匠雅音の家族についてのブックレビュー  戸籍がつくる差別−女性・民族・部落、そして「私生児」差別を知っていますか|佐藤文明

戸籍がつくる差別
女性・民族・部落、そして「私生児」差別を知っていますか
お奨度:

著者:佐藤文明(さとう ぶんめい)  現代書館 1984年  ¥1600−

著者の略歴− 1948年、東京に生まれる。自治体職員を経て、フリーのジャーナリスト。著者の『戸籍』(現代書館)はベストセラー。共著には『東京闇市興亡史』(草風社)『ひとさし指の自由』(社会評論社)など多数。本書関連の共著に『男と子育て−現代子育て考 W』(現代書館)『いのちのレボート1980−やさしいかくめいシり−ズ2』(プラザード出版)『訣婚パスポート』(現代書館)がある。
 HP http://www2s.biglobe.ne.jp/~bumsat/  E-Mail bumsat@muf.biglobe.ne.jp 

 25年前に出版された本だが、この本にも、ずいぶんとお世話になった。
男女の結びつきは、結婚という制度が保証するものでもないし、戸籍がなければ人間がいないわけでもない。
本書の内容には、ほぼ全面的に賛成である。
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戸籍がつくる差別:新装版

 戸籍制度の前身は、人別帳とか宗門帳とかいわれるが、現在の戸籍制度は明治になって作られたものだ。
しかも、徴税と徴兵のための、基本台帳として。
そのため、国民を管理する目的だった。
それが、いまでは戸籍にのっていることが、日本人の証であるかのように思われている。

 結婚するにしても、戸籍上の結婚届をだすのが当然になってしまった。
近親者たちに男女のつながりを認知してもらうことより、結婚によって同一戸籍をつくることのほうが、重要視されている。
戸籍上どうであろうとも、実体としての人間関係は存在するのに、あたかも戸籍が人間を決めるようだ。
制度と人間が転倒している。

 戸籍制度を支えるメンタリティは、いまや国民の資質になっているのだろうか。
すでに成人した子供でも不祥事をおこすと、親がでていって頭を下げる。
武士は15歳で大人扱いされていたというのに、こんな幼稚な精神構造は、一体いつから始まったのだろうか。
 
 ロッド空港事件のとき、日本政府は閑係諸国に頭を下げるため、特使(三木)を派遣した。海外のマスコミはこれに仰天。日本は今でも一億一心、と神風の恐怖を訴えた。岡本耕三はパレスチナ・ゲリラであって、日本国の臍のうをひきずって海外侵略をやっているわけではない。彼の裁きはイスラエル固有の法規で行なわれる。日本政府がシャシャリ出る幕なんかではないのだ。
 岡本の父親を引っぱり出しては、日本国民に謝罪させるマスコミ。あれとおなじことを政府が外国でやらかした。それをおかしいと思わない意識こそが諸外国から見れば脅威なのだ。P84


 父性愛にあふれた我が国の政府は、国民を隅々まで知っていなければ、心配で心配で仕方ないようだ。
そのために、出自から続柄まで、逐一国民に報告させる。
一個の成人を、自立した1人格と認めていないのだ。
そして、国民もそれが当然だと思っている。
いくつになっても、親が引きづり出され、親子の喧嘩は理由もなしに親が正しいとされる。
こうしたメンタリティが、戸籍制度を支えているのだ。

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 男女を中心にして、その子供たちを束ねた戸籍制度は、わが国特有のものであり、外国には戸籍制度はない。
ほとんどの国が、個人の出生証明か、住所証明書である。
唯一我が国と同様の戸籍制度だった韓国は、2008年1月1日をもって、個人籍に変えてしまった。
いつになったら、日本人は個人として自立するのだろうか。

 蛇足ながら、戸籍上の結婚をしないと、あなたは良いかも知れないけれど、女性が可哀想だとか、子供が可哀想だと人はいう。しかし、本当に思いやりがある人とは、あなたが信じていることをやれば、相手は必ずわかってくれるという人である。可哀想だという人は決して応援してくれないが、信じることをやれと言う人は応援してくれる。生活実体があれば、人は信じあえるのだ。それはボクも経験的に判った。

 ボクの体験では、社会的に認められる職業や地位にいる人のほうが、いろいろな面で許容範囲が狭いように感じる。とくに学者はダメだ。 職人や水商売など、むしろマイナーな立場の人のほうが、生活実態だけを見てくれるので、視野が広いように思う。学者や出世した者は、社会の保守的な常識を認めたから学者になれたのだし、出世できたのだろう。そのため必然的に保守的な心情になるのだろう。以上蛇足ながら。

 筆者らの戸籍差別撤廃闘争が端緒となって、その後たくさんの行政訴訟がおきている。
また、戸籍に疑問をもつ人もふえた。
田中須美子さんたちの闘いもある。
本書が書かれた当時に比べると、現在ではずいぶんと改善された。

住民票の記載もかわったし、事実婚でも住民票がでる。
離婚も有責主義から破綻主義に変わった。
しかし、私生児差別の戸籍制度は、根本を変えることはしない。
いまだに国連から是正勧告を受けている。

 核家族には対なる男女を中心にした、現在の戸籍制度は適していたかも知れない。
しかし、本書がいうように、外国人差別や私生児差別をうみだし、すでに問題が山積していた。
そのうえ、今や産業が核家族を機能不全だといっている。
核家族を維持していては、もはや産業の生産性が上がらない。
だから、先進国は単家族の家族理念を普及させてきた。
にもかかわらず、我が国の政府は、戸籍制度をやめようとはしない。

 本書が書かれた当時は、反体制運動の影響もあって、本書のようなスタイルにならざるを得なかった。
そして、天皇制の問題などを持ちださなければならなかった。
しかし、いまではもっと根本的な家族制度自体が問われている。
近代の天皇の動きを見ていると、現在のような核家族はすでに機能不全だ、と天皇が一番理解しているかも知れない。 
皇室も離婚の自由が欲しいのだと思う。

 我が国は、現在のような核家族単位の戸籍制度をもつかぎり、これからの産業についていけなくなるだろう。
今後は、個人単位の証明書のようなものに、変わっていかなければならない。
対なる男女を中心にした戸籍制度は、年齢秩序と性別役割を基本としたものであり、まったくの時代遅れである。    (2009.6.13)
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参考:
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ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
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ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005


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