匠雅音の家族についてのブックレビュー    女が子どもを産みたがらない理由|吉廣紀代子

女が子どもを産みたがらない理由 お奨度:

著者:吉廣紀代子(よしひろ きよこ)  晩成書房、1991年  ¥1、400−

著者の略歴−1940年岡山市生まれ。1963年日本女子大学文学部社会福祉学科卒業後、報知新聞運動部記者。1972年独立。著書に「非婚時代」「男たちの非婚時代」「スクランブル家族」「迷える20代へ」以上、三省堂、「わたし流、プレッシャー物語」日本文化出版、「男になるための恋愛」ネスコ発行・文藝春秋発売、「子どもに子ども時代を」東京書籍
 1990年代も初めの頃は、バブルの影響からか、女性運動も勢いがあった。
女性関係の多くの本が出版されていたし、少子化が問題にされ始めても、女性自身を問うより、男性の認識不足を攻撃する論調が多かった。
本書は、ウーマンリブの近くにいた編者が、子供のいない女性の手記(18本)を集めたものである。
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女が子どもを産みたがらない理由

 女が子供を産むのは本能だ、といわれてきたせいでか、子供の話は女性の専権事項のような編者の論調である。
保守的な男性論者の裏返しと言えようか。
編者は次にように書く。

 これまでは時代の変化がもたらした一般的な要因や状況に触れてきたが、女が子どもを産む、産まないは社会的な影響だけではなく、もっと個人的な側面もおおいに関わっている。成育歴や夫、恋人との関係、仕事や趣味に加えて、意識や性格、そして、肝心の組み合わせの妙やタイミング等々網羅しきれないほどである。手記にはこれまで、ひとりひとりの女の心の奥深くに閉じ込められていた想いが噴き出してきたように語られている。P27

 社会の変化は、個人個人の個別的な理由をつらぬいて、一つの大きな背景がある。
だから、個人的には個別的な状況に生きながら、先進国ではフェミニズムが登場したり、障害者が台頭したりする。
フェミニズムという思想を語りながら、話を個別性に還元してしまうのは、知的怠惰としかいいようがない。

 編者の知的怠慢さとは別に、筆者たちは自由に自分の立場で書いている。
個人の体験は、個人史を生きるのだから、手記が個別的になるのは当然であるが、個人史をいくつ集めても、社会的な現象を証明したことにはならない。
編者の愚かさと、筆者たちの自由さは別のものだ。
ある筆者は次のように書く。

 周囲の目などというものはたいていは自分の潜在的な心の裏返しなのだから、自分さえしっかりしていれば気にならないことも今ではわかってきた。しかし、その時は、仕事をやめずに子どもを産むための手続きを取るのが面倒だったのだ。しばらくの間職を離れるために、校長に事情説明もしなければならない。PTAの目も気になった。とにかく、教員という職業に認められている育児休業制度を利用する手続きを取るだけでも、未婚では子どもを産むことと同じくらいのエネルギーを費さなければならない。<幸せも私流>P169

 職業をもたないのは、18人のうち1人だけである。
また、筆者たちの学歴も高そうである。
しかし、女性が高等教育を受けたり、職業をもているようになったから、出生率が低下したのではない。
出生率が下がったから、女性は高等教育を受けられるのだし、職業をもてるのである。
若い時代に男性が子育てを強要されたら、高等教育を受ける時間はないし、職業生活に入る余裕はない。

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 子供が少なくなった理由は、編者が考えているように、女性側の理由だけではない。
男性にとっても女性にとっても、子供が不要になったのだ。
かつては労働力として、子供が必要だった。
そして、老後の面倒を見させるために、不可欠だった。
今では子供は労働力ではないし、福祉が老後を保障する。
豊かな社会は、子供を必要としていないのだ。
だから女性たちは、子供を生まなくなったに過ぎない。

 子供が不必要になった事情は、男性にとっても女性にとっても同じである。
男性だけに子供が必要だとか、女性にだけ子供が不要だということはない。
本書の編者には、社会の真相を見る目がないから、表面的な現象面の記述になる。
女性が正しくて男性が誤っているという教条的な立論は、わが国の女性フェミニストに共通の資質である。

 今や子供は不要であるが、それでも子供は産まれてくる。
その理由は、男性も女性も大人たちが、性交をやめられないからだ。
だから、子育ての理由も変わってきた。
不可欠のものの養育は仕事だが、不可欠ではないものの育成は趣味である。
犬や猫をペットとして飼っていても、それが仕事になることはない。
いまや子供はペットであり、子育ては趣味である。

 子供をペットだとか、子育てを趣味だとかいうのは、不謹慎に聞こえるかも知れないが、全存在をかけた趣味というのもある。
趣味だから軽視して良いのではない。
豊かな社会では、仕事に勝るとも劣らずに、1人1人の趣味が大切にされる。
趣味だからこそ、自由な子育てが可能である。
下記はとある筆者の発言である。

 保留という産まない選択も含めて、女が産む、産まないを決める時、その決断にはそのときどきの局面における女の人生の総体がかかっている。人生をかけての選択である以上、産む選択の理由も産まない選択の理由も、女の数ほどあってよいし、選択の内容も女の人生の数ほど異なるだろう。女は産むのが自然なのではなく、産むも産まないも、女それぞれの自分のかけがえのない人生の名において自然なのである。産まないこともまた自然なのだ。<産む産まないは等価>P237

 本書は上梓されて、すでに10年以上がたつ。
ますます少子化のすすむ現在、本書に続く企画があっても良さそうである。
しかし、女性が子供を産まない理由は、語られることが少ない。
それは本書がよく示しているように、子供の問題を女性の問題として考えようとする、隘路からである。
わが国のフェミニズムが、女であることにこだわり、女性は子供生む存在だと考えている。
人間としての自立を語らないので、子供の問題まで射程が届かない。

 女性である=女性の個別性から、女性の社会的な存在形態へと認識がつながり、社会変化の原因を究明するのが、思想としてのフェミニズムであろう。
わが国の女性フェミニストに、社会的な目をもつよう望むのは、ないものねだりだろうか。
(2002.8.9)
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参考:
高倉正樹「赤ちゃんの値段」講談社、2006
デスモンド・モリス「赤ん坊はなぜかわいい?」河出書房新社、1995
ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
ウルズラ・ヌーバー「<傷つきやすい子ども>という神話」岩波書店、1997
編・吉廣紀代子「女が子どもを産みたがらない理由」晩成書房、1991
塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
ピーター・リーライト「子どもを喰う世界」晶文社、1995
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001、
杉山幸丸「子殺しの行動学:霊長類社会の維持機構をさぐる」北斗出版、1980
矢野智司「子どもという思想」玉川大学出版部、1995  
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年
赤川学「子どもが減って何が悪い」ちくま新書、2004
浜田寿美男「子どものリアリティ 学校のバーチャリティ」岩波書店、2005
本田和子「子どもが忌避される時代」新曜社、2008
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
リチヤード・B・ガートナー「少年への性的虐待」作品社、2005
広岡知彦と「憩いの家」「静かなたたかい」朝日新聞社、1997
高山文彦「地獄の季節」新潮文庫、2001 
マイケル・ルイス「ネクスト」潟Aスペクト、2002
服部雄一「ひきこもりと家族トラウマ」NHK出版、2005
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972
ロイス・R・メリーナ「子どもを迎える人の本」どうぶつ社、2005
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005年
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫  2008年
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994

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