匠雅音の家族についてのブックレビュー

みちのくよばい物語−実話 お奨度:

著者:生出泰一(おいで たいいち)  光文社、2002年  ¥590−

著者の略歴−1905年(明治38年)青森県十和田湖町奥瀬に生まれる。工業学校建築科卒。写真家。随筆家。著書に「どっこい河童は生きている」「遠野よばい物語」「陸中実録つなみ」など。写真の仕事として「中尊寺」「十和田湖」アサヒ写真ブック。ほかに、ガイドブック、紀行文、随筆等がある。1993年没。
 夜這は強姦だったとは、ある女性フェミニストの台詞である。
混浴がなくなったように、夜這いもほぼ完全に消滅した。
非衛生的だった前近代、
電灯がなかったので、夜になれば真っ暗だった。
そして、田舎の家は隙間だらけで、どこからでも入れた。
庶民が金目のモノなど持っていなかった時代の話である。
1975年に自費出版された本書は、古老たちからの聞き書きである。
 
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 灯火の室内照明の歴史をみると、古代から近代までの一般家庭では真暗闇で、たとえ夜這人が入ったことが分ってもすぐ明りがつけられないから遁走はいとも簡単。また逃げてもすぐ再侵入できるし、悪賢い者になると、逃げた風にみせかけ、なお居残って再挙をはかる。夜行性動物のエロチシズムはこうして行われるのだ。P37

 今日では、結婚と恋愛が一体化している。
恋愛の行き着く先が結婚だし、
わが国のフェミニズムは愛情とセックスを結びつけたがる。
愛情のない結婚を、認めない者さえいる。
しかし、女性たちが逞しく立ち働いていた農耕社会では、
結婚に愛情など不要だった。
恋愛は性愛をも含めた男女関係だったが、結婚は労働力を確保するための、家と家との結びつきだった。

 最近は、フリーセックスとやらで、恋愛と結始は別に考えるという風潮らしいが、東北の農村では、昔はどこでもそうだった。いくら好き合っても、或いは肉体交渉があったとしても、その男女が必ずしも結婚するとは限らなかった。娘達は、関係した男のうちの1人か、或いは全く知らない人に嫁ぐこともあった。自由結婚は初婚者には稀で、ほとんどは親の決めた男に易々と嫁入した。そして何事もなかったように夫婦生活をし、母となり婆さんになっていった。P112

 現代女性たちが、男をめぐってヤキモキするように、かつての女性たちも男に心を煩わせたことだろう。
夜這いが習慣としてあれば、男が1人も夜這ってこないのは、なんとしても寂しかったに違いない。
それにしても、かつての男性たちは度胸があった。
他人の家に侵入して、親たちの承認なしに、その家の娘と同衾するのだから、
見つかったときのことを考えると恐ろしい。

 昼間のあいだに、娘と合意ができていたとしても、
近くで親たちも寝ているのだ。
物音たてずに侵入し、物音たてずによろしくやるのは、今の男性では不可能に近い。
女性が大声をたてたら、それで万事休すである。
悲喜こもごもあったことは、簡単に想像できる。

 夜這でも、忍んだ男がみな成功したら鶏や犬猫同様で、動物的交尾以外の何物でもない。そこに父母の妨害や女の好き嫌い、途中の障害等千差万別のトラブルがあるからこそ面白いのである。
 動物だって、嫌な相手は全く寄せつけないという。まして人間であるからには、好きなのもあろうが嫌な奴もある。たとえ10人の男が夜這したとしても、成功するのは2人か3人。しかも予備交渉なしのぶっつけ本番ともなればこのパーセントも期待できない。P130

 不潔で因習に満ちた農家の嫁になることを、近代の女性たちは嫌った。
女性たちが専業主婦にあこがれて、いそいそと勤め人の奥さんになってしまった。
女性たちは労働の現場から離れ、
子供以外には何も生産しない専業主婦という立場へと転落した。
その結果、女性たちは生きる逞しさを失い、性の自己決定権を手放してしまった。

 田植えに女手がなかったらどういうことになったか、現在からは想像もつかないだろう。
農耕社会では、女性も労働力だったがゆえに、女性の立場もきちんとあった。
それは囲炉裏辺の座る位置を見ても判る。
<かかざ>は女性の専用席であり、男は座れなかった。
農耕社会の厳しさは、男女ともに平等に担わされたのだ。

 作家の岩井志麻子氏が解説を書いている。そのなかに次のような記述がある。

 女達が、やってくる男を金持ちだとかいい学枚出てるとか高い給料もらっているとか、ましてや結婚してくれるかどうかなど、そんなことはほとんどどうでもいいこと、としているのがおわかりか。ただ「雄」の魅力のみで、「雌」の本能のみで、女は夜這いに来た男を選定するのだ。そうして妊めば、「誰の子かわからない時は、女の子ならミナ子。男の子であれば皆青」としてしまう。この大らかさと優しさといったらどうだ。(中略)
 制度でなく、「気持ちいいから」だけの理屈も何も通らない性愛は清らかでない代わりに悪でもない。何人もの村の男と関係していた女が、素知らぬ顔で他の村の男に嫁いでいき、また関係のあった男達も何事もなかったかのように祝福し知らん顔をし、時には未練を持つ者があったとしても、すべてはうたかたの彼方に過ぎ去っていく。P312

 こうした女性の発言を、我が国のフェミニズムはどう扱うのだろうか。
夜這った何人もの男が、1人の女性に行列をつくって、家の外で待ったこともあったという。
どんな男の夜這いでも受けるので有名だった女性たちは、
おおむね長寿だったという指摘は考えさせる。

 夜這いは、男女がともに大地のうえで労働に汗を流した時代の、厳しくもおかしい習慣だった。
夜這いこそなくなった現在だが、女性が社会的な労働をし、
経済力を付けてきたので、セックスも自由に享受するようになった。
奔放なセックスは、旺盛な生命力の横溢として、実に喜ばしいことだ。
(2002.8.23)
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参考:
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
S・メルシオール=ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
顧蓉、葛金芳「宦官 中国四千年を操った異形の集団」徳間文庫、2000
フラン・P・ホスケン「女子割礼:因習に呪縛される女性の性と人権」明石書店、1993
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国 T・U 古代ギリシャの性の政治学」岩波書店、1989
田中優子「張形 江戸をんなの性」河出書房新社、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991
ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」 KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノローグ」白水社、2002
橋本秀雄「男でも女でもない性」青弓社、1998
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国」岩波書店、1989
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
能町みね子「オカマだけどOLやってます」文春文庫、2009
島田佳奈「人のオトコを奪る方法」大和文庫、2007
工藤美代子「快楽(けらく)」中公文庫、2006

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