匠雅音の家族についてのブックレビュー    「産まない」時代の女たち−チャイルド・フリーという生き方|ジェーン・バートレット

「産まない」時代の女たち
チャイルド・フリーという生き方
お奨度:

著者:ジェーン・バートレット   とびら社、2004年  ¥2400

 著者の略歴−1963年生まれ。イギリス人ジャーナリスト。新聞・雑誌などへの寄稿を本業とする。
 近代の入り口で神から自立した男性に続いて、女性もいま自立の第一歩を踏み出している。
自立とは何より、自分の人生は自分で決めることであり、自己決定権を入手するため、経済的な力を付けることだ。
経済的な力を入手することで、神から報復を受けることはない。
しかし、自己決定権の入手は、恐ろしい見返りをもたらす。
それは選択肢を前にした不安である。
どんな時代でも、解放されて自由になることは、不安と同居している。
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 神は全能であり、すべてを決定する力があった。
人間は神の意志のままに生きて生きた。
男女の営みをすれば、不可避的に妊娠し、その多くが出産に至った。
妊娠は神の意志だった。
しかし、現在では男女の営みをしても、妊娠しないことは出来るし、妊娠してしまっても出産を避けることは出来る。
生命の誕生は、神の御手にあったのだが、いまでは人間がそれを決めている。

 決定の自由があるところには、選択の悩みがあり、決定を下した責任が跳ね返ってくる。
どんな些細な決定も、全人格をもって下されている。
子供の誕生という大きな決定では、決断の結果が常に自分に問われる。
子供を持つか持たないかは、男性にとっても女性にとっても、その重要さにおいて変わらないはずである。
しかし、最近まで子供を産むことは、女性の人生で最大の仕事だと見なされてきたので、女性は社会的な拘束から自由になりにくい。

 工業社会では個人の大人にとって、子供は必ずしも必要不可欠ではない。
子供は不要にさえなってきた。
子供を持つか否かの決定において、フェミニズムは決定的な影響力を持った。

 子どもをもたない女性の決断において、フェミニズムが担った役割はきわめて大きい。フェミニズム運動がなかったならば、信頼できる避妊法も安全な中絶法もありえず、女性たちが「産む性」をコントロールすることは不可能だっただろう。また、多くの女性が深い満足感を得、母親業に替わる創造的な選択肢と見なしているキャリアも手の届かない存在だったことだろう。インタビューに応えたうち、ふたりはフェミニズムが自分の人生に影響を及ぼしたと感じていなかったが、そのほかは非常に肯定的だった。P146

 我が国では中絶の自由化は、フェミニズムとはまったく関係なく決定された。
先進諸国よりずっと早く、人口の抑制を目的として、女性の解放とは無関係に、中絶が自由化された。
本書は、1992年にイギリスで行われたインタビューが、元になって執筆された。
すでに12年の歳月を経ているので、いささか古く感じもするが、我が国ではまだ本書の描くところまでも、到達していないだろう。

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 我が国では、フェミニズムが解放の思想となり得なかった。
フェミニズムは女性の解放を支えずに、専業主婦を擁護しさえした。
そのため西洋諸国に比べると、女性が自由になった領域がずっと狭い。
我が国では女性が、いまだに専業主婦を選びうる。
我が国の女性運動は、女性の権利獲得を謳い、同時に母親としての役割を擁護している。
これは明らかに論理矛盾である。筆者は、ジュディス・D・シュワルツの「母親の謎」を引用して、次のように言う。

 (過去にそうだったように)女性を従属させ、その権利を否定する「相違」のイデオロギーに目をつぶって、女性の「相違」を祝福することなど、とてもできはしない。いっぽうで子どもを産む義務から女性を解き放とうと努力しながら、他方において母親業の意義を肯定するなどということがどうしてできるだろうか。P35

 母親役割が今まで女性の先行例だったから、多くの女性は子供を持たないことに、心理的な動揺があるに過ぎない。
男性にとっても、じつは子供を持たないという選択には、大きな心理的な葛藤がある。
しかし、男性にとって子供を持たない選択は、たくさんある選択の一つに過ぎない。
そのため、子供のことに関心を集中することはない。

 子供を持たない女性は、女性ではないように見られるといって、本書は子供を持たない女性に焦点を当てている。
しかし、問題は子供を持つ女性のほうにある。
今後、女性も男性と同様に働くようになると、妊娠が母体に与える影響から、女性は逃れられなくなる。

 肉体労働だった時代には、妊娠しても休息すれば済んだ。
妊娠が肉体労働に与える影響は少なかった。
妊娠と肉体労働とは両立し得た。
頭脳労働の時代では、ホルモンが影響して仕事に集中できなくなったり、妊娠期間の休息が仕事への復帰を難しくするだろう。
妊娠と頭脳労働とは、二律背反のように感じる。

 女性も仕事が出来るのは、仕事は性による選別をしないからだ。
1+1は、男性がやろうが女性がやろうが2だから、男性も女性も同じように仕事が出来る。
反対もまた真実であり、1+1=2の計算が出来ない人間は、男性だろうと女性だろうと、頭脳仕事の世界から放逐される。
情報社会の仕事において、精神の集中が要求されるようになればなるほど、妊娠が女性の仕事に与える影響は大きくなるだろう。

 本書は時代の狭間で揺れ動く女性に、優しい視線を送っている。
この視線には本サイトも賛成するし、子供に対しては基本的に本書と同じ立場である。

 21世紀にはわたしたちは母親にならない女性の人生にはなにかが欠如しているなどと、どんな人生の軌跡もしょせんは子育てに劣る代替物にすぎないなどとは、考えなくなるだろう。子どもをもたない女性の人生の空間は、空虚なわけでも、不毛なわけでもない。それは、可能性に満ちているのだ。P293

と述べる本書の結論には、まったく賛成である。
子供を持つか否かを前にして、動揺することが出来るのは、女性に選択肢が与えられたからであり、自立の一歩をつかんだからである。
不安や動揺が、悪いことのように感じるかも知れないが、子供を産むしか選択肢のない状態からは、女性たちは確実に進歩した。
不安や動揺があることこそ、解放された証である。

 女性が妊娠することは、自然の摂理にかなっているのかも知れないが、妊娠は精神的な集中を妨げるだろうから、頭脳労働には大きな足かせになる。
本書は子供を持たない女性を取り上げているが、子供を持たない女性の自立的な生き方を描くことから、むしろ反対に子供を持つ女性の今後が大いに気になった。
 (2004.12.19)
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参考:
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小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
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シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
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中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
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ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
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ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
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石原里紗「ふざけるな専業主婦 バカにバカといってなぜ悪い」新潮文庫、2001


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