匠雅音の家族についてのブックレビュー    ビヨンド ジェンダー−仕事と家族の新しい政治学|ベティ・フリーダン

ビヨンド ジェンダー
仕事と家族の新しい政治学
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著者:ベティ・フリーダン  青木書店、2003年  ¥2500

 著者の略歴−1921年アメリカ,イリノイ州ペオリア生まれ。1963年,アメリカの女性解放運動に多大の影響を与えたThe Feminine Mystique(『新しい女性の創造』)を著す。1966年,アメリカ最大の女性組織,全米女性機構(NOW)を創設。1970年まで会長を務めた。しかし,1981年出版のThe Second Stage(『セカンド・ステージ−新しい家族の創造』)では「家族の再建」を提起し,フェミニストたちから批判され,以後,フェミニズム運動から一定の距離をおくようになる。近著として,1993年,The Foundation of Age(『老いの泉』),1997年の本書Beyond Gender(『ビヨンド・ジェンダー−仕事と家族の新しい政治学』),2000年,79歳で出版したLife So Far(回想録)がある。
 日本語に翻訳すれば、「性差を越えて」ということになろうか。
同じ書名だが、私が書いた「性差を越えて」とは、随分と内容がちがう。
フェミニズムのかつてのリーダーも、歳をとって保守的になったと言うことだろうか。

 1981年に出版された「セカンド・ステージ−新しい家族の創造」で、すでに保守化傾向が指摘されており、
その後に急進派のフェミニストと分派したのは周知であろう。
中絶問題では「プロ チョイス」を支持したが、レスビアン・フェミニズムとは共闘がくめなかった。
しかし、本書を読んでいると、彼女が女性のために、そして結果として男性のために、運動を創ってきたのはよく判る。
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 女性が台頭した結果、核家族が分裂して、子供のいる場所がなくなった。
保守派からは、フェミニズムが家族を壊したと非難されるが、彼女が言うまでもなく、それは違う。
だいたいフェミニズムという思想が、新らたな社会を創ってしまったのではなく、
新らたに誕生してきた社会には、フェミニズムが最適だったに過ぎない。
フェミニズムは時代の思想である。
とすれば、フェミニズムが非難される筋合いはまったくない。

 女性の台頭によって、女性が家庭から社会に進出すれば、家庭に子供のいる場所がなくなるのは必然である。
個人の大人にとって子供が不要になったので、現在のアメリカに限らず、先進国では少子化が進んでいる。
大人は認めようとはしたがらないが、社会保障が充実したので、個別の大人にはもはや子供は不要である。
しかし、社会にとっては子供は不可欠である。
筆者も加齢とともに、女性という自分の問題から離れて、社会的な視点に移り、子供の問題に関心が向くことになる。
 
 女性と男性の関係を被抑圧者と抑圧者という対立関係とみなし、男性打倒、結婚打倒、母性打倒、かつて女性が男性を魅了させるためにしたことすべて、司教からロクでなしまで男性が歴史上したことすべてを否定することは、女性の人生に新しい成長と発展を開いただろうか?P9
 
と書いてしまえば、バリバリのフェミニストからは、非難が飛んできても仕方ないだろう。
たしかに女性の社会進出によって、パラダイム・シフトがおきた。
そこで新たな関係性や、家族や仕事のあり方が、模索されてはいる。

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 農業から工業へと転換したときには、農業就労者を工場が受け入れた。
そして、アメリカは1950年代に、世界最高の景気を謳歌した。
その後、工場が労働者を減らし始めると、サービス産業がその受け皿になった。
しかし、今日の情報産業は、余剰労働力を吸収しない。
そのためアメリカの平均的な家計は減縮している。それは経済的な劣者を必然的に生み出す。
そしてそのしわ寄せは、弱い者の所へと集中する。

 「仕事と家族の新しい政治学」という副題から判るように、
仕事と家族をいかに両立させるかが、本書の主題である。
情報社会の職業は高度な教育を要求する。白人男性もダウンサイジングの影響を受けて、
経済力が低下しているので、この問題意識には賛同する。
しかし、彼女がいう家族は、結局のところ父親と母親のそろった核家族に過ぎない。
とすれば、すでに核家族が崩壊期に入った今、筆者の論は簡単には賛成されないだろう。

 私たちのセミナーにおいて誰もが「家族の価値」という用語の意味について完全に合意しているわけではないが、私は少なくとも、コミユニティ、つまりコミュニティへの参加と責任、そして責任をもって子どもを養育する環境を意味するという本質的な合意はある、と信じている。しかし、ひとり親家族や父親不在の家庭の増大、経済的・社会的圧迫、そして多分に貧困や病気が、世代的に再生産される主要な原因になっているという点に何度もぶつかる。P148

 筆者の問題関心に同意しても、この主張は右派の主張だといわれても仕方ない。
筆者は対男性として、女性の解放には充分以上の力を示した。
しかし、社会状況が女性の台頭を要求し、産業構造が核家族からより小さな家族=単家族を、要求していることに気付かない。
対なる家族が、社会的な対応力を失ったのである。
大家族から核家族になったように、核家族から単価族へと転換する。

 女性の台頭を止めさせる訳にはいかない。
そんなことをすれば、やっと立ち上がりかけた情報社会が頓挫し、より多くの人が不幸な目に遭う。
とすれば、単家族として人々が幸せに生きる方法を探すべきだろう。
そして、それは既に大きな功績をあげた老人の仕事ではなく、後に続く若い人たちの仕事であろう。

 大して厚くもない本書を、7人もの女性がかりで翻訳しているのは、いささか進取の気概に欠けるように思う。
我が国の女性学者たちは、大胆な仮説を設定して、社会現象に迫る気迫に乏しい気がする。
彼女たちはどこかにある、すでに使い古された思想を探すことに躍起である。
新たな地平を切り開く意欲を見せて欲しい。   (2004.7.30)
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参考:
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山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
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ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
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信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
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松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
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斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009
高倉正樹「赤ちゃんの値段」講談社、2006
デスモンド・モリス「赤ん坊はなぜかわいい?」河出書房新社、1995
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塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
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瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年
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浜田寿美男「子どものリアリティ 学校のバーチャリティ」岩波書店、2005
本田和子「子どもが忌避される時代」新曜社、2008
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
リチヤード・B・ガートナー「少年への性的虐待」作品社、2005
広岡知彦と「憩いの家」「静かなたたかい」朝日新聞社、1997
高山文彦「地獄の季節」新潮文庫、2001 
マイケル・ルイス「ネクスト」潟Aスペクト、2002
服部雄一「ひきこもりと家族トラウマ」NHK出版、2005
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
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