匠雅音の家族についてのブックレビュー     素敵なヘルメット−職域を広げたアメリカ女性たち|モリー・マーティン

素敵なヘルメット
職域を広げたアメリカ女性たち
お奨め度:

編者:モリー・マーティン
発行:株)パンドラ、発売:現代書館、1992年 ¥1、650−

著者の略歴−職人資格を持つ電気工(母親によれば、彼女が最初に覚えた言葉は「明かり」だったとか)。長年労働運動にも携わっており、全米女性職人の草の根組織である「トレードウイメンINC.」の創立者の一人で、現在同組織の顧問、また同名の季刊誌の編集者も努めた。権利平等委員会、女性職人見習い研修の常任顧問でもある。
 最近ではわが国でも、
溶接工をめざす渡辺ちとせや岩崎雅子、
木型製作の松本美香、
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素敵なヘルメット

ろう付け工の芦沢京美など、
いままで男性の領域だと思われていた技術者の世界へ、女性が入り始めた(日経新聞から)。
また、大型車の運転手にも、女性がつくようになった。
しかし、まだまだ少ない。
1988年、アメリカが不景気のどん底にいたときに、本書は出版された。
本書の出版は、1960〜70年代の女性運動が、不景気にもめげず活発に活動をする一つの表現でもあった。

 1960〜70年代には、すでに女性の選挙権は確立されていた。
当時の女性運動が求めたものは、まず、就職における男女の平等だった。
家庭での家事や育児が、女性の仕事として割り振られていたが、それらには労働の手応えがない。
人間が成長するという、労働を通して得られるものが、家事労働にはない。
しかも、家事労働は女性だけに押しつけられている。

 女性である自分たちも、職業労働に従事したい。
女性たちがそういったとき、職業は彼女たちに門戸を開いてはいなかった。
そこで彼女たちは職業獲得をめざして立ち上がったのである。
それがフェミニズムと呼ばれる運動である。
家事労働の見直しからフェミニズムが出発したのではないのは、どんなに強調しても強調しすぎということはない。

 女性の仕事というと、わが国では事務職を想像し、肉体労働や技術者を思い浮かべることは少ない。
大卒女性の職業選択は、いわゆるホワイトカラーだけである。
しかし、本書はヘルメットをかぶるような仕事、つまり肉体労働や技術者をえらんだ女性たちの体験記である。

 トラック運転手−ジユデイス・フオスター
 地下鉄車掌−マリアン・スワードロウ
 警察官−ローズ・メレンデス
 建築現場監督−二―ナ・ソルトマン
 精密機械工−ホアニータ・サンチェス
 建設機械繰縦士−グロリア・ネルソン
 変電所操作員−ルーシー・リム
 板金工−ベス・ジラギ
 炭鉱作業員−ジョニ・ジェームズ
 溶接工−メアリー・ルジエロ
 大工−パット・カル
 設備工−ジエシカ・ホプキンス
 電気工−スーザン・アイゼンパーク
 消防士−テレーズ・M・フローレン

 いずれの職業も、男性の匂いがぷんぷんしてくる。
わが国の建築現場には、女性もずいぶんと入ってきた。
しかし、多くは設計者やインテリア・コーディネーターとしてであって、現場労働者としてではない。
設計者たちは現場の人間にとっては、いわばよそ者である。
彼等は一時的に訪れる訪問者に過ぎない。

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 しかし、現場監督は違う。
現場監督は、職人たちと一緒に現場に常駐する。
女性が現場監督になるうえで、問題はトイレだった。
それが環境問題でトイレの設置がうるさくなり、どこの現場でもトイレはある。
もはや女性の参入には、足枷はずっと少なくなった。
今日ではまだまだ少ないが、女性の現場監督も見かけるようになった。

 今後、肉体労働の領域は、機械に代替されて減っていくだろう。
しかし、現場がある限り、肉体労働が絶無になることはあり得ない。
むしろ、現場にも情報社会化が押し寄せ、経験から学ぶという昔風の職人では勤まらなくなる。
肉体労働にも頭脳労働の要素が、不可欠になってくる。
複雑な機械の使い方を理解する知力が必要となる。
そこでは女性の非力さは、それほど問題にはならなくなる。
大卒女性も現場での労働を選択して欲しいものだ。

 肉体労働の比重は下がり、賃金は相対的に下がるかもしれない。
しかし、肉体労働者は減るはずだから、けっして安月給ではないはずである。
肉体労働は時間給でしかないから、飛び抜けた高級になることはないが、今後はむしろ情報産業の従事者より、良い給料になるかもしれない。

 職業を閉鎖的にせず、業種間の移動を容易にして欲しい。
肉体労働者にも頭脳労働のチャンスを、また頭脳労働者にも肉体労働のチャンスを与えて欲しい。
そして理想をいわせてもらえば、頭脳労働と肉体労働の区別をなくし、
自由な職業選択ができるようにしたいものである。
アメリカでそれが実現しておりながら、わが国ではなぜ困難なのか、本当に疑問である。

 本書の最後には、ハンディー・ウーマンを主宰する「建築現場の女性ネットワーク」代表の萩原みどり氏が、
自分の体験を交えながら、女性の労働とわが国の労働の現場について書いている。
女性の現場進出は、ぜひ応援したい。

    ハンディー・ウーマン
   埼玉県入間市黒須1−10−32
   建築現場の女性ネットワーク事務局
   千葉県鎌ヶ谷市東鎌ヶ谷2−15−18
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参考:
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005年
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫  2008年
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994

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