者は次のように言う。

 女性の法律的従属という制度は、他の社会制度を比較し経験したうえで、これが人類にとって最良であるという理由をもって採用されたものではない。男性が強さにおいてまさるというたんなる肉体的事実が、法律上の権利にかえられ、それが社会によって認められたのである。P8

 筆者は女性が隷属させられた理由を、階級とか社会的な原因に求めなかった。
個人的な肉体の強さに差別の原因を求めたことが、根元的な差別の構造をえぐり出すことに成功した。
あとは個人的な事情と社会的な齟齬を解消すればいいのだが、さすがに本書はそこまで筆が届いてはいない。
わが国における現在のフェミニストが、いまだに女性差別の根本的な理由を開示できないでいる。
その理由は、肉体の個別性から目をそむけているからである。
肉体的な屈強さが差別の原因だとすると、永遠に差別が解消されないと取り越し苦労をしている。

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 現在とよく似た女性の状況にたいして、筆者は反論を試みている。
いわく、女性は論理的な思考ができない、
女性には天才がいない、
政治の話ができないなどなど、
今でも女性特有の性格とやらが、女性の社会進出に反対して言われる。
本書はそうした常識に一つ一つ反論し、人間の性格は環境がつくるものであり、生まれながらのものではないといって、女性の社会進出を肯定する。
当時、女性の社会進出といえば、選挙権の獲得を意味していた。
それは女性運動の大きな目標であった。
筆者は女性の参政権に堂々と賛成している。

 本書は、結婚や職業に対しても論及しており、今から読んでも鋭い指摘がある。

 結婚が対等の契約であって、正当の理由のある場合に別居が可能であれば、またそうなった場合あらゆる職業が女性に開放されているならば、女性が結婚してまで働いて収入を得る必要はないであろう。P21

 一読すると、女性の職業を認めていないようだが、
職業が女性に開放されているならば、という言葉は女性の職業を前提にしている。
男女が平等になったときの最初の利点として、男性の問題として考えていることは出色である。
筆者は

 女性を除外するということは、男性を堕落させるという効果をもつ、とくに、無教養で品性のいやしい男性にたいして著しい。P29

といっているが、、現在でもまったく同じことが言える。
男性にとって女性差別は、女性の問題ではなく男性の問題である。
差別はされるほうと同時に、するほうをも堕落させる。
このことが分かっていたのは、筆者が自己相対化の眼を体得した完璧な近代人だったからだろう。
そして、女性の社会進出は、労働力が単純に2倍になるといっている。
これも、当然のことながら慧眼である。

 有能な女性を自己の伴侶とすることが、男性の喜びである。
いずれの性であっても、人格完成の障害は排除すべきだという。
だから、女性の解放は人間の解放である、と筆者は言う。
何度読んでも教えられることの多い本である。
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参考:
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005年
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫  2008年
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994
ウルズラ・ヌーバー「<傷つきやすい子ども>という神話」岩波書店、1997
エリザベート・パダンテール「母性という神話」筑摩書房、1991
編・吉廣紀代子「女が子どもを産みたがらない理由」晩成書房、1991
塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002


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