匠雅音の家族についてのブックレビュー    夜這いの民俗学|赤松啓介

夜這いの民俗学 お奨度:

著者:赤松啓介( あかまつ けいすけ)−明石書店、1994年  ¥1200−

著者の略歴−1909年生まれ。兵庫県郷土研究会常任委員。<主要著作>「民俗学」「非常民の民俗文化−生活民 俗と差別昔話」「非常民の民俗境界−村落社会の民 俗と差別」「非常民の性民俗」「戦国乱世の民俗誌」「増補天皇制起源神話の研究」「古代衆落の形成と発展過程」「女の歴史と民俗」以上,明石書店,「東洋古代史講話」白揚社,「一揆−兵庫県農民騒擾史」庶民評論社,「神戸財界開拓者伝」太陽出版,「村落共同体の農耕儀礼の解体」兵庫県郷土研究会,「村落共同体の性的規範」言叢社など。
 女性は弱者だという女性フェミニストが多いなかで、事実が少しずつ明らかになっている。
前近代では女性は第2の性だったが、その労働力に応じてそれなりの地位があった。
女性は決して弱者ではなかった。
むしろ女性の地位が下がったのは、専業主婦が生まれた近代になってからだ。
子供以外に何も生みださない専業主婦は、経済力がないがゆえに自立できず、性の世界でも主導権を失った。
純潔主義で女性を守る必要ができたのは、専業主婦を生んだ近代になってからだ。
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 農耕社会での話、男女ともに15歳くらいになると、大人として扱われた。
大人つまり1人前という根拠は、「若者と娘をめぐる民俗」などを見るとよくわかる。
大人ということは、性の体験もするということである。
かすかに記憶している私の体験でも、農耕社会では性的な話は開けっぴろげだった。
女性たちも平気で性的なことを口にした。
本書にはそうした例がたくさん書かれている。

 性交するだけで、すぐ結婚しょうなどというバカはいない。性交は、いわば日常茶飯事で、それほど大騒ぎすることではなかった。しかし、結婚となると家とかムラとの関係が大きくなり、それほど簡単でない。これを強いて上からの権力で統制しょうとするから、いろいろな歪みが生じ、表向きのキレイゴトの陰に売春産業や売色企業が繁昌することになる。P10

 宗教売春を別にすれば、売春組織は共同体と共同体の境にうまれ、貧富の差によって生き延びていく。
貨幣経済が未発達の農村内部では売春がなりたたない。
前述のように結婚は重大事で、簡単には進まないとなると、性交は非公式なものとなる。
つまり夜這いである。
夜這いは非公式だから、村によって掟がある。

 村の掟は現在の法律より、はるかに厳格である。
共同体が生存の基盤である農村社会では、村の掟を破ったら、生活ができなくなった。
だから夜這いといえども、無規則だったわけではない。

男と女との問にも、性交技能にもアジワイがあると教えてくれる。
 夜這いによっていろいろの女と交渉が生まれるけれども、お互いに好きになるのにはアジワイが合わねばならぬ。モノの大小というだけでは永続性がなかろう。そこで昔の夜這いでは、年上の娘、嬶、後家などがそのアジワイを若衆に教育し、壮年の男たちは水揚げした娘たちを訓練したのである。それほど完全な性教育が行われ、かつ成功したかどうかは疑問だが、夜這いを介して父兄や母姉たちが自分の娘や息子、弟妹の筆下しや水揚げを依頼する場合があり、そんなときはただ単に性的技巧が上手だからというだけで相手を選別せず、人間的にも信頼できる人物に頼んだのは事実であった。P20


 近代になると専業主婦が誕生し、性を家族のなかに押し込めなければならなくなった。
性交と結婚を一致させ、婚姻関係にある男女の性交を正しいものとした。
それは子供以外に生産しない専業主婦の保護であり、性交を家族に閉じこめることによって、国民国家は支配を確立した。
と同時に、農村共同体が崩壊し、性教育の場が失われた。
この時期に、「性生活の知恵」が大ベストセラーになるのは必然だった。

 近代が長く続いてきたので、前近代のしきたりを私たちはすでに忘れている。
支配階級では身分や血筋が大切にされ、庶民は永遠に庶民だったが、同時に庶民とは気楽なものだった。

 結婚と夜這いは別のもので、僕は結婚は労働力の問題と関わり、夜這いは、宗教や信仰に頼りながら苛酷な農作業を続けねばならぬムラの構造的機能、そういうものがなければ共同体としてのムラが存立していけなくなるような機能だと、一応考えるが、当時、いまのような避妊具があったわけでなく、自然と子供が生まれることになる。子供ができたとしても、だれのタネのものかわからず、結婚していても同棲の男との間に出来たものかどうか怪しかったが、生まれた子供はいつの間にかムラのどこかで、生んだ娘の家やタネ主かどうかわからぬ男のところで、育てられていた。P32

 現在となっては、かつての習慣を再現することはできない。
だから声の大きなほうが、正しいことになってしまう。
しかし、純潔主義は明らかに近代のもので、前近代では貞操といった観念は、支配者にしかなかった。
女性は第2の性ではあったが、労働力だったがゆえに、性の快楽を享受できた。
本書は、筆者が実際に村々を回って、集めた体験から成り立っている。

 柳田民俗学が性的な分野を忌避してきたことは周知であり、結果として戦争に協力したのだが、同時に処女・童貞をありがたがる純潔主義をもうみだした。
また人類学も信頼できない調査をしているので、近代の純潔主義は普遍的であるように感じてしまう。
前近代にあっては、男女が平等だったと言うつもりは毛頭ない。
しかし、「三くだり半と縁切寺」などでもわかるように、女性からの離婚が容易で、女性の純潔は問題にされなかった。

 女性も労働者だった前近代にあっては、女性の発言権がなかったと言うことはあり得ない。
女性は非力だったがゆえに第2の性ではあったが、その労働力に応じて主体性があった。
それは性交の自己決定権をも含んでいた、と解した方が自然である。
本書は遠くなってしまった農村の香りを、かすかに感じさせてくれる。

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参考:
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
S・メルシオール=ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
顧蓉、葛金芳「宦官 中国四千年を操った異形の集団」徳間文庫、2000
フラン・P・ホスケン「女子割礼:因習に呪縛される女性の性と人権」明石書店、1993
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国 T・U 古代ギリシャの性の政治学」岩波書店、1989
田中優子「張形 江戸をんなの性」河出書房新社、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991
ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」 KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノローグ」白水社、2002
橋本秀雄「男でも女でもない性」青弓社、1998
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国」岩波書店、1989
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
能町みね子「オカマだけどOLやってます」文春文庫、2009
島田佳奈「人のオトコを奪る方法」大和文庫、2007
工藤美代子「快楽(けらく)」中公文庫、2006


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