匠雅音の家族についてのブックレビュー    性愛の日本中世|田中貴子

性愛の日本中世 お奨度:

著者:田中貴子(たなか たかこ) ちくま学芸文庫 2004年  ¥1000− 

 著者の略歴−1960年京都府生まれ。奈良女子大学文学部卒業。広島大学大学院博士課程修了。博士(日本文学)。現在京都精華大学人文学部助教授。専攻:中世国文学、中世宗教文化。著書:『百鬼夜行の見える都市』(ちくま学芸文庫)『〈悪女〉論』『日本ファザコン文学史』(紀伊園屋書店)『聖なる女』(人文書院〉『外法と愛法の中世』(砂子屋書房)『室町お坊さん物語』(講談社現代新書)『鈴の音が聞こえる』(淡交社)他。

 愚かな筆者としか言いようがない。
なぜこうしたダメ本が上梓されてしまうのだろうか。
しかも、1997年に洋泉社から上梓されたあと、2004年にちくま学芸文庫として、再出版されている。
もう絶望しかない。
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 巻頭は、「『稚児』と僧侶の恋愛」と題して、男色を扱っている。
あとがきによれば、筆者が巻頭にもってきたのではなく、編集者の構成だという。
しかし、相当なボリュウームがあり、筆者が力を入れているものだと知れるから、編集者が巻頭にもってきたのもの理解できる。

 筆者は、男と男の恋愛を男色といっている。
江戸以前の男色と、現代のゲイを区別していない。
男色をもって、男性同士の恋愛だと見なし、同性愛の内容は今も昔も変わらぬものだ、と考えている。
筆者には、現代で成人男性が少年を愛したら、どういうことになるか判っているのだろうか。

 もっとも筆者も、<異性愛に近い”稚児愛”の世界>といっており、
成人男性である僧侶と、変声期前の少年が、同衾することを異性愛に近いとは認識している。
裏表紙には、<女性として僧侶の愛を受ける稚児たち>と書いている。
しかし、稚児愛=少年愛をもって、現代の同性愛=ゲイとは同視できない。

 男色を「変態的」だということができるでしょうか。異性愛が「正常」で、同性愛が「異常」だなどというのは、近代以降の社会が作り上げた考え方にすぎないのです。しかも、稚児の場合、単純に同性愛とはいいきれない複雑な問題を抱えているのです。「愛は平等」という近代的な恋愛観に縛られていた人は、「愛のかたち」がさまざまあること、しかしそれは決して常に対等なものではなく、時には搾取者と被搾取者の関係になりうるということを、心の片隅に刻んでおいて頂きたいと思います。P50

 結論は納得するにしても、いまや少年愛は異常だし、犯罪である。
男色は今日言うところの同性愛ではなく、今日では男色は変態的である。
男色と同性愛は同じものではない。

 プラトンの「饗宴」でも描かれているごとく、男色=少年愛は一種の支配者養成の儀式だった。
かつて、愛された稚児は、成人した後では搾取者のほうへと転じうる。
僧侶の世界での通過儀礼だとしたら、これは搾取者と被搾取者の関係ではない。
 
 男色というのは、男性社会のなかでの文化伝達の方法であった。
成人男性が少年に身をもって教育していく手段だった。
だから、僧侶に限らず、伝統芸能の世界でも男色はあった。
学校などがない時代には、見て習う教育だったのであり、身体を使って身体にしみこませるのが教育だった。

 時代の表文化は、男性が独占していたから、成人男性が少年を教育することは当然だった。
僧侶といえども、後継者を育成せねばならず、眼をかけた少年に精液という愛情を注ぎ続けた。
それは女性の体内に精液を注ぐことと、まったく同じ構造だったのだ。

 近代以降、学校制度や文化継承の方法が、文字へと移転してくるにつれ、少年愛は否定されはじめた。
現代になって登場しはじめた成人同士の同性愛=ゲイは、かつての男色とはまったく違うものだ。
筆者は同性愛をまったく理解していない。

 前近代の同性愛と、近代の同性愛では、中身がまるで違うのだ。
ゲイたちが市民権を得るために、最も腐心したのは、少年を相手にするものだという誤解を解くことだった。

 この程度の認識で、務まってしまう筆者の職業とは、いったい何なのだろうか。
しかも、洋泉社、ちくま書房と、2社の編集者の目をくぐっており、我が国の性愛文化研究は、もはや絶望である。
川村邦光氏が解説を書いているときては、無知の屋上屋がかかっているとしか言いようがない。
(2008.4.10)

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参考:
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991

ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999

謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

匠雅音「性差を超えて」新泉社、1992

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