匠雅音の家族についてのブックレビュー   完全なる女性−性的欲望と反応|フィリス・クロンハウゼン、エバーハート・クロンハウゼン

完全なる女性
性的欲望と反応
お奨め度:

著者:フィリス・クロンハウゼンエバーハート・クロンハウゼン
河出書房、1966年

著者の略歴−フィリス・クロンハウゼン1929年ミネソタ生まれ。ミネソタ大学卒業、コロンビア大学にて教育学博士を得る。エバーハート・クロンハウゼン1915年ベルリン生まれ。1945年ミネソタ大学に入学し、心理学を学ぶ。コロンビア大学にて教育学博士をうる。精神分析を修める。
 本書は、1964年にアメリカで出版され、その2年後の1966年という熱い時代に、わが国でも出版された。
この時代は、学生運動がじょじょに高まりを見せ、若者たちが現状への抗議活動を、展開し始めた時だった。
1968年には、フランスで5月革命がおきる。
そうした最中、女性の性意識も目覚めはじめていた。
本書は、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの序文付きで、出版されたのである。
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完全なる女性

 1960年には「性生活の知恵」が出版され、凄まじい勢いで版を重ねていた。
それが意味するのは、性的な快感を味わうことへの、抵抗感がなくなったことだろう。
そして、それは男性たちの、性への飽くなき追求だったといっても良い。
そうした背景に、女性の自立が重なり、女性は自分の身体に自覚をもち始めた。
自分の体を使ってするセックスに、自分の意識が関われないのは、なぜかと思い始めたのだろう。

 本書も熱い時代に、冷静に自己を見つめるものだった。
もちろんこの手の本は、筆者の意図とは無関係に読まれるから、まじめな読者ばかりではなったと思う。
しかし、本書もそれなりに版を重ねたところを見ると、当時が熱く思い出されるのである。

 どんな書物も、時代の子である。
女性の性反応は、男性のそれとまったく違わない、と過激に主著する本書も、奇妙な偏見に捕らわれている。
売春婦の性的な反応は、通常の女性とは異なっているので、科学的な調査のサンプルにならないとして、次のように言う。

 科学者たちが、売春婦は実験に用いられない、ということを発見したとき、彼ら の驚きと絶望は大きかった。これは、売春婦の性器は、多かれ少なかれたえず 軽度の充血状態にある、ということがわかったからである。その理由は、売春婦 は、大量の身体的な性刺激にさらされているので、オーガズムの間に緊張放出が完全に行なわれないためである。それゆえ、彼女たちの生理学的状態は、大量の身体的ならびに心理的な刺激をうけ易いが、性関係ではまだオーガズム的 な緊張放出を経験していないハネムーンの、若い未経験な花嫁の状態に似ている。いいかえると、売春婦の生理学的状態は、女性の性反応周期の種々の時期 に見られる性興奮のあらわれを測る上の信頼のおける出発点にはならない。P35

 売春婦という職業が、女性の身体的な属性へと伸展され、一時的な状態ではなく生得的に染みついたものとしてとらえれている。
これは立場でものを考える時代に特有な現象である。
現代では、素人どころか、高校生が売春する時代である。
売春婦より頻繁にセックスをする素人は幾らでもいるだろう。
今や売春婦と、素人の女性のあいだには、なんの違いもない。

 女性の性感は、クリトリスでか膣でかといったことも、当時はおおきな話題になった。
その決着はつかないままに、いつの間にかこうした話題は下火になっていった。

 その後、ウーマン・リブが華々しくおこり、女性にも性欲があることが公になった。
そして、女性の性欲は肯定されてきた。
それをうけて、西欧諸国では女性のセクシャリティを、追求する研究や書物がたくさん出版された。
しかしわが国では、女性運動が母性保護といった女性的なものへと収斂してしまった。
そのため、人間としての普遍を追求する方向には進まなかった。
本書を後追いするような出版物が、女性から上梓されることは少なかった。
そのうえ、女性の性欲を謳歌する書物も、出版されることが少なかった。

 男女関係において、女性が性的なオーガズムを得ることは、きわめて大切だと本書は述べている。

そして、女性のオーガズムの公式は次のようになるといって、次式を掲げる。

   解剖(肉体的な構造)+社会環境+個人の心理=オーガズム能力

 当たり前といえば当たり前だが、この公式は当時にあっては新鮮であった。
そして、婚前交渉という、懐かしい言葉が登場する。
いまでは処女で結婚する女性はいないだろうが、当時のアメリカでも、婚前交渉を経験するのは、女性の30〜40%もいなかった。
進歩的な本書は、もちろん婚前交渉を肯定する。
つまり、婚前交渉を体験した女性のほうが、結婚後の幸せな人生を送るというのである。
つまり、性に対して開かれた姿勢が、男女間を活性化するといいたいのだろう。

 後半は、後記の4人をめぐって話は展開する。
その4人とは、「平均以上の家庭の主婦」「結婚している同性愛者」「性の大家ぶっている人」「医師の妻」であり、とくに前3者が中心になっていく。
女性をオーガズムに到達させる能力は、すべての解決策ではないといいながら、この能力がないとどんな結婚も上手くいかないという。
そして、オーガズムを得やすい状況を検証する。

 男女の性的な等質性を主張する本書も、まったく時代の子である。
1960年代は、過激な女性が登場し始めてはいたが、まだ工業社会が揺らぐまでには至っていなかった。
そのため、男性にとっても女性にとっても、1夫1婦制度は充分に信頼にたるのもだった。
工業社会の反映である当時の結婚制度が揺らいではいなかった。

 女性のオーガズムは大切だが、それが得られなくても、女性が直ちに離婚に至ることはなかった。
女性の経済力がまだ小さかったから、離婚は困難だった。
アメリカにおいて離婚が増加するのは、1980年代になってからである。
だから本書は、オーガズムなしの結婚生活を肯定せざるを得ないのである。

 女性はいつの時代にも性交をし続けてきたのだが、自分の身体を自分のものとして意識できるようになったのは、本当に最近のことである。
自分の身体がする行為であっても、それを意識が認識の対象とするのは別のことである。
自分の行為の意味を、自分が理解しているとは限らない。
現実と意識とは、そうとうに離れた現象である。
本書にしてもキンゼイの報告にしても、近代を打ち破るのは、たいへんなエネルギーが必要だった。今から見ると、それがよくわかる。
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参考:
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991
ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999
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生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005

江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
ニーチェ「悦ばしき知識」筑摩学芸文庫、1993
読売新聞20世紀取材班「ロシア・中国 20世紀 革命」中公文庫、2001
金素妍「金日成長寿研究所の秘密」文春文庫、2002
久家義之「大使館なんかいらない」角川文庫、2001
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005年
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫  2008年
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
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マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
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R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
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荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
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井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994

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