匠雅音の家族についてのブックレビュー     炭坑美人−闇を灯す女たち|田嶋雅已

炭坑美人
闇を灯す女たち
お奨度:

著者:田嶋雅已(たじま まさみ)−−築地書館、2000年出版、¥2、500−

著者の略歴−1953年生まれ。名古屋市出身。立教大学卒業。大学在学中よりほぼ10年間の肉体労働をへて、1986年よりフリー。日本写真家協会会員。写真家。フォトジャーナリスト。現在は、原子力問題や環境問題などをテーマに、週刊誌、月刊誌を中心に活動している。
現住所:東京都八王子市元八王子町3-2600-1   電話:0426-64-6406

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 江戸時代には3千万人くらいだったわが国の人口は、明治になって急増してくる。
太平洋戦争が始まる頃には、1億人に届こうとしていた。
しかし、生産力はそれほどの上昇はしない。
戦前の主な産業だったのは農業である。

 農業生産力は土地の限界があるから、簡単に収穫高をあげることはできない。
人口が増えてくれば、農業から弾き出される人が発生してくる。
当時の農業が景気の緩衝役を果たし、
労働者が田舎に戻ったのは周知の通りであるが、
それでも農業は増える人口を吸収しきれなかった。

 農業では女性も充分な労働力だったが、
農業以外の職場は女性を閉め出したままだった。
女性がそれなりの生活費を稼げる職場はほとんどなかった。
炭坑は女性労働者を受け入れる数少ない職場だった。

 1933年には女性の炭坑労働が禁止されるが(中小炭坑においては戦後になるまで女性の坑内就労があった)、
それ以前は女性といえども立派な坑内労働者であった。
もちろん炭鉱労働者は最底辺労働者だったが、
肉体労働であったがゆえに、飾り気のない裸の人間付き合いがあった職場だった。

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 今はいなくなってしまった炭鉱労働者。
そのなかでも女性の炭鉱労働者を追ったのが本書であり、
すでに隠退生活に入っている老女たち46人を、写真と共に聞き書きとしてルポルタージュしている。

 私はこの取材を適して日本の女性労働史を記録しようとしたわけではありません。また頻発する炭鉱災害の中、累々たる屍の山を築いてきた日本石炭産業のネガティブな部分を記録しようとしたのでもありません。人間が国家というシステムの中で生きていくうえで、その国家を基本的な部分で支えてきた産業と、その産業をもっとも底辺で支えた人間の基本的営為としての労働と、その労働を通して取り結ばれる素朴な人間関係の中から生まれる文化に、私は今のこの時代を生きる勇気を見つけだしただけなのです。それがたまたま石炭産業であり、女性であったにすぎなかったのです−はじめにP.7

と語る筆者は、本書に登場する老女たちに限りない愛情を抱いていることが、行間から良く伝わってくる。

 彼女たちは、それにしても働きづめの毎日であった。
男性に恵まれた人ばかりではない。
飲んだくれの夫、働けない夫、それでも生まれてくる子供たち。
戦前には子供がたくさん生まれ、そして簡単に死んでいった。
貧しい生活の中でも、たった3畳の一部屋に親子4人が暮らしている。
それでも子供が生まれるのである。

 老女たちの語る人生は、過酷な肉体労働の毎日だったが、今では実に明るい。
そして昔に戻れば、また炭鉱労働をしても良いと言う人さえいる。
肉体労働がつくる人間性とは如何なるものなのだろうか? 

 筆者は女性労働史を記録しようとしたわけではないと言うが、
本書を著した筆者は、「女工哀史」に勝るとも劣らない仕事をしたと言っていい。
真摯に人間と向き合う筆者の姿勢に、限りない共感をもった。
大型カメラで撮ったと思われる写真だが、
惜しむらくは性格を描写するところへの踏み込み不足を感じた。 
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参考:
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫、2008

下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997


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