匠雅音の家族についてのブックレビュー     人形の家|ヘンリク・イプセン

人形の家 お奨度:

著者:ヘンリク・イプセン−角川文庫、1952年  ¥400−

著者の略歴−(1828年〜1906年)詩人,劇作家.ノルウェーのシェーン市生れ。家庭は非常に裕福な商家だったが8歳の時没落,作品を永らく認められず,彼ほど逆境におかれたものは少ない。処女戯曲「カティリーナ」1850を書いたが成功しなかった。同年クリスチャニアに出て大学に入学を試みたが失敗した。
 本戯曲は1879年に出版されて、その年の暮れにコペンハーゲン王立劇場で上演された。
筆者は近代演劇の確立者として有名だが、それ以上に、本書は女性解放の聖書と見なされてきた。
1869年にロンドンで出版された「女性の解放」と同様に、
長い間にわたって、本書は多くの女性たちを力づけてきた。
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 筆者はなかなか世に認められなかったが、
故国ノルウェーからイタリアに脱出してから、徐々に名声を獲得していく。
今では知らぬ人はいないくらいに有名になった。
筆者はたくさんの著作を残している。
根底的な思考は、思考自体が危険性をともなうものだが、現在、本書を読んでも、危険思想だったことはよくわかる。

 わが国でも女性が、男性と同等・同質の生き物だとは、やっと認められるようになってはきた。
しかし、それは総論だけのことが多い。
各論つまり具体的な状況になると、女性の生き方は無条件で認められるとは限らない。
映画「クレーマー・クレーマー」を、家事に勤しむかわいそうな男性という見方をするわが国では、
女性の自立のために子供を捨てて家をでることは、賛成を得られないだろう。
わが国では、いまだに本書の主題が認められるには至っていない、と言わざるを得ない。

 女性が自分の自立ために、子供を捨てて家を出る、といったら、どんな反応が返ってくるだろうか。
自分は好きなことをしているから良いが、子供がかわいそうだ。
自分の産んだ子供の育児を放棄するのは無責任だ。幼児虐待だと言われそうである。
結局、女性である自分は、子供のために、自分を押さえて家にいる。
男性に限らず、多くの女性たちは、そう言うだろう。

 ノラ:はい、ただ浮かれていただけですわ。なるほどあなたは始終わたしを甘やかしてくださいました。でもわたしたちの家は遊び部屋でしかなかったのです。わたしは実家で父の人形っ子であったように、こちらへ来てはあなたの人形妻でした。そしてこんどは子供たちがわた しのお人形さんになりました。それで子供たちがわたしが相手をして遊んでやるとうれしがるように、わたしはあなたが相手をして遊んでくださるとうれしかったのです。あなた、これがわたしたちの結婚でしたのよ。P129
 
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 本書には、男性である夫が、妻への人間的な対応より、世間体を重んじる、そう言った常識もきっちりと描かれている。

 ノラ:まさかあなたがあんな男の要求に属しなさろうなどとは夢にも思いませんでした。あなたはきっとあの男に向かって、さあ世間にぶちまけるならぶちまけるがいいと、こうきっぱりとおっしゃるものと信じて疑わなかったのです。そしてもしそうなったら−
ヘルマア:そうなったらどうだというのだ。おれが自分の妻を恥と醜聞の前にさらけ出したら−?

 ノラ:そうしたら、きっとあなたは進み出てすべてを自分でひきうけて、それは自分の責任だ−と、こうおっしゃるだろうと思いこんでいたのですわ。(中略)

 ヘルマア:ノラ、おまえのためならおれは夜も昼も喜んで働くよ−またどんな苦労や不自由も忍ぶだろうよ。だが、たとえ愛する者のためにだって、名誉を犠牲にする男はないぞ。P135


 結局、ノラは夫ヘルマアの家を出ていく。
いまから100年以上も前、こうした思想が生まれていたことに、あらためて驚く。
男性の筆になるものだから、現実的ではなかったろう。
理想主義的で観念論と聞こえたことだろう。
女性たちですら、この戯曲を歓迎したとは限らない。
しかし、解放の思想は、常に支配者から与えられるとすれば、男性こそ女性解放の思想を提示するのである。

 本書の解説にも書かれているが、筆者は必ずしも女性解放論者ではなかった。
むしろ人間の解放を考えていた。
彼自身、のちにノルウェーの婦権同盟が彼を婦人解放運動の輝かしい戦士として歓迎した時に、次のように述べて答えている。

 「私は婦権同盟のメンバーではない。私がどのような作を書いたにせよ、私はプロパガンダをしようという意識的な考えは少しも持たなかった。人々が一般に信じていると思われる以上に私は詩人であって、より少ししか社会哲学者ではない。私はあなたがたの乾杯に対しては感謝するが、婦権運動のために意識的に努力したという名誉ほ願い下げにしなければならぬ。私には、婦権運動が本来どのようなものであるか、いっこうに明らかではないのである。私はこれを広く人間の問題であると見た。(後略)」P150

 現代から読むと、婦権運動家よりも筆者の発言のほうが、むしろ射程が長い。
女性解放を進めるうえで、女性であることに運動の原点をおくのは、あきらかに限界がある。
性別と性差が分離する以前なら、つまり工業社会までの女性運動なら、女性であることに運動の原点をおいても良い。
しかし今日では、女性であることに原点をおいた女性運動は、働く女性たちからも見捨てられている。

 筆者がいうように、女性としてではなく、人間として自己を考えることこそ、男性にも女性にも有効な視点である。
3幕構成の戯曲として読むと、前2幕から3幕への展開がやや強引な感じがする。
そして、ストーリーの展開が理屈にすぎる。
伴侶を愛していた女性が、突然に自分を人形だと自覚するのは、困難だろう。

 しかし今読んでも、本書に意義は充分に伝わってくる。
本書は恋愛感情をも客観視する。
本書のような思想を残してくれた、優れた先達に感謝する。
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参考:
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005年
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫  2008年
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994

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