匠雅音の家族についてのブックレビュー     須恵村の女たち−暮らしの民俗誌|R・J・スミス、エラ・R・ウイスウェル

須恵村の女たち
暮らしの民俗誌
お奨度:

著者:R・J・スミス、エラ・R・ウイスウェル
お茶の水書房、1987年 ¥3、800−

著者の略歴−
 1935〜6年にかけてジョン・エンブリーとエラ・エンブリー夫妻が、
娘のクレアと一緒に須恵村に滞在した。
本書はエラ・エンブリーが感じた、須恵村の女たちに関する記録である。
須恵村とは熊本県にある村で、彼等はここで日本の農村研究のために、約6ヶ月間滞在した。
1935年は太平洋戦争の始まる直前であり、
わが国の近代化は熊本の片田舎までは到達していなかったので、前近代的な生活様式が良く残っていた。
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須恵村の女たち

 私は外国人の日本観察記を良く読む。
それらはわが国をくっきりと際だたせるものが多い。
その国の人間が自国のことを書くと、当たり前になっていることは書かない。
だから、その社会の共通認識を持たない限り、なかなかその国の事情が判らない。
ところが、外国人は異なった規準で当該社会を見る。
そのため、時代がたってみると、その社会の様子が良く伝わってくる。
とりわけ本書は、農村の女性に焦点を当てたものだけに、類書が少なく、きわめて興味深い事実を知らせてくれる。
 
 女たちは、それぞれ、集団として、町の市場に農産物を出し、野良仕事に雇われ、わずかの収入を得るためのさまざまな活動に従事していたが、これらの集団はすべて、まったく非公式なものとして組織されていた。これらの経済的活動のどれもが、男の活動のように、家族の財政的福利にとって決定的に重要なものではないが、それにもかかわらず、彼女たちは男の活動の重要な補足をなしていたのである。
 彼女たちは、煙草、洒、性に楽しみを見いだしていた。おそらく、いたるところの百姓の女たちと同様に、彼女たちのユーモアは土くさく、性的な関係についての話は率直で、隠しだてのないものだった。P525

 現在書かれる多くの女性論が、抑圧された女性はかくあって欲しかったという願望の上に書かれている。
たとえば、女性には何の権利もなく、男性の恣意的な命令に従わざるを得なかった、といった記述がそれである。
もちろん、社会的な男女関係は女性が差別されていたが、個人的な男女関係は必ずしも女性は弱者とは限らない。
個人と社会の次元をごちゃごちゃにして書く女性論者の何と多いことか。

 何人かの女たちがしばしば、みずから進んでおこなった離婚と再婚の驚くべき数については、さらに詳しく検討する必要がある。なぜ、男たちは不貞の妻を我慢したのか。どのようにして、離婚した女性は、別の夫をそんなに簡単に見つけられたのか。その回答は、少なくとも部分的には、当時の小さな小売商の家や農民の家が要求していた労働力の性格のなかにある。(中略)そこでは、なされなければならない多くの仕事があり、その絶対最小限の労働力は二人の壮健な大人であった。P526

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 女性が労働力であった事実は、女性をないがしろにさせなかったし、女性にも発言権があった。
そうでなければ、社会が立ち行かなくなる。
生活レベルの事実を知るためにも、本書は非常に面白い。
 
     目次
  1. 女たちの特徴とその世界
  2. 正規の婦人団体
  3. 対人関係
  4. 性−公と私
  5. 生活の実態
  6. 若い男女−成長
  7. 結婚・離婚・養子
  8. 妻と夫
  9. 母と父
 10. 少女と少年
 11. 心身障害者と不適応者・放浪者・魔女
 12. 結論

という目次が語るように、本書に書かれているのは、エラが見た女性と女性を中心にした男女関係である。

 近代の男女関係に浸食されてしまっていたエラにとって、農村女性の性に対する感覚は衝撃を与えたようだ。
須恵村の女性たちは、性をあからさまに話題にし、アメリカ人であるエラの性生活を知りたがった。
女性同士の気安さからか、エラと須恵村の女性たちは、相当突っ込んだことまで話題にしている。

 本書を読むと、エラの存在が村の女性に受け入れられていたことが判る。
それは前近代の農村における人間関係では、当たり前のことだったのである。
高等教育を受けた日本人が、白人たちを別種の人間のように敬う劣等感をもつのにたいして、
前近代の人たちは人間を個人としてしか見ないから、素直な見方接し方になるのである。

 人間を調べることは相互関係である。
調べる人が成熟していると、調べられる人は自分をさらけだしてくれる。
年齢がいったり、男女関係をもっていると、相手が了解してくれれば、性的な話題も充分に口に上るのである。
自分の構え次第で、欲しい情報が得られたり、得られなかったりする。
私がアジアを歩いているとき、いつもそれを感じている。
それにしても、わが国の前近代はまったくアジアそのものであることを。本書によっても知る。

 私が女性史から家族論へと興味を転じていったのは、本書のような記録類を読んだからである。
女性を女性の問題として捉えるだけでは、何の解決にもならない。
女性問題として問題をたてること自体が、すでに女性の自立を妨げることになる、と気がついたからであった。
外来の思想からではなく、こうした事実の記録から、私は家族論や社会論を構築していこうと思う。
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参考:
バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう:忘れられた生活様式」鹿島出版会、1985
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005年
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫  2008年
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994

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